しくるの納戸
2024-10-05 22:06:34
34432文字
Public 狛日
 

Sante!

狛日/2ED後〜未来機関パロ。酒に弱いふたりが色々なカクテルに手を出す話。
狛日合同誌『Sante!』のしくる執筆部分の再録。


ロングランドアイスティー


「ロングランドアイスティー?」
 朝食の目玉焼きから箸を離して、日向は狛枝の言葉を反復した。
日向自身その単語を聞くのはこれが初めてだったからだろう。
 聞きようによっては平仮名喋りにも捉えられる発音を微笑ましく思いながら、狛枝は囓っていたパンをお皿に置いた。
 口の中に残っていたバタートーストを十分に咀嚼して、唇を開く。
「そう。『ロングランドアイスティー』っていうカクテルがあるんだって。ボクも昨日、左右田クンに聞いて知ったばっかりなんだけどさ」
 言いながら、狛枝は湯気を立てるコーヒーを啜った。真っ黒い泥のような液体が、砂糖もミルクも加えられずに狛枝の喉を通り過ぎていく。
 数分前まで眠っていた身体が、カフェインと苦みによって覚まされていく感覚。
 やはり、朝にはパンとコーヒーだ。
 日向が茶碗いっぱいに盛った白米を掻き込んでいる姿はずっと見ていたいくらいだが、幼い頃から朝食にはパンという習慣を今更変えようとは思わなかった。
 それは日向も同じだろう。だから、毎朝二人が向かい合うダイニングテーブルの上には、和食と洋食が協調性のかけらもなく同居している。へんてこな光景だが、かえってそれが自分たちらしい。
 狛枝がそんな雑念に気をやっている間、日向は話を咀嚼するように頷きを繰り返していたが、段々怪訝そうに顔を顰めていった。
……左右田? 意外な名前が出てきたな」
「なんでも、ドライジンにウォッカ、テキーラにホワイトラムまで混ぜてるカクテルなのに味はまるで紅茶だから……その、いわゆる『お持ち帰り』に最適なんだって。で、なんとかしてソニアさんにそれを飲ませたいらしくて」
……いや、完全にアウトだろそれ……
 日向は引いている。流石のソウルフレンド(と称しているのは左右田だけだったかもしれない)でも、フォローはし難いようだった。
「一応、『それ以上嫌われるだけだろうしお薦めしないよ』とは言っておいたけど」
「止め方が容赦ないな」
 まあ、それくらい厳しい方が考え直してくれるだろ。最後にそう付け足した日向は、肩をすくめるだけでリアクションを済ませ、朝食を再開させた。
 しかしそれから数秒後、はっと勢いよく狛枝を見る。
「で、そのロングランドアイスティーがどうかしたのか?」
「ああ、忘れてた」
 日向の問いに、狛枝は話の本筋から逸れていたことを思い出した。そうそう、別に今は左右田のことなどどうでもいいのだ。
「レディ・キラーなんて呼ばれちゃうくらい飲みやすいものなら、ボクたちでも強いお酒が飲めるんじゃないかって」
…………なるほど」
 日向も狛枝も、強いお酒は苦手だ。集まりでは仕方なくビールを頼むけれど、特有の、発酵した麦芽の苦みをどうしても好きになれなかった。
 流れでウォッカを飲まされたこともある。脳を鈍器で殴るような、あるいは心臓に鉛を吊り下げるような重たいアルコールの味は、味と言うよりはもはや『衝撃』と呼称した方がしっくると来るほどだ。
 あの時、次にウォッカをロックで飲まされそうになったら一目散に逃げよう、と二人で顔を見合わせて誓い合った。
 けれど、あの衝撃を味わわずに飲めるならば、という気持ちが無いわけではないのだ。
 それは日向も同じようで、暫く思索にふけった後に呟かれた納得の言葉には、確かな好奇心が顔を覗かせていた。
