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沁月
Public
ウ教×ハ♀ 相思相愛 読み切り
万感の筆が描くもの
MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ハ♀視点。最後のページのみウ視点。
狩猟の他にやりたいことを見つけようと、絵を描くことを始めたハ♀のお話。
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2
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5
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もう、やめる。
逃げと同じと分かっている。
でも、もうそれで構わない。
こんなことしなければ良かった。
踏ん切りをつけるために、両手で筆を折ろうとした、直後。
「愛弟子ッ!」
びくん、と私は体を大きく一度縦に震わせ、動きを止めた。
「こ、れは、何があったんだ
……
!?」
いつの間にか、水車小屋の土間に、ウツシ教官が立っていた。
屋内の惨状を見て、ただひたすら、驚いている様子。
無理もない。
私が築きあげた、紙くずだらけだもの。
筆を折る直前、両手で筆を持ったまま、私は大好きなあなたを見つめる。
「
……
きょう、かん。
……
」
そう呟いた途端に、私の目から、大粒の涙が零れ落ちて。
涙と一緒に、私の手から、筆が畳に滑り落ちて行く。
かたん、と音がした時、私の中でも、何かが崩れた。
「
……
わたし
……
。
……
わたし
……
わたし
……
!」
「──ッ!!」
情けない
斑声
むらごえ
が出て、私はまた、恥ずかしくなった。
刹那、あなたは私の方に駆け寄って来て、優しく私を抱きしめてくれた。
とても温かくて、優しくて。
けれどその温もりは、私の胸を罪悪感で締め付けた。
──何してるんだろう、私。
こんなに深追いしないで、早くやめて、得意な狩猟だけに精を出せば良かったのに。
こんなに苦しいのに、どうして続けていたんだろう。
最初は楽しくて、やりたくてやっただけ。
描きたかっただけだった。
もっと綺麗に、上手に、思ったように。
大切なものを。
大好きなあなたを、描きたかった。
「
……
あ、う
……
! う、うぅ
……
ああぁあ
……
!!」
私、どうして泣いているんだろう。
頭の中が、今の紙くずだらけのこの部屋のようにごちゃごちゃで、何も考えられない。
大好きなあなたの腕の中、心が、ばらばらに引き裂かれそうなほど痛かった。
ぽたり、ぽたりと涙が零れて、いつしかそれは、溢れんばかりに流れ落ち、あなたの胸を濡らした。
「よく頑張ったね
……
! キミは、本当に凄いよ
……
本当に
……
本当に
……
!」
あなたは、優しい。
私が欲しい言葉が、どうして分かるのでしょう。
だから、苦しかった。
あなたの言葉すら、私の胸には、届きそうで届かなくて。
それが、私自身がとてつもなく
薄情
はくじょう
な人間だと突きつけてくる。
泣いて、泣いて、しばらく、ずっと泣いて。
やがて、泣き疲れた。
双眸
そうぼう
の
瞼
まぶた
はぼわんと熱くなって、頭がぼうっとしてるのに、くわんくわんと揺れているような気がして。
「
……
愛弟子、落ち着いたかい? 大丈夫?」
あなたの問いに、私は首を縦に振る。
先ほどよりは、頭が整理された気がした。
思いっきり泣いたからかもしれない。
私はあなたの腕の中から離れ、視線を下に向けた。
こんなみっともない顔を、見られたくなくて。
「
……
ごめん、なさい
……
。わ、たし
……
」
「好きなことだって気付いて、一生懸命やってたからこそ
……
苦しかったんだね」
優しく告げながら、私の頭を撫でるあなた。
痛みが強くなったり、和らいだり、
忙
せわ
しない。
「それにしても
……
愛弟子。こんなにたくさん、破っちゃったんだ」
「
……
ごみ、ですから」
「なるほど。ごみ、か
……
」
