我が子と我が子のお酒の話
*異なる世界のモンスターが、異なる世界のニンゲンと出会う。これは出会うはずのないふたりの出会いの物語*
「「うちの子たちが飲み会してたら、どうなるのかな?」」
これは、それぞれの世界にいる不思議な羊と不思議なえびしゅうまいの一言から始まった、奇跡のお話。
『我が子と我が子のお酒の話』
いつも客なんてひとりもいない店だが、昔からそうだった訳ではない。かつては、毎日毎日飽きもせずに訪れる常連たちの笑い声で賑わっていたこともあったのだ。
そんなこの店がこうして静まり返り、店主がグラスを拭く音だけが響くようになった理由は一つ。常連たちが皆、十数年前の争いで塵と化してしまったから。
けれど、今日は違った。店に響く笑い声、グラス同士がぶつかり鳴る音。カウンター越しに見えるその光景は、昔を思い出させるものだった。
「たまにはこういうのもいいね」
「ここんとこ、こうして楽しく飲むって機会がなかったからなぁ」
「楽しいからって、飲みすぎちゃダメだよッ!」
カウンター席で言葉を交わし、酒(ひとりはホットチョコレートだが)を飲む三にんぐみ。
そのうちのひとりであるエストはいつもより上機嫌で、彼の左隣に座る弟、シャルエの背中へと腕を回していた。
エストの右隣に座るアレスは、そんなエストと、なんだかんだ楽しそうにしているシャルエを見て、笑みを浮かべている。
ふと、エストのグラスが空になっていることに気づき店主が次の酒を出そうとカウンターに背を向けた時だった。
カラン、という音と共に店の扉が開く。誰かがこの店を訪れたようだ。しかし、誰が来たというのだろう。
この店に訪れる客は、常連のほとんどが塵となってしまってからはエストかアレスだけで、稀にシャルエがホットミルクやホットチョコレートを飲みにくるだけだった。
店主が振り返ると同時に、店に響く低く冷たい声。空中に浮かぶ幾つもの白い骨を店の入り口の方へ向け、エストが言い放った。
「アンタ、誰だ?」
「ちょっと待ってエスト!
……もしかして、カリーナさん、ですか?」
カリーナと呼ばれた女性は「(久しぶりね)」と笑った。
アレスの知り合いである彼女を、店主もまた知っていた。数ヶ月前、突然この店に訪れた見知らぬモンスター。手足の生えたえびしゅうまいに導かれ、気づけばここに来ていたと言ったモンスターが、彼女だった。
「(驚かせてごめんなさい)」
「いや、オイラこそ。驚いたとは言え攻撃しそうになるとは
……」
「グリルビーさんとも知り合いなんでしょッ?」
「(以前、ここに来たことがあるの。アレスとも、その時に会ったのよね)」
シャルエとカリーナの言葉に、店主は一つ頷いた。アレスとシャルエの間に座ったカリーナに、以前も出したことがある酒を出し、彼らの会話に耳を傾ける。
「今回もその
……えびしゅうまいについてきたんですか?」
「(いいえ。私がよく行くお店の扉を開けたら、ここに繋がっていたの)」
「へぇ
……なんとも不思議なことがあるもんだな」
「オレ様もえびしゅうまいに会ってみたいな!」
どうやら、エストもシャルエもすぐにカリーナと打ち解けたようだった。これも、彼女の人柄だろうか。
「そういえば、カリーナさんのところにもスケルトンがいるんでしたっけ?」
「(ええ、兄弟がいるわ)」
「オレ様とエストみたいだなッ!」
「
……そうだな」
考え込むエストをよそに、シャルエがスケルトン兄弟の特徴を聞き始める。
兄のランシルは研究所の副所長をしており、見た目はシャルエに少し似ているということ。
弟のアイレムは騎士団の副団長をしており、見た目はエストに少し似ているということ。
スケルトンという、地下世界でも珍しいモンスターがカリーナの知り合いにもいる。そんな事実だけでも不思議なのだが、見た目や家族構成まで似ているとなると偶然とは思えない。
ふと店主がエストへと視線を向けると、彼も同じことを考えていたのだろう。表情は険しくなるばかり。
「その、ランシルとアイレムは来ないのッ?」
「(そうね
