mishiadd
2024-07-23 00:00:50
15876文字
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宮本伊織の「薔薇」トリロジー:薔薇を背負う

湊の夜、背中に斬り傷を刻まれ烙印を押されてしまった伊織くんと「誰にも見せてはいけない」と教えた師匠、兄の背中を誰にも見せないために手を尽くし続けてきたカヤちゃん、儀の最中に伊織殿の秘密を知るセイバー。【!】アレルギー表記:彌伊、モブ伊(未遂)
※『宮本伊織の「薔薇」トリロジー』は完全な言い掛かりで伊織くんの幼少期トラウマを捏造するシリーズです


三、「花を散らす」



出逢ったときから、セイバーはカヤのことをつくづくできた義妹だと感心していた。
義兄想いで甲斐甲斐しく、とてもよく気が利く。なにかとセイバーに正論を説いては仏頂面