ひととせの宴の後に

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ウ♀視点。

里と王国との交流が再開して1周年。
その祝宴と舞踏会が開かれたお話。



ぎいぃ、と重々しい音を立て、開かれた扉の先に広がる空間。

そこは淡い蒼の光彩を帯びてきらきらと輝く、月明かりに満ちた幻想の間。

つい数刻前、ここで祝宴が、舞踏会が開かれていたとは思えないほどの静けさだが、不思議とこの静けさに恐怖や不穏はない。

愛しい人を抱く時のような、優しい夜が広がっているように感じられた。

「──愛弟子……?」

まるで、親を探しに来た子のような細声ほそごえになってしまった。

だが驚くほど、俺の声は広間の中に木霊するように響いた。

天井のシャンデリアは消えているが、月明かりに照らされて、澄んだ7色の淡い光が角度によって透明ながらも灯火よりも明るく輝いている。

広間に規則的に立ち並ぶ白い石柱せきちゅう燭光しょっこうも、舞踏会では明るく揺らめいてご馳走と人々を照らしていたが、今は消えて、蒼い闇の中。

(……違う世界に迷い込んだみたいだ……)

昔、まだ幼い愛弟子のために読み聞かせた、西洋の御伽噺。

その中にある、妖精のお城に迷い込んだかのような今の広間の様子に、俺の心はどこか懐かしいような、優しい温もりに包まれた。

まるで昨日のことのように思い出せる、俺を「ウツシにいに」と呼んでくれる、愛らしい笑顔。

やがて美しく成長した彼女と俺は想いを通わせ合い、将来を誓い合った。

(愛弟子……俺は、ずっとキミに、あの頃みたいに笑っていて欲しいよ……)

