2024-08-30 22:31:41
9782文字
Public スミイサ
 

Colorful

イサミお誕生日おめでとう! 親戚のおばあちゃんになった気持ちで書きました。あのイサミくんがあんなに大きくなって......(ほろり)
ほとんどオールキャラ小説ですが、根底にふわっとスミイサが香っているかも 本編後平和謎時空です


「ルテナント・アオ! ハッピーバースデー!」
「え、アオ三尉今日お誕生日なんですか? こんなものしかないですけど……
「イサミ、今日は飲みに来ないのか? 何杯でも奢ってやるのに」
「お誕生日おめでとうございます、アオ三尉!」
 肩を組まれ、背中を叩かれ、たまたま手に持っていたのだろう菓子や飲料をポケットに捩じ込まれ、イサミは曖昧な笑みを返し続けた。決して嬉しくないわけではない、ただ慣れていないだけで。
 様々な意味ですっかり有名人になってしまったイサミの誕生日を祝いたいという人はそれなりに多かったらしい。いつかの酒場で浴びたような、そう近しくはない人からの好意を一日中受け続けるというのは、嬉しいような恥ずかしいような、妙な心持ちだ。
 課業後の時間になっても祝福は続き、イサミはポケットをすっかり一杯にして自室へ戻った。
 ばたり、と重たい扉を閉じれば、今日いちにちずっと付き纏っていた喧騒から解放される。ベッドに腰掛けて息を吐いてから、イサミは自分が少し疲れていることを自覚した。以前ほど人と距離を取ろうとは思っていないが、生来聴覚が過敏気味で、静かなところの方が落ち着くのは変わらない。ただ、全身にまとわりつく微かな疲労も、ポケットの重みも、そう悪くないと思った。
 ベッドに並べたモグラと犬が、じっとイサミを見つめている。イサミが座ってベッドが跳ねたことに文句でもあるのだろうかと、イサミはぼんやり考えた。
「素敵な、日」
 机上の少し高いところにある棚にはアレンジメントを。その隣に、カレンから受け取った小さな菓子を。机の端の邪魔にならないところには缶コーヒーを置いていた。ケーキはほとんどルルと食べてしまったけど、ひとつだけ残してある。スペースの空いたカゴの中に、自室に帰る道すがらポケットに詰め込まれた雑多なプレゼントを、一度ざらざらと出した。いつのまにかポケットに差し込まれていたクーポン券の類も一緒に。ハワイで手に入れたのだろうそれはは、日本で売っているものとは全体的に色彩が違うように感じられる。
……お前たちも、来るか」
 モグラと犬は当然うんともすんとも言わなかったが、人間の特権でもってイサミは真っ白なベッドから二匹を持ち上げ、机の上に置いた。菓子にを見上げる二匹は特段嬉しそうにも見えない。犬はチョコレートを食べられないはずだが、モグラはどうなんだろうか。というかそもそもモグラって何を食べるんだ? ミミズとかか?
 なんて、益体もないことだ。イサミはふうと大きく息を吐いて、ベッドに倒れ込んだ。
 何もなかったこの部屋に、いまはたくさんの色彩がある。イサミはたくさんの人に愛されて、気にかけてもらっていて、それを嬉しく思っている。今日はイサミの人生で一番、たくさんの人に祝ってもらった誕生日だ。
 でも、もうひとつだけ欲しいものがあった。充分過ぎるほどもらったのに、それでもまだ欲しいもの。「素敵な日」をもっと素敵にしてくれるだろうものが、あと一つだけ。初めから何も持っていなければきっと欲しいとすら思わなかったのに、楽しい時間を、鮮やかな色を知ってしまったから、その不在がやたら際立った。
 閉じた瞼の裏に、バカみたいに鮮やかな青色が見える。イサミならとても普段着には出来ないようなやかましい色を纏う男が隣にいることに、イサミはすっかり慣れてしまった。
 自分から会いに行って良いものか、イサミにはわからない。別に友人なのだから少し顔を見に行くくらいいいだろうと思う一方で、「俺は今日が誕生日なんだが。祝え」とでも要求するのか? と思うとそれも変だと思えてくる。いつもうるさく絡んでくるあの男が今日現れないのにはきっとそれなりの理由があるのかもしれないし、だとしたらイサミはわがままを言って困らせるべきではない。というかそもそも、イサミの誕生日なんてスミスは知らないかもしれない。
……一杯どうだ、って言うだけ」