あなたは不意に畳の間から、少し大きめにちぎれた何枚かを拾い上げた。
ちらりと見れば、あなたはとても、切なげな目をしていて。
そんな目をさせたくない私の胸は、罪悪感で、また痛んだ。
「どうして、ごみだと思うのかな?」
「
……
。誰からも求められなければ、ごみ、でしょう?」
「本当にそうかな? それに、これ。俺が、綺麗だねって言った絵だよ」
「え
……
?」
顔を上げて、ふと気付く。
あなたは的確に、かつて、私が集会所で練習に描いた、桜の絵の破れた紙片を拾い上げていた。
「
……
ごみなんて言われちゃうと、悲しいな。俺
……
この絵、好きだよ。とても明るくて、描くことが楽しい喜びに満ちて
……
本物にはない、キミらしい元気に溢れていて」
「いいんです、大丈夫です、無理に褒めないで。余計な気を使わせてごめんなさい
……
誰からも見向きもされないくらい下手なの分かってますから、大丈夫です」
あなたは、何か言おうとしていた。
けれど、私は喋らせる
暇
いとま
を与えない。
与えられなかった。
まるで自分の口じゃないみたいに、言葉が溢れ出る。
「こういうのって、センスとか才能もありますし。私、やっぱり狩猟だけしてたら良かったですね。そうしたら、こんなご迷惑をおかけしなかったのに
……
ごめんなさい」
あなたに綺麗な絵だと言われた時は、確かに嬉しかった。
なのに、どうして今は、こんなに響かないんだろう。
──私は、最低だ。
言ってくれたことへの感謝も忘れて、自分の安定を求めるように、否定、否定、否定。
これは
謙遜
けんそん
じゃない。
そんなものの度を超えてることは自分でも分かる。
卑下していると落ち着いた。
心が安らいだ。
どうせ自分はできないのだからと言い訳ができた。
やってもやっても、上手い人になんてかなわないし、見向きもされないことにも説明がつく、格好がつく。
堂々と見てもらおうとして、興味を示してもらえず誰にも見てもらえないより、よほど辛くない。
──ああ、私、こんなに卑怯な弱虫だったんだ。
これもきっと、一種の逃げだから。
私がしゃがんで、かつて絵だった紙くずを拾い上げようとした時、力強く腕を引かれた。
「きょうか
……
んっ
……
!? 」
気付いたら立ち上がっていて、大好きなあなたの顔は目の前。
あなたは決死の表情で、潤んだ瞳で、私を真っ直ぐ射抜いていて。
「どうして、そんな悲しいことを言うんだ
……
!?」
「──ッ
……
! 本当の、ことですよ
……
!」
「俺はそうは思わない! 俺はキミの描くものが好きだ! キミの絵が綺麗だと言ったあの言葉は本物なのに! 修行時代からそうだけど、俺はキミにお世辞を言ったことはないよ!?」
こんなに声を張り上げて伝えてくれるあなたからは、
嘘偽
うそいつわ
りも何も感じない。
分かっています、分かっているんです。
ごめんなさい、ごめんなさい。
そう思っているのに、私の口から言葉が出てくれない。
あなたは眉を下げ、ますます切なげに瞳を潤ませた。
「キミがどれほど真剣に向き合っていたのか、この景色からもとてもよく分かるよ
……
! でもね愛弟子。今、自分の芽を潰しているのは他でもない、キミ自身で
……
」
「ッ! 分かってます! 分かってます、分かってます!!」
あなたの声を、私は
遮
さえぎ
った。
私は、どこまでも最低ですね。
情けない。子どもみたいに声を荒げて。
私の目からはまた、涙が溢れた。
「ごめ、なさ
……
ごめん、なさい
……
! 分かって
……
るんです
……
! でも
……
だめで
……
目につくと
……
どうしても
……
! 上手な人のが、こびりついて、はなれなくて
……
きれいで、うらやましくて、くらべちゃって
……
! そんなことしても、何にもならないって、わかってるのに
……
!」
気持ちが、涙と一緒に落ちる。
今度は
天邪鬼
あまのじゃく
じゃない、心のままの素直な言葉。
「自分で楽しく描けたらって気持ちで、はじめたのに
……
なのに
……
!わたし、こんな
……
くるしくなって
……
! 好きだから
……
やめたくないきもちも、あるのに
……
全然うまくいかなくて
……