……いつもなら、もうそろそろランシルが迎えに来る頃なのだけれど)」
「でも、そう簡単に別の世界と繋がるなんてこと
……」
あるのだろうか。そう、アレスが続けようとした時だった。タイミングよく開いた店の扉。入り口から顔を覗かせた人影は、カリーナを見るなり「Dr.」と声をあげる。
「やっぱりここに
……って、は?」
「ウヒョウ! もしかして、あれがランシル!?」
「(あら、貴方もここに来れたのね)」
「世界と世界の行き来は、随分と簡単らしいな? アレス」
「そう、みたいだね」
紫色のタートルネックに白衣を身につけた、シャルエに似たスケルトン。どうやら彼が、カリーナの言っていた「ランシル」のようだ。ランシルは、見慣れないモンスターとニンゲンを前に、ただ呆然と立ち尽くしている。否、もしかしたら頭の中で、今の状況を整理しているのかもしれない。
そんなランシルを、ふわふわと浮かぶカリーナの手がカウンターへ引っ張ってくる。今すぐにでも説明して欲しそうな顔のまま、ランシルはカリーナの手を振り払うことなくこちらへと近づいてきた。
「はじめましてッ! オレ様はシャルエ! キサマ、とっても大きいんだね!」
「え、いや
……Dr. これ一体何が起きて」
「へえ、確かにどことなくシャルと似ているかもしれないな」
「うん。雰囲気も服装も全然違うのにね」
「
……人間? Dr. アンタ、人間と何仲良く飲んでるんですか」
「(アレスは大丈夫よ。それよりも、貴方は何を飲むの?)」
半ば強引にカリーナの左横へ座らされたランシルが、彼女の強引さには慣れっこだと言わんばかりのため息をついて、酒を注文してくる。それに一つ頷いて彼らに背を向ければ、後ろから聞こえてくる会話。
「初めまして。僕はアレスで、僕の左隣がエスト」
「オレ様はシャルエだよッ!」
「
……俺はランシルです。ところでDr. 俺はグリルビーズに入ったつもりだったんですけど?」
「(私もよ。きっと、どこかでイタズラしている子がいるのね)」
「イタズラって
……見たところここは俺たちが住んでる世界じゃなさそうだし、影響とかないんですかね」
ランシルの言葉にカリーナはゆるゆると首を振る。
「(大丈夫だと思うわ。この前ここにきた後も、特に影響はなかったもの)」
「は!? アンタここ二度目なんですか? なんで言わないんですか!」
「カリーナさん、言ってなかったんですか?」
「(聞かれてないんだもの)」
「アンタねぇ
……」
がっくりと肩を落とすランシルと、それを見てくすくすと笑うカリーナ。先程まで(特にアレスを)警戒していたランシルも、少しではあるが肩の力が抜けてきただろうか。
彼の目の前にグラスを一つ置けば、ランシルは「どうも」と小さく会釈してグラスを持ち上げた。
「カンパーイッ!」
「(ふふ、元気ねぇ)」
「シャルエ、ちょっとペースが早いんじゃない?」
「まあまあ、いざとなったらオイラが止めるよ」
だんだんと賑わいを取り戻して行く店内。それも、エストたちが三にんで飲んでいた時よりもさらに騒がしくなっているものだから、店主は小さく息を吐いた。
空になったグラスを片付けては、次の酒を提供する。こんなに忙しいのは十数年ぶりだ。
「(でも、せっかくだからアイレムにも来てほしいわね)」
「呼んできましょうか? 説明は俺からしておきますし。グリルビーズに入ったらここにつながってたなら、ここを出ればグリルビーズの外に行けるでしょ」
「なら、カウンター席より向こうの席の方が話しやすいかもね」
「移動するか。ほらシャル、立てるかい?」
「まだ大丈夫だよッ!」
ランシルがカクテルを呷り、足早に店を出て行く。それに合わせて残った数名はカウンター席を立った。常連たちが塵となり、今後使われることはないだろうと思っていたテーブル席に、皆が座り始める。
「連れてきましたよー」
「こんにちは」
「キサマがキシダン? のフクダンチョー? ってやつか!? オレ様はシャルエ! よろしくなッ」
「シャル、早い早い」
