ひととせの宴の後に

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ウ♀視点。

里と王国との交流が再開して1周年。
その祝宴と舞踏会が開かれたお話。



ふわふわと、体が浮かび上がっているような。

まるで、月と星だけが見守る幻想の間で踊っているような心地。

現実から剥がされて遠く離れた、2人だけの楽宴の舞踏会へやって来たような気がした。

いくらロンディーネ殿からスパルタ指導を受けたとは言え、基本的に踊りには慣れていないはずなのに体が勝手に、緩やかに動く。

……愛してるよ、愛弟子……

つい零れ落ちた言葉に、キミは俺の手を握る力に少しだけ力を込めて「私も」と、嬉しそうに笑ってくれた。

ふわり、ふわりと、幻想の広間で、蝶が揺蕩たゆたうように、キミと舞う。

不思議なほど息が合い、動きが合い、思わず笑みが零れ落ちる。
俺とキミの中では今、同じ音楽が奏でられているに違いない。

翔蟲を使った時の浮遊感とは全く異なる、滑らかで、柔らかで、温もりさえ感じた。

手を取った愛するキミを導くようにステップを踏んで、キミの動きをサポートして。

「ドレス、とっても似合ってる。本当に綺麗だ」

踊りながらキミに告げれば「うれしい」と、キミは月光よりも清らかに微笑む。

「このドレスの色、気付きません?」
「えっ?」
「金色、ですよ? 金色」

意味深に単語を重ねてヒントのように囁かれても、俺は全く見当がつかない。

絡め合った両手でキミをふわりと導きながら、光の中を滑るように、ステップを踏む。

いつの間にか、キミの笑顔は色を変え、少女のように悪戯っぽく、とても華やかに「うふふっ」と甘い吐息を零した。

心を擽られ、つま先からつむじに向けて甘い電気が走ったような心地で、俺が片手を引く。

その動きに呼応して、愛しい人は俺の片手の上で身を反らした。

カムラの蒼のような淡い光が月明かりと共にますます煌めく中、しなやかに踊るキミの姿は言葉も、息も呑むほど、ただただ美しい。

心が震えて、夢中になって、食い入るように見つめてしまう。

「金色は……あなたの目の色ですよ、ウツシ教官」

ふわりと美しく上体を起こしたキミの言葉に、俺は「えっ……!?」と、言われたばかりの『目』を丸くする。

「あなただけには……ずっと、私を見ていて欲しくて。『この姿』の私も……あなただけに、見て欲しかったから……だから、祝宴では『英雄』の私でいました」

今までで最も頬の林檎色を熟れさせて、恥ずかしそうに呟いたキミだけど、言葉に乗せた想いを伝えようとするように、俺の目を見つめ続けてくれていて。

「ずっと……ずっとずっと……!私は、あなたの瞳に映っていたいです」

鼓膜を震わせる、キミの甘い声。

たちまち、あらゆる音が遠くなって、消えた。

キミの声しか、息遣いしか、聞こえなくなった。

あまりにも切に響いた最愛の声は、俺の中に、あまりにも大きな稲妻を落とす。

その甘美な痺れに鳥肌が立ち、衝撃に突き動かされるまま、俺は絡め合っていたキミの片手を引き、もう片手を腰に添え、強く抱き寄せた。

月光に、キミが纏う優美な金色が、ふわりと美しく靡く。

刹那、驚いたような、喜んでくれたような、キミの「あ……」と言う吐息が吐き出されて。

その吐息さえ、月光の中に溶けていくことが惜しくて、俺は迷わず目を開けたまま、自分の唇でキミの唇を塞いだ。

一生離さない誓いを込めて、強く、けれど壊れないように、キミを抱きしめる。

ふと気付けば、キミは炎のように顔に熱を集めて、固く目を閉じていた。

強張こわばった様子とは正反対に無抵抗で、俺に唇もその奥も、身も心も委ねるその愛らしさに、思わず重ねたままの唇から歓喜の吐息が漏れそうになる。

俺は目を細め、愛するキミをひとしきり目に焼き付けた。

抱きしめるキミの体は柔らかく、しなやかで、けれど決して華奢ではない。

引き締まった健康美、俺と共に積み重ねてきた修行の日々の結果と、今もなおかかさぬ鍛錬によって育まれている過剰ではない筋肉の存在感は、英雄と呼ばれし強者の証。

やがて、キミの両腕がそっと、俺の首に回された瞬間に、俺は目を閉じ、時が停止する。

互いの体は、心は、炎を抱いているように、あまりにも熱かった。

にも関わらず、いや、だからこそ、離れたくないと思えて、夢幻むげんの時の中で、互いの想いを食み合う。

吐息が混じり合い、言葉も何もないが、キミと俺の目を開くタイミングは同じだった。

互いに身を寄せ合い、抱き合って、鼻先を触れ合わせたまま、間近にあるキミの笑顔の愛しさに、先に俺が小さく笑って目尻を下げる。

……我が愛弟子よ。この瞳に映す『愛する人』は……生涯、キミだけだ」

ことのほか、低い声が出てしまった。

林檎のようなキミは面食らったように小さく目を見開いて、口を半開きにしたまま、ぶるりと震えた。

今のキミは、在りし日のようにあどけなくて、俺への純粋な想いに溢れていて、瑞々みずみずしくて、甘そうで、俺の心も大きく震える。

(ああ……! どうして……キミは、こんなに……!)