! でももう、くるしいから
……
! だから筆
……
折れば
……
嫌でも諦められるかと、思っ
……
て
……
」
「
……
間に合って、良かった
……
!」
心底ほっとしたように呟いたあなたは、また、私を優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。
どこまでもどこまでも、あなたは優しい。
矛盾
むじゅん
に満ちた、こんな面倒な感情を抱く私さえ、丸ごと受け止めてくれて。
愛しているはずのあなたからの言葉も、この件に関しては響かない自分が、本当に恥ずかしい。
心の底から、薄情だと思う。
「
……
愛弟子
……
狩猟の後に、ずっとコツコツ練習を頑張っていたよね。俺、見てたから知ってる。言わないだけで、ゴコク様もミノトさんも、里のみんなもちゃんと知ってるよ」
「
…………
」
「これはお世辞とかじゃなくて、事実だから。
……
そうだろう?」
事実。
私はその言葉に何も否定を返せなくて、こくんと首を縦に振る。
あなたは「ふふ」と少し安心したように笑ってくれて、その笑みに私もほんの少し安堵した。
「愛弟子。ここに散らばってる絵、全部直そう」
「
……
えっ!?」
何を言い出すのかと驚き、私が顔を上げる。
あなたの目は、とても真剣で、優しくて。
私の愚かな心を包み込むように、目尻を下げて笑ってくれた。
「俺も協力するから。ね? 直そう。キミは、これを捨てなかった。この中にはまだ確かに、キミの心や想いが生きているんだ。ばらばらになってしまった、キミの込めた想いを、心を、ちゃんと繋ぎ合わせたい」
「
……
ウツシ、教官」
あなたは、何でもお見通し。
あまりにも申し訳なくて、私が震えて黙っていると、不意に、あなたは小さく、何故か照れたように「ふふ」と吐息を漏らした。
「俺も少しお面を作るから、キミの気持ちは何となく分かるんだ。周りには
絵心
えごころ
のある上手な人
……
才能溢れた人がたくさんいて。見向きもされない中で、たまにもらえる優しい言葉が信じられない時もある。何の言葉も反応ももらえない時だってね。創っている時というのは、とても孤独なものだから。孤独は深まれば深まるほど、信頼しようとする心を凍らせてしまう」
「
……
!」
はっとして、私は大好きなあなたの顔を見直す。
あなたは変わらず、笑ってくれていた。
心配しなくていいんだよ、と
暗
あん
に私に告げてくれるような、優しい微笑み。
「そういうのもひっくるめて、全部、分かるから
……
。俺、できる限りのことをしたいんだ。良いと思ったら、凍ってしまった心が溶けるまで良いと伝え続けたいし、なくなってほしくないと思ったものは、ちゃんと
掬
すく
いたい」
胸が苦しい。
息が詰まる。
私は目を見開いたまま、
瞬
まばた
きも忘れていた。
苦しいけれど、とても、とても優しい温かさが、やっと、心の芯に届いた気がして。
「愛弟子。この絵はキミの大切な心、
精魂
せいこん
を込めた、かけがえのないものだ。ごみなんかじゃない。ちゃんと直したら、良かったら、俺に見せてくれないか? キミの絵を、俺
……
もっと見たいんだ」
「
……
ッ、う
……
! あ、ううぅ
……
教、官っ
……
」
今溢れている涙は、先ほど溢れていたものとは違う。
手で、腕で、何度も何度も
拭
ぬぐ
っても、次々に溢れて止まらない。
「うあぁ、ごめん、なさ
……
! わたし、わたし
……
あ、あぁぁ
……
ごめ、なさあぁあ
……
ッ!!」
優し過ぎるほどの、愛しいあなたの腕の中。
私は自分を恥じ、絵を裂いたことを悔い、大好きなあなたに感謝し、混沌とする想いの中で、ただただ、泣いた。
私にとって、大切なものを描いたはずだったのに、安易にそれを裂いたこと。
私はようやく気が付いた。
私はきっと描いたものより『絵を描いている』という自分の方が大切だったんだ。
なのに、私を想ってくれた言葉には耳を塞ぎ続けていた愚かな矛盾。
あなたは私が泣き止むまで、ずっと傍にいてくれた。
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