 イサミはむくりと体を起こした。そうだ、別に奢れと言うわけでもない、プレゼントをせびるのでもない。おめでとうだなんて、言ってもらえなくたって構わない。ただ一杯どうかと声をかけて、一緒に飲めればそれでいい。それだけなら、不自然ではないような気もする。
 イサミは立ち上がり、重たいドアに手をかけた。
「イサミ、今いいか?」
 びくりとして、手を離す。扉が喋った──わけではない。スミスだ。スミスが扉の外にいる。
「あ、ああ。今開ける」
 手を握り直して、扉を開けた。外には、やや眉の下がったスミス。目の覚めるような青い布地にトリコロールの黄文字。首元の赤いバイアスが本当に謎だ。
……どうしたんだ、こんな時間に」
 勝手に期待する自分をどうにか押し留めて、イサミはそう尋ねた。祝いの言葉なんていらない、とは思っていたけれど、これがなんてことのない事務連絡で、すぐ帰ってしまうつもりだったらちょっと傷つくかもしれない。
「悪い、もう寝るところだったか?」
 スミスは申し訳なさそうにそう言った。
「いや、まだ……
……
 部屋のこっち側とそっち側に奇妙な沈黙が降りる。なんだ、訪ねてきたならそっちから話してくれ! 自分も相手を訪ねようとしていたことは棚に上げて、口下手な自覚があるイサミは白旗をあげたくなった。
「あー、その、君、今日……誕生日、だろ」
……おう」
「おめでとう」
……ありがとう」
 また、沈黙。イサミは困ってスミスを見上げた。明るく社交的ないつものスミスとは様子が違う。
「なあ、お前大丈夫か? なんか変だぞ」
 とりあえず部屋入るか? と部屋の内側に体を傾けて促すと、スミスはぶんぶんと首を振った。
「大丈夫だ、心配されるようなことは何もない」
「でも……
 イサミが言い募ると、スミスは髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜ、ふうと息をついた。
「あー、カッコ悪いな。……ごめんなイサミ。誕生日プレゼント、何か用意しようと思ったんだけど、何も思い浮かばなくて……焦ってたらこんな時間になっちまった」
「お前……
 スミスはばつが悪そうにしていた。まあ、確かにイサミだって、スミスの誕生日を迎えるとしたら何を贈ったものか戸惑ってしまうだろう。同年代の男に改まったプレゼントなど渡した機会がない。
 でも、イサミは別に良かった。ちょっと会って話せれば、酒の一杯でも、あるいはコーヒーを飲むのだってよかった。ただ、いろんな人に「素敵な一日に」と言われた日だから、相棒に会いたかっただけだ。プレゼントになんて悩まなくていいから、いつものように突撃してきてくれたら、それでイサミは十分だった。
「だからさ、今日は渡せないけど、何か欲しいもの教えてくれよ。きっと用意してみせる」
 かさりと、イサミの背後でビニールが小さな音を立てた。籠に山盛りになっていた菓子が崩れる音だった。
「酒」 
「え?」
「酒がいい」
 イサミは思わず口に出していた。
「アルコール? もちろんいいが、好みは?」
「なんでもいいけど、今がいい」
 イサミを見つめるスミスの瞳は困惑の色を映していた。イサミは少し恥ずかしくなったが、今更止まれないとも思った。
「コンビニの安いやつでもぬるい瓶ビールでもなんでもいいから、今がいい。……そしたら、俺の部屋で飲もう」
 輝くブロンド、ペリドットの瞳、バカみたいな青のTシャツ。送られたプレゼントで色とりどりに染まった部屋に、まだ足りない色があった。イサミが今日一日欲しかったのは、ずっとそれだった。
「イサミ……!」
 驚きで丸く見開かれたスミスの目が、ややあってから嬉しそうに細められた。
「わかった。今すぐうまいやつをいくらか調達してこよう。イサミの好きなものとか欲しいものとかは、イサミの部屋で聞かせてくれ」
 ぱちんと音が鳴りそうなウィンクをして、スミスはイサミの肩に手を置く。
「おう、待ってる」
 もう誕生日プレゼントはもらったようなものなのだから、これ以上欲しいものなんてなかった。けれど、まあ別にいいかとも思った。スミスがいて、酒でも飲みながら楽しく話せるなら、話題はなんだっていいのだ。見たこともないような子供向けの特撮の話にだって、イサミは喜んで付き合うだろう。
 重い足音を響かせてスミスが駆けていく。ぱたりとしまった扉の中、ずっと私物の少なかった自室がやけに鮮やかに見えた。