あいづき
2024-10-16 18:18:34
Public TRPG(CoC)関連
 

物換星移

プルガトリウムの夜 現行未通過❌️




傲りの対価



 誰の人生も背負う気はない。
 自分の人生を背負わせる気もない。
 そう、思っていたのに。口にしていたのに。
 易易と飛び越えてくる人間は何処にでもいるんだと、実感をした。

 底が冷える部屋の中で、薄っすらと目を開ける。視線の先には空の酒缶がそこかしこに乱雑に転がっていて、固く冷たいフローリングの感触がすぐ近くにある。ああ、またかとはっきりとしない頭で考える。最近はどうしても酒に入眠の手助けを求めて、浴びるように飲み進めることが増えた。
 原因なんて分かりきっている。ただ、その原因を認めたくなくて、払拭をしたくて、俺は酒に逃げ続けているだけなのも分かっている。それなのに止められない己を誰よりも嫌悪しているのは、他でもない自分自身だ。勝手な幻覚を見て、幻聴を聞いて、都合の良い目の前の何かに手を伸ばすのは、あの人と何も変わらない。それが余計に俺を沈める。そうならない様にしようと思っていたのに。だからこそ、家庭を持たずに独りを貫いていたのに。
……何も変わらねぇな……
「何がですか?」
 冷たい部屋にころりと言葉を落としたら、それを拾った別の生き物に飲み込まれた感覚がした。ぞわりと、背中が粟立つ。視線を、身体を、少しずつ縦にして行けば。そこには桃下の姿があった。風呂にでも入っていたのか、濡れた髪をタオルで拭きながら、無防備に俺のパーカーを着て、その白い足を晒している。
……桃下? お前、いつから……?」
「いつからって……嫌ですね、忘れちゃったんですか? 昨日の事」
「昨日……?」
 重い頭を押さえて昨日の記憶を辿ってみるが、何の覚えも無い。そもそも、桃下がここに居る事すら不思議で、いつ入って来たのか、なんて事は考えるだけ無駄だ。ここに居ると言うことは少なからず俺が招き入れたか、共に帰ってきたかのどっちかであるが。
 いや。それ以前に、昨日は母親の面会日だったはずだ。俺は非番で、誰とも約束事なんてしてない。と言うことは、桃下は俺の部屋に赴いた、と言う事になる。だが、その時の瞬間を微塵も憶えていない。その頃には既にきっと酒が回っていた。夕方。春に向かい日が延びたとは言え、十八時を過ぎてしまえば辺りは真っ暗で、今夜は冷えるから、夜に降る雨が雪に変わるかもしれないという予報も朝にやっていた様な気もする。幸い濡れる前に帰って来て、直ぐに酒を煽った所で俺の記憶はぽつりと穴が空いたように消えている。
……何も、覚えてねぇな……
 その言葉を分かりきっていたかのように、桃下は俺の目の前で膝をついて、頬を撫でる。そして、どちらかが動けば簡単に唇が触れそうな距離まで来て。桃下の髪から、嗅ぎ慣れた自身のシャンプーの香りがしている筈なのに、まるで違う甘さに感じた。囁く吐息が、明確にかさついた唇に触れる。
「こういう事をしたって言ったら……信じてくれますか?」
……信じねぇな」
「残念」
「どこがだ。遊ぶな、人で」
「ふふ、心外ですね。遊んでなんていませんよ」
「じゃあなんだって言うんだ……
 そう問えば、触れそうな唇はそのまま軽く触れてから適当な距離に離れて行く。
「遊んでない、という時点で。実之さんなら分かると思いますよ」
……あ?」
 数時間ぶりにその単語を聞いて、思わず声が溢れた。
「これも忘れちゃったんですか? 実之さんが、二人の時は班長じゃなくて名前で良いって言ったんですよ?」
……記憶に無いな……
「なら、止めますか?」
 じっ、と、柔らかくも強い瞳が俺の顔を覗き込む。その次の答えを分かっているかのように。
……別に。好きにしたらいい」
「ふふ、そう言うと思ってました」

──嬉しい。

 その言葉に、何かが急に重なった。
 初めて二人で飲みに行った時の桃下も、こんな顔をしていた気がする。反射的に、腕を伸ばしてその髪を梳く。まだ、湿っている。
「風邪引くぞ、とっとと乾かせ」
「はい。そうします」
 桃下はそれだけ言って、慣れた様子で脱衣所に戻っていく。程なくしてドライヤーを使用する音が聞こえて来たから、緩慢とした動きで立ち上がる。頭痛のせいで少しずつしか動けないが、その間にあの白い足を覆うズボンでも用意しなくてはと、寝室へ向かう。