欲が、湧いてきてしまう。

人の形であるが、微かに獣の形を作り始めた、俺自身さえ焦がそうとする灼熱の、凄まじい衝動を帯びた欲。

このまま、美味しそうなキミを食べてしまえたら。

西洋の美で飾られた美しく愛しいキミは、きっと、新鮮に芯まで甘いことだろう。

……愛してるよ……愛弟子……!」

俺自身もなだめるように理性的に告げて、改めて、そっとキミを抱きしめる。

照れながら「私も」と返してくれたキミがくれたカフスボタンが、俺の袖口で、明澄めいちょう鮮緑せんりょくに月明かりを反射して輝き、それを俺の腕の中でキミも見つめていた。

……ウツシ教官。もしかして、ご存知でした?」
「え? 何を?」
「カフスボタンの……

言いかけて、夢から覚めたようにはっとしたキミは「何でもないです!」と俺の胸に顔を埋めた。

可愛い。
ずっと抱きしめていたい。

俺は片手で、そっと腕に抱く愛しいキミの頭を撫でた。

「愛弟子。良かったら、この後、俺の部屋に来ない?」
「! え……
「まだ、夜は長いよ。もう少しだけ……俺だけの、愛しいキミを見つめていたい」

顔を上げたキミの目は、月よりも真ん丸で、ハンターとしてあらゆる凄惨な景色を見続けてきたとは思えないほど穢れ無く、澄み渡っていて。

俺の言葉の意味を察したのか、キミは見開いた視線をあちこちに泳がせて、その反応がまた可愛くて俺は「ふふふっ」と笑ってしまう。

キミは俺に改めて視線を定め、月明かりによって虹の光を宿した潤んだ瞳で、小さく首を縦に振ってくれた。

……愛して、います、ウツシ教官」
「俺もだ、愛弟子。誰よりも、愛しているよ」
「ふふふ……あなたが見ていてくれるなら、私……何でもできそうな気がします」
「キミは何でもできるさ。さっきの踊りだって、とても上手だったよ?」

もう1度、頭を撫でて、気持ち良さそうに目を細め可愛い愛弟子のキミの笑顔を、俺はこの目に焼き付ける。

「これからも、俺はずっと傍にいる。何があっても、キミを見守っているよ」
「はい。これからも……私を見ていて下さい、ウツシ教官。私も、あなたを追い続けます」
「光栄だなあ。英雄の師匠として、俺ももっともっと頑張らないとね」
「ふふ……本当に、真面目で、素敵な人」

師弟になったり恋人になったり、その変化はとても忙しくて、愛おしい。

交わる眼差しの中の幸せの光と温もりは、変わらない。

そんな眼差しの中に、俺はキミを想う男としての光を、先ほど燃え上がった灼熱の獣の片鱗の炎を、改めて織り交ぜて。

……行こうか? 我が愛弟子……俺の愛しい人よ」
「はい……ウツシ教官」

緩やかに両腕を解き放ち、俺の瞳の色と同じドレスを纏ったキミの肩を抱くと、キミは俺に身を寄せてくれた。

重なり合う靴音が、幻想の広間の中で、夢の舞踏の終演を告げるように奏でられる。

広間の扉が閉まった時、廊下に響いた靴音は、新たな扉が開くための開演の音色。

愛するキミをこの腕に抱き、共に見続ける、幸せな覚めない夢。
互いの想いは消えない炎、優しく、甘く激しく燃え猛り、この身も心も焦がしていく。

新たな扉が開いた瞬間、俺とキミは阿吽あうんの呼吸で抱き合い、夢中になって口付け合った。

「愛してる、愛弟子……! ッ、愛してるよ……!」
「私も……! ウツシさん、私、私も……私も……!」

言葉を告げる時間さえ惜しい気がして、また、互いの唇が重なり合った頃。

時の流れを止めるような、扉の閉まる音がした。

──『1年』なんて、ほんの一瞬。

2年、3年、5年、10年、50年。
いいや、100年、1000年。

何年経っても、この身が朽ちても、魂にまで刻まれたこの想いが色褪せ、消えることはないだろう。

キミを愛していると分かった瞬間に迸った、雷より生まれた雷火。
決して消えぬこの想いは、今もなお、キミのように猛り続ける、鮮烈な炎。

キミという天花てんげを照らし続ける、花篝はなかがり

ずっと、ずっと傍にいる。

何があっても、愛している。

我が愛弟子よ、愛しいキミよ。
何年経っても、これからもずっと、見守っているよ。


@acadine