 彼の態度を分析すると恐らく期待が半分。本当に飲めるのか、もしダメだったら材料はどう処理するんだという不安が半分といったところか。
 狛枝は、日向の不安を晴らせるようににこっと笑みを向ける。
「ダメだったらダメで、余った材料は左右田クンに押し付……譲ればいいんじゃないかな。ほら、ボクなら『そこで貰った』とか言っても疑われないでしょ?」
「お前……左右田を止めたんじゃないのかよ」
「推奨はしないってだけだよ。あの左右田クンが、ソニアさんを上手く誘導できるとも思わないし、それに……
「それに?」
 狛枝は肩を竦める。
 ソニアにロングランドアイスティーを飲ませようと画策する左右田を止めたのは、彼女の身を案じての理由も勿論あったが、それ以上に、絶対に上手くいかないことを確信していた為だ。
 わずかな可能性を期待して足掻くなら希望を感じないこともないが、可能性がゼロパーセントなら応援するだけ無駄でしかない。その理由が、次である。
「だってソニアさん、スピリットをショットガンで飲むよ」
「は!?」
 日向はあんぐりと口を開けた。鶯茶色の目が大きく開かれるのを見て、狛枝はびっくりするよね、と笑う。
 スピリットと言えば、世界一アルコール度数が高いお酒として有名だ。
 原産地はポーランド。じゃが芋と穀物を原料として、おおよそ七十回以上の蒸留を繰り返しアルコールの純度を高めたウォッカの一種である。
 そのアルコール度数は九六。販売の際は火気厳禁のラベルが必須とされ、保存の際は冷蔵庫に格納して冷やさないと気化してしまう程の代物だ。
 一方ショットガン・スタイルとは、テキーラなどの蒸留酒と、同量のジンジャーエールを注いだショットグラスを勢いよくテーブルに叩きつけ、泡状になったものを喉に流し込む飲み方のこと。
 泡状になった分飲みやすくなるらしい――狛枝にはそれをやったところで全く飲み込める気がしないから、本当に聞いたことがあるだけだ――とは聞くが、その分ペースが進んでしまって危険な飲み方でもある。
 それを、ソニアは平気な顔で嗜むのだ。
 まるで紅茶でも飲むような優美さで。
 二杯、三杯――四杯と。
 あの光景を見てしまったら、心配などする方が失礼なんじゃないかという気さえしてくる。
「ということで、ダメだった時のことはあんまり気にしなくていいんじゃないかな。左右田クンが駄目ならもうソニアさんに渡しちゃおうよ」
「そ、そうだ、な……それじゃあ」
 不安がひとつ解消されたことで、日向の心も賛成に傾いたようだ。
……飲んでみたい」
 お茶碗に残った最後の一口を平らげて、日向は頷いた。



 数時間後。テーブルの上には空いたグラスと、使い切れなかったウォッカやジンの瓶が転がっていた。一応、お試しだからと少量ずつしか作らなかった筈なのに、これは。
 ロングランドアイスティー。なるほど、恐ろしいものだ。
 紅茶のリキュールなど一切使っていないのに味は確かに甘いレモンティーを連想させるもので、その不思議さ、興味深さからどんどん続きを飲んでしまったのが運の尽きか。
 運の尽き、だって。ボクが。
 狛枝は自分の発想に内心でケラケラと笑った。ハイな薬でもキめたように愉快で、それでいて、ブルーラム三本を一気飲みした時のように気怠い、不思議な心地だった。
「ひなたクン……いきてるー?」
「んー? んん、へいきだ、ぞ……
 ソファに腰を、ローテーブルにおでこを預けた日向は、狛枝おぼつかない呼びかけにぼんやりとした口調で返事を寄越す。
 顔は二人して真っ赤だ。頭の中がふわふわと浮いて、まるで脳みそだけ宇宙に飛ばしたようだった。