思いの外早く合流した、紅桔梗色の服を身につけるスケルトンに走り寄って行くシャルエ。友達が増えた、と喜ぶ彼を見て、アイレムはにっこりと笑っている。
先ほどのランシルと同様に、カリーナの手に引かれるがままアレスの右隣に座らされたアイレムは、小さく会釈をした。その隣には、アイレムを連れてきたランシルが座る。
「(改めて紹介するわね。この子がアイレムよ)」
「初めまして。ワタシ
……は、アイレムです」
「僕はアレス。ランシルさんの右隣にいるのがエストで、エストとカリーナさんの間にいるのがシャルエ」
「ま、ほどほどによろしくな」
「ねえアイレム! キサマ、キシダンのフクダンチョーやってるってホント!?」
「うん、そうだよ」
テーブルを超えていってしまうのではないか、というほどの勢いで向かい側に座るアイレムの方へと身を乗り出すシャルエ。自身がロイヤルガードの体調をしているからか、どこか親近感を感じているようで、キラキラとした笑みを浮かべていた。
一方、エストとランシルはいつの間にか「自身を振り回す上司」の話で盛り上がり始める。
「オイラも昔、そう言う上司に困らされたからわかるぜ」
「お互い大変だな。少しは大人しくなってほしいんですけどね?」
「(聞こえてるわよ?)」
「聞こえるように言ってるんですよ。あんまり周りを揶揄わないでください」
「(揶揄ってなんかいないわ。ねえ、アレス)」
「へっ!? あ、あの
……近
……」
「
……って、言ったそばから」
彼らの空気は、だんだんと「飲み会」へと変わって行く。かつてこの店の日常であった光景が、十数年ぶりに帰ってきた。そう感じながらいそいそと酒やつまみの準備をする店主。
カリーナの言葉を借りるのならば、きっとこの出来事はいたずら好きな不思議な生き物が、店主の忙しそうな姿を見て楽しむために起こした奇跡なのだろう。
なんて、随分とらしくないことを考えつつ、店主はボトルの蓋を開けた。
「(あら、少し酔ってきちゃったかしら
……)」
「大変ッ! オレ様がお水持ってきてあげる!」
「Dr. 純粋な子を揶揄わないでくださいってば」
「おっと、シャルを揶揄うのはオイラが許さないぜ?」
「なんか
……博士がごめんなさい」
「賑やかで楽しいから、大丈夫だよ。もしよければ、またきてほしいな」
「もちろん!」
その日、店からは夜が更けるまで笑い声が響いたという。
「なあ、アンタに聞いてもいいかい?」
「(あら、なにかしら)」
店主は火災用出口から外へ。ランシルやシャルエたちは店の正面口から外へ。そうして店内に残ったのは、エストとカリーナのふたりだった。
ドアノブに手をかけていたカリーナは、エストの言葉にゆっくりと振り返る。
「アンタのとこのスケルトン、もしかしてアンタが造ったのかい?」
「(
……なぜかしら?)」
それは、ほんの一瞬だった。カリーナの顔から、笑みが消えたような気がした。それでも、エストは言葉を紡ぐ。
「
……アンタが、どっかの誰かさんと似てたからさ。オイラもシャルも、そいつに造られたんだ」
「(
……)」
「言いたくないならいいんだ。たださ、アイツはオイラたちを置いて居なくなったから」
アンタは、居なくならないでやってほしいんだ。ぽつりと、そうこぼしたエストが俯いて居た顔をあげる。そこには、皆で酒を飲み交わして居た時と同じ笑顔があった。
「なんてな。らしくないことはするもんじゃない。ほら、アンタも帰るんだろ?」
「(ええ。
……私からも、一つ聞いてもいいかしら)」
「なんだい?」
少しの沈黙。そして、次に聞こえてきた言葉にエストは息を呑んだ。
「(貴方が、私の名前を呼ばないのは、どこかの誰かさんに私が似ているからかしら?)」
「
……さて、どうだかね」
二人は、笑顔のまま扉を開ける。「答え」は得られぬままに。
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Wrack Tale :
夜月星礼様
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