万感の筆が描くもの

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ハ♀視点。最後のページのみウ視点。

狩猟の他にやりたいことを見つけようと、絵を描くことを始めたハ♀のお話。


 
次の日はちょうど狩猟もなく、私は紙くずの中で、また絵の練習をしていた。

昨日見た素晴らしい絵の衝撃を忘れないうちに、何とか自分もできるようになりたいと思ったけれど、どうせ自分が描いても、という卑下ひげかせとなっているのか、描けない。

せっかく素晴らしいものを見たのだから、吸収したいのに。
学びのチャンスだと分かっているのに。

そう思っているのに、苦しくて苦しくてたまらない。

何度も何度も描いて、丸めて、描いて、破って。

(あんな風に描きたい……あんな風に綺麗に……そのためには練習……練習を……!)

呪いのように付きまとう記憶。

絵の勉強なんて、しなければ良かったのかもしれないとさえ思う。
そうすれば、あの絵を見て「綺麗!」と素直に楽しむだけで終われたのに。

日々練習は続けるけれど、紙くずは増えるばかり。

狩猟で体を動かすことが息抜きになりつつあって、本末転倒のような気もしてきた頃。

「やあ愛弟子! 今日もお疲れ様、帰ったら絵の練習かい?」

里に戻った私を門で出迎えてくれた、大好きなあなた。

いつもその笑顔を見ることが大好きだったのに、今だけば、心臓を鷲掴わしづかみにされたのではないかと思うほど震えて、緊張した。

私が「そうですね」とおぼつかない返事をすると、あなたは、やはり察しがを良くて。

「どうしたの? 練習、うまくいってないのかな?」
「そ、んなこと、ありませんよ」
「あまり根詰こんつめ過ぎないようにね? 少し前に練習しているところを見たけど、もう十分、素敵な絵が描けていると思うよ……?」
「ま、まだまだ、ですから!」

逃れるように、少し声を荒げてしまった。

大好きなあなたがせっかく褒めてくれたのに、それを足蹴にするような最低なことを。

ごめんなさい、ごめんなさい。

私は「失礼します」とあなたの横を駆け抜けて、朱色しゅいろ太鼓橋たいこばしを渡り、そのまま水車小屋に帰宅した。

あなたの心配そうな眼差しが、痛いほど、背中に突き刺さっているのを感じながら。

帰宅して、ご飯を食べて、私はそのまま絵に向き合った。

──紙くずは、増えていく。

片付けるのも億劫だった、というよりは、怖かった。

破ってしまったものは、元は私の絵。

これを片付けてしまったら、私の積み重ねてきたものが本当になくなってしまうような気がしたから。

紙に向き合って、筆をとって。

線が引けない。

こうじゃない。

私が描きたいのはこんなんじゃ。

だめ、だめ、違う、うまくできない。

思っていたものとは到底違うものがいくつも生まれて、こんなもの、ごみだから、真っ黒に塗りつぶす。

真っ黒にしたものを破り捨てて、ふと、気が付いた。

(……私。……何で、こんなに必死になってるんだっけ?)

私が描ける必要なんてあるのだろうか。

遥かに上手い人、素敵なものを描く人が、こんなに近くに居て。

その人が描いたものがあるなら、別に私は描く必要なんてないのでは。

好きだから描いていると思っていたけど、こんなに苦しいなら、きっと、そうじゃなかった。

大好きなあなたを描くなんて、夢のまた夢。

ああ、そうだ。
大好きなあなたも、誰かに描いてもらう方が良いのかも。

どうしてこんな、簡単な事に気付かなかったのか。

自分が描けなきゃいけない必要なんてどこにもない。

…………やめよ、もう……疲れちゃった……

大好きな人を描くなら、少しでも良いものをと追い求めて。

でも、結局、やればやるほど自分の才能やセンスの無さを思い知って、うまくなんていかなくて。

何より、私が絵を描いていると周りの人が知っても、見せても、最終的には何の興味も示されなくなった。

親しい人に見せた時、口では良いと褒めてくれても、きっと、それは私に気を使ってくれているから。

親しい私を傷つけないように、言葉を選んでくれているのでしょう。

褒め言葉や反応の乞食。
私は、なんて浅ましいことを。

実力がないなら、才能がないなら、見向きもされないのが当然。

狩猟だってそう。
力がなければ狩られるだけ。残酷でもそれが現実。

……。何やってんだろう、私……

笑いながら、私は今まで使っていた筆を、両手で持った。

@acadine