 肌が健康的な色合いをしているせいで酔いの証が目立ちにくい日向も、珍しく手の甲まで赤く染まっている。
 思わず手を伸ばしてその熱さを確かめたくなってしまったのは、やはり酔いのせいだろうか。
 背もたれにぐったりと寄りかかっていた狛枝は、振動で頭を刺激しないようゆっくりと身を起こしながら、テーブルに置かれたグラスの根元を支える日向の左手に腕を伸ばした。
 筋張った中指の根元に指を這わせるが、狛枝自身熱いからか、あまり温度は感じられない。
 もともと白いせいで血色を反映しやすい狛枝の赤い右手は、日向の寝巻のトレーナーの袖をめくりあげる。
 手首にゴムの跡が残っているのが、なんだか卑猥だった。
「あは……うで、まっかだね」
 腕の筋を辿ってなぞり上げると、日向の指先がぴくりと身じろぐ。眼は、未だに焦点を失いながら狛枝の指の行方を追っていた。
 日向の口がはふはふと短い呼吸を繰り返しながらも制止の言葉を紡がないのをいいことに、狛枝は日向の肩を押してソファの背に押し付ける。しかし力の入らない狛枝の腕では上手く押さえられず、日向の頭はぐらりと揺れて端の肘置きを枕に倒れこんだ。
 いや、寧ろこちらの方が狛枝にとっては好都合だったかもしれない。無抵抗の身体をソファの上に仰向けにさせ、狛枝自身も膝を背もたれに乗せて日向を囲う。
 狛枝自身の影に覆われても、日向の顔も、首すじも、はっきりと分かる赤さだった。
 口を半開きのまま、とろとろと瞳を溶かして狛枝を見上げる姿が、セックスの最中のものに重なる。
 けれど、視線を首から下に向ければ、そこにあるのは液体に塗れる引き締まった裸体ではない。
 ちょうど狛枝の目に似たグレーの、くたびれたトレーナー。昨夜の寝汗が染み込んだ生活感溢れる姿だった。
 無理に姿勢を変えられたせいでトレーナーは僅かに乱れ、裾からヘソがはみ出している。その周りも赤く染まっているのを見つけて、狛枝の指は、普段見える部位よりも分かりやすく鮮やかに染まったそこに触れた。それから裾を掴むと、鎖骨の位置まで一気に捲り上げる。
「な、なに、すんだよ……
 驚きで酔いが少し醒めたのか、ようやく日向が戸惑いらしき声を上げる。しかし、それでもまだ反抗らしい反抗はない。
 狛枝は日向の問いに答えなかった。答えずに、自らの興味を優先させた。
……したも?」
「し、た?」
 『した』を『舌』と変換させた日向が、唇の隙間からキスをねだるように舌を差し出す。
 狛枝は首を横に振って否定すると、金属製の方の人差し指で飛び出た舌を押さえつけた。もう片方の手は、腰骨に引っかかった日向のスウェットパンツへ。
 膝まで下ろすと、桜柄の白いトランクスの裾から、似たような模様をした太ももが露わになった。
……ほ、まえ、ら」
「ん……? ああ、ごめんね」
 しゃべれなかったね。言って、狛枝は日向の舌を解放した。押さえつけるのに使っていた指が、唾液で光っている。
 親指と人差し指をすりあわせて粘度を観察し、狛枝は、その手をさらけ出された腹部に下ろした。
 腸の内容物を確かめるように、手のひらが円を描いて撫でる。
 義手の冷たさが火照った肌に心地よかったのか、日向は長めの息を吐く。
……は、ぁ」
「ひだりて、きもちいい?」
 訊きながら、今度は生身の手を胸の間に押し当てた。それから、胸筋の膨らみを確かめるように左胸を擦る。狛枝はもう一度口を開いた。
「こっちは?」
 早足で鳴る心音を堪能しながら、なおも丘を擦り続けていると、やがて存在を主張しはじめた粒に指が引っかかる。日向の喉から、ん、と小さい声が漏れた。
