ひととせの宴の後に

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ウ♀視点。

里と王国との交流が再開して1周年。
その祝宴と舞踏会が開かれたお話。



「あ……!」

──居た。

そう思ったら、思わず、声が漏れ出た。

俺の可愛い愛弟子、里の英雄『猛き炎』が、月夜のバルコニーで煌びやかなドレスを纏った数多の若い王国の貴婦人方に囲まれていたから。

彼女はそのひとりひとりに、英雄らしい涼やかな笑顔で応答し、何かを語らっている。

(あれっ……!? 愛弟子の衣装……!)

貴婦人方の色鮮やかなまばるいばかりの衣装よりも、俺は愛弟子の姿に目をまたたかせてしまった。

彼女もてっきりドレス姿かと思っていたのだが、貴婦人方のドレスの隙間から微かに見えた愛弟子の姿は、俺やフィオレーネさんが纏うものと酷似したコートとスラックスではないか。

俺の目から見ても、とても凛々しく気品に溢れた魅惑的な姿。
貴婦人方に囲まれるのも納得だ。

(愛弟子、ドレスじゃなかったんだ……! 今の衣装も、すごく、似合う……)

似合う。

そう、似合うのだ、けれど。

俺は何となく複雑な気持ちのまま、広間からバルコニーの様子を見つめてしまった。

我が愛弟子は、数多あまたの人に求められる『英雄』になった。

その功績を称えられ、彼女の力が必要とされることは、師匠である俺も非常に鼻が高い。
だが、彼女を愛する男としては、少々、心がちくちくした。

(……ワガママ、だよな。……分かってるのに……)

英雄『猛き炎』の、愛弟子の、愛する人の手を取って踊るのは、俺であってほしいと願っていた。

だが、今の彼女は、誰かに手を取られる側に居ない。
人々の手を取る側にいるのだ。

立派になってくれたと実感もする。

とても嬉しいはずなのに、どうして、こんなに寂しいのか。

俺の横顔を見ていたのか、ロンディーネ殿が「ふっ」と小さく笑った声がした。

「ウツシ教官! 今は『猛き炎』も手が離せないようだし、せっかくだ、1曲お付き合い願えないだろうか!」
「えっ!? お、俺がロンディーネ殿のっ!?」
「なあに、これは意中の人と踊る前の予習だと思ってくれ! 貴殿がリードしたいだろう? さあ、ほら、いくぞ!」
「え、あ、あっ……えええっ!?」

ぐいぐいと俺の腕を引くロンディーネ殿の力は、さすがは王国騎士、非常に効率的な力の入れ方だ。

露骨に抵抗するのも失礼なので、俺は情けなく慌てふためきながら、そのまま彼女と正面から向き合う形になってしまった。

周囲にいた里の、里長の姪御さんであるモンジュさんと、ハモンさんの一番弟子であるヒバサさんの視線が非常に痛い。

俺と愛弟子は里長公認の恋人関係のため、如何に里を離れている人であっても噂くらいは耳にしているのだろう。

違う、違うんだ!

これは、もう、不可抗力だ。

「あ、あのっ……ロ、ロンディーネ殿っ……!」
「動きが硬いな、ウツシ教官! さあほら、次は右足! そのままこちらに……そうだ、いいぞ!」

俺とは対照的に、ロンディーネ殿は非常に楽しげに笑っていた。

そしてとても慣れた様子で、かちこちに固まって不慣れな俺のステップを導くように、腕を引いたり腰を下げたりしてくれる。

「いいぞ! さすがだ、ウツシ教官! 次は少々動きが大きくなるが、頑張ってくれよ」
「え、それってどういう……んえっ!?」

ロンディーネ殿の片手が、何故か俺の腰に添えられた。

俺が小さく目を見開くと、彼女はにやりと口角を上げ、その直後。

「ッ──!? あ、わぁあっ……!?」

俺の視界が、ぐるん、と大きく動く。

広間の高い高い天井が見えて、その天井を彩る、ふわりと淡い炎に煌めくシャンデリアが見えたかと思えば。

「げうっ!?」

踊っているとは思えないほど、俺の口からは無粋ぶすいな声。

無理だ、この声は抑えられない。

ぐぎ、と腰から嫌な音がしそうなほど、俺の体は腰に添えられたロンディーネ殿の腕の上でしなり、まるで棒に手ぬぐいが掛かっているような体勢になってしまっていた。

彼女が俺の手を掴んでいたもう片手を強く大きく上に引き、腰に添えた手にも力をこめながら、体の重心を斜め上に傾けたからだ。

床と天井が反転し、みんなが天井で食事し、談笑し、踊っているように見える。

頭に血が上って、心拍数が上がって、嫌な汗が額に滲んだ。

息が詰まる、まずい。

恐ろしいほどの、凄い圧迫感だ。

「うあ、あ、あ、ロ、ロ、ロンディーネ、どのぉっ……!?」
「ステップの覚えは良いし、相手の動きをよく見る力はさすかだな、ウツシ教官! それに、ははは、実に体も柔らかい!」
「お、お褒め頂き……うえ……光栄、ですがっ……! うぐ……そろそろ、姿勢、をぉ……!」

──恥ずかしい。

里の煙突から吹き上がっている勢いで、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

体勢を共に戻したいのだが、ロンディーネ殿の手の力と体の重心の掛け方が非常に絶妙で、全く戻ることができない。

ろくに動くこともままならず、俺は彼女の腕の上でしなったまま、大きく目を見開き、呼吸もなかば必死だった。

「よしウツシ教官! まだまだ、しっかり続けるぞ!」
「うぐ、ええぇ……! 」

ここは、本当に祝宴会場なのか。

俺の胸を覆う絶望感は、地獄に足を踏み入れた時のようだ。

呻き声の中の俺の「辞退したい」という願いは、残念ながら届くことはなさそうだ。

王国騎士の力も前面に出したロンディーネ殿の、まるで訓練のような逞しい踊りのリードは、実に長く続き、それにばかり気を取られていた俺は、全く気付かなかった。

バルコニーに立っている『英雄』の愛弟子が、俺を見て、可笑おかしそうに。

そして、どこか申し訳なさそうに笑っていたことに。

@acadine