今、キミは、どんな顔で俺を待ってくれているのだろう。

とくん、とくんと鼓動が高鳴り、俺は更に歩みを進める。

淡い月光が広間の左右の大きな窓から、まるで道標のように射し込んでいて、奥へ1歩、また1歩と進んで行けば、こつ、こつと俺の靴音が闇を叩く。

愛弟子の気配は、広間の奥から感じられていた。

とても奥ゆかしく、穏やかな気配だ。

それを求めるように、俺は、こつ、こつと歩を進めて行く。

靴音が響いてくれなければ、俺の胸の高鳴りがきっと広間に響いていたことだろう。

やがて俺は舞踏会の際、フィオレーネさんとチッチェ姫、王国騎士と王女が手を取り合って優雅に踊っていた、広間のほぼ中央までやって来る。

俺が歩を止めてすぐ、かつん、かつん、と俺の靴音ではない、細い高音が俺の鼓膜を震わせた。

ふわり、ふわりと、闇が、蒼が揺れる。

夜のカーテンが払われたように、暗闇の中から暁光ぎょうこうのような、優しくも凛とした金色こんじきが、俺の視界で煌めいた。

「──来て、くれたんですね。ウツシ教官」

闇夜を、俺の心を灯すような愛しい声。

目の前にふわりと舞い降りた、美しい星彩せいさい

闇の中で、闇をも彩りとして映える、ライムライトのイブニングドレスを揺らしてたおやかに微笑むのは、里が誇る英雄『猛き炎』たる、我が愛弟子。

俺が生涯を賭けて愛する、最愛の炎。

「──ッ、あ……!」

無意識に、声が零れ落ちる。

周囲の景色が感じられなくなるほど、音が聞こえなくなるほど、俺は一瞬で、愛しい人の放つ煌めきに夢中になった。

ずっと賑やかだった心臓も、高鳴ることを忘れるほどに。

まるで、夢か幻か。

この世にはこれほど美しい彩光さいこうがあるのかと、全身の力が抜けて、棒立ちになってまって。

……ウツシ教官?」

不思議そうな愛弟子の声に、俺は、夢から覚めたようにはっとして、目を瞬かせた。

情けない顔をしていたような気がして恥ずかしくて、頬に熱が集まる。
先ほどとは別の意味で、胸が高鳴った。

俺は意識して姿勢を正し、改めて愛弟子の方へ顔を向ける。

彼女は小さく、可笑しそうに目尻を下げて口元を綻ばせていた。

「す、すまない! キ、ミが、とても……とても、美しくて、ついっ……! お、お招きありがとう、愛弟子!」
「──ッ。こ、ちらこそ……ありがとう、ございます」

月光の中でも分かるほどに愛弟子は頬を染めて、はにかむように笑ってくれた。

彼女の林檎の微笑みは今、お互いが纏う煌びやかな衣装さえ霞むほど、この世の何よりも可愛らしくて、愛おしい。

「あなたが来てくれたってことは、カガミにい……私の書いたお手紙、ちゃんと届けてくれましたね。ふふ、良かった」
「アイツ、キミにまた『カガミにい』って言われて喜んでたよ」
「そうなんですか? そういえば私がそう呼んだら『俺を覚えてるのか』ってびっくりしてくれました。ふふふっ、覚えてるに決まってるのに」
「里帰りしたら、また3人で過ごそうって伝えたよ。……でも、今は」

愛しい人と視線を絡ませ合った俺は、無意識に微笑んでいた。

ゆっくりと手を伸ばして彼女の頬に添えた途端、ドレスのシルエットが小さく縦に震えたのが愛おしい。

「今は、俺とキミの……2人だけだよ」

願いを交えた想いを囁いた俺の顔を、目を、キミは真っ直ぐ見つめてくれている。

あらゆるモンスターに打ち勝ち、あらゆる災厄を祓ってきた強者ツワモノのキミが緊張している姿は、小動物より遥かに可愛らしい。

鏡のように澄み渡った、キミの無垢なる湖面の瞳に映るのは、着慣れないフルドレス衣装を纏った、余裕なようで実は緊張している俺の表情だけ。

そしてきっと、それは今の俺の瞳も同じだろう。

普段は狩猟に明け暮れ、玉のような汗が輝くキミの顔が、淡いナチュラルなパーティーメイクに彩られて月明かりに映え、このメイクも俺のためかと勘違いしそうになるほど美しい。

この時間、この瞬間、月光に満ちた夢現のようなこの空間には、俺とキミの2人きり。

柔らかな愛しい頬に添えていた手を滑らせた俺は、大振りな桜色の花のコサージュで華やかに飾られた、月に煌めくキミの艶髪つやがみをさらりと撫でた。

「本当に……本当に、とってもキレイだよ、愛弟子……!」
「あ、りがとう、ございます……!」
「ふふ……俺、そんなにいい男に見えてる? 緊張しないでいいんだよ」

ふっ、とキミは可笑しそうに笑ってくれた。

ほぐれた笑顔は昔と同じ、あどけなくて可愛い。

吸い寄せられるように、滑らかな髪に指を通して撫で続けていると、俺の心も手も大喜びして、自然と目元と口元が蕩けた。

「ねえ愛弟子。手紙にあった俺に見せたいもの、渡したいものって何だい?」
「あ……そう、そうでした。教官、腕、ちょっといいですか?」
「え、腕?」

予想外の発言に大きな瞬きをした俺を見つめるキミの瞳が、たちまち在りし日のように幼く、きらきらと輝く。

何をしてくれるのだろうかと、胸に膨らむ期待で足元がそわそわする中、俺が片腕を愛弟子の前に差し出すと、彼女は「んふふっ」と悪戯っぽい笑顔を零して。

「教官、両腕でお願いします。あと、目、閉じてて下さい」
「え? ええ?」
「早く早くっ。ね、ね? お願いします」
「う、うん、分かった。な、何だろう……

俺の愛しい人は一体、何をしようとしているのか。

何の予想も立てられず、俺は言われるままに両腕を彼女の前に差し出し、目を閉じた。

瞼が下りた暗闇の中、俺の手首、正しくはシャツの袖口に愛弟子の指と、何やら硬くてひんやりしたものが添えられた感覚がある。

(何だろう……何か、着けてる……?)