……ね、こっちの手は、きもちよくないの? って」
 芯を持った乳首を指の腹で撫でると、それだけで日向の息が面白いように跳ねる。
「ん……ん、ぁ……は」
「ねえ」
 日向はまるで水飴の海に溺れかけているように意味の無い言葉しか発しない。しびれを切らして乳首を押しつぶすと、彼の視線がようやく、自らの胸元から狛枝に向かった。
「ぁ、いい、きもちいい、から……
 吐息さえ甘く潤んでいるのは、アルコールが見せた幻覚だろうか。
 既にぐずぐずの脳漿がぐらりともう一回転するのを感じながら、狛枝は、甘い声を根元から飲み込むように日向の唇を塞いだ。
 押し当てるだけのキスは、唇へ何度か繰り返されながら徐々に移動する。
 口の端、左頬、鼻頭、瞼の上に一回ずつ、それから頬に。
 何度も繰り返してから唇を離すと、狛枝は唾液で濡れた頬を両手で包む。ぽんやりとした眼が見上げていた。
「ほっぺたも赤いね」
「おまえ、こそ」
 日向はそう言って狛枝の頬をひと撫でする。指先が顎の輪郭をなぞって首筋へ向かうと、狛枝の身体がぞくりと震えた。
……そうかも」
 だって熱い。こんなにも熱い。
 狛枝は自らのシャツを脱ぎ捨てる。籠っていた熱が外気に晒されるが、ちっとも涼しくならなかった。
 狛枝の腹には、赤い模様が蔦のように広がっている。日向より肌が白い分、血管が鮮やかに咲いていた。
 特にへそのまわりが顕著なのを見て、日向は手を伸ばす。
 へその少し上を撫でる指の動きはまるで、かつて槍によってぽっかりと空けられた穴の跡を確かめるようだった。
 コロシアイのことなどすっかり忘れた綺麗な腹部を。
 傷のないまま、血液だけが流れ続けているような真っ赤な腹部を。
 日向が瞼を伏せて、鶯茶色の瞳に影を落とす。それから彼は状態を起こし、唇を目の前の腹部に寄せた。
……ん、」
「日向クーン?」
 肌にこびりついた血を舐め取るように、日向の舌が赤い模様を這う。体勢を崩さぬよう狛枝の腰に両手を添えて。
 ぴちゃぴちゃと、部屋に水音が木霊する。
 風呂場から換気扇を回す音が微かに聞こえた。
 時々日向の鼻から甘ったるい声が漏れる。それ以外には一言も発することなく、夢中になって狛枝の腹部に唾液を擦り付けていた。
 空気で乾く暇もなく新たな唾液を塗り重ね続け、それから、不意に喋るための口を開く。
……生きてるな」
「生きてるよ。みっともなく、さ」
 返事を聞いて、日向はふっと鼻で笑い、それからごくちいさな声で、よかった、と言った。
 舌で濡れた部分に鼻息と吐息がかかって、狛枝は喉を鳴らす。
 熱い。
 自分の頭も、日向の舌も。それから、舐められているよりもっと下の箇所が。
 自分たちが今どこにいたのかも忘れている鈍い頭でも、自分の状態だけは、ぐらぐらと沸き立つ欲求だけは、やけにはっきりと自覚できる。
 狛枝は体中に籠る熱を逃がすように長い息を吐きだすと、両手で拘束するように日向の髪を掴んだ。
 潤みがちの、驚いた目が狛枝を見上げる。
 日向の手は今も、縋るように狛枝のパンツのゴムを握っている。
 狛枝は口を開いた。
 グラスを空にしたばかりだというのに、既に渇いて張り付きそうだ。
……舐めてよ」
 日向は、数秒の間、言葉の意味を咀嚼するように狛枝に向けた目で瞬きをして。
 それから、笑む。
「酔って、たたないとか言うなよ」
 健康的な白い歯が、ゴムの縁に引っ掛けられた。


 翌日。
 二日酔いでガンガンと揺れる頭を抑え、ソファで事に及んだことよってガタガタに軋んだ腰を擦りながら、残ったお酒は即刻ソニアに引き渡すことを決意する二人だった。