感覚だけでは確信が持てず、手首も心もむずむずする。

片腕ずつ順番に、何か着けているのは確実だ。
全く分からない、何をしているのだろうか。

薄目を開きたい衝動を抑えている俺の心を見透かしているように、愛弟子は「まだですよー!」と楽しげに告げて。

「愛弟子……ねえ、何してるのー? 何かヒント欲しいよー」
「もう終わりますから。……はい!目、開けていいですよ」

許可をもらってすぐ目を開いた俺の視界には、自分の両腕。

その袖口には、柔らかな月明かりをも反射して存在感を放つ金色の枠に、まるで水滴のように丸く透き通った、グリーントルマリンがはめ込まれたカフスボタンが着けられていた。

「え、ええっ……!? ま、愛弟子、これって……

とても綺麗で、とても高そうな、美しい西洋の装飾品。

俺が思わず目を丸くして口をぱくつかせると、俺の前に立つキミは林檎色の頬で「えへへ」と照れたように可愛らしく笑ってくれた。

「絶対、この日にお渡ししようと思って……用意してたんです。ふふふ、私からの気持ちを込めて」
「と、とっても綺麗だね……!? ありがとう、まさかこんなに素敵なものを用意してくれていたなんて……!」

愛する人のくれた小さな宝石は、周囲の景色と共に俺の瞳を映し、鮮やかな翠色すいしょくの景色を映し出している。

あらゆる鉱石を見てきたと思っていたが、ここまで磨かれた見惚れるほど美しいものは久しぶりに見た。

けれど、この宝石も、俺の愛する人の瞳の輝きには遠く及ばない。

思わず見入ってしまっていたが、やがて俺の心臓は血の気を引きながら、どくん、と大きく高鳴った。

この贈り物は完全に想定外で、浮かれている場合ではない。

「ごっ、ごめん、愛弟子っ! お、お、俺、何も用意できてないっ……!」
……え?」

ぱち、と大きくまばたきしたキミは「ぷふっ!」と楽しげに吹き出した。

俺の言葉が予想外だったのか、よほど可笑しかったのか、彼女の目は柔らかな曲線を描く。

「もう、何を仰ってるんですか。これは、私からの感謝と……あなたへの、想いの証なんです」
「ええ? か、感謝?」
「そうですよ。あなたが居なければ、里と王国を救った『英雄』の私も……あなたに深く愛されて幸せな『ただの私』も、存在しませんでしたから」
「! 愛弟子……

俺を見つめ、俺の目の前に立っている、ドレスを纏った美しい最愛の愛弟子。

俺にとって、この世で1番、大切な人。
泉のように滾々こんこんと湧き続けるこの想いは、きっと、彼女が抱く想いと同じ。

……愛弟子」
「はい」
「俺も、キミと同じだ。キミが居るから、俺で居られる。キミのおかげで、俺は強く優しい『教官』になることができた。そして、何より……

愛しい人への想いが溢れたように「ふふっ」と、俺の口から至福の吐息が零れる。

「──キミのおかげで、俺は……人を愛するという、史上の喜びを知ることができた」
「! ウ、ツシ、教官……
「ありがとう……愛弟子。愛してる……やっと、この場所で、愛しいキミと……

俺はその場で両足を揃え、姿勢を正した。

照れた表情で、きゅっと唇を結ぶキミの表情も、仕草も、キミの全てを抱きしめて、優しく愛で、守り続けたい。

これからも、この想いは、誓いは、決して変わらない。

「我が愛しの姫よ。音楽はないけれど、良ければ……ここで、俺と踊ってくれませんか?」

キミは、数多の人の英雄。

けれど今は、キミは俺だけのお姫様で、俺はキミの王子様。

軽くお辞儀をした俺に、姫と呼ばれて林檎の頬のままなキミは照れくさそうに、けれど、満たされたように笑いながら「はい」と迷わず頷いてくれた。

「嬉しい……! ふふ……同じこと、考えていました。うまくできるか分かりませんが……よろしく、お願いします」
「ふふ、それは俺もさ。一緒に、ゆっくり踊ろう。王城で2人きりになれた、貴重な時間だからね」

穏やかな幸せの温もりが、胸の奥底から、体の末端にまで広がっていった。

俺は心の赴くままに笑みを浮かべ、愛する人の右手を下から掴み、静かに掬い上げて、その手背しゅはいに唇を寄せる。

里と王国の『英雄』と呼ばれし、俺が育て上げた強者の手背は、とても繊細で柔らかかった。

不意に、先ほど彼女から贈ってもらったカフスボタンが、俺の袖口で存在を主張するように、きらりと輝く。

愛する人と両手を取り合い、見つめ合った瞬間、世界から重力が消え失せた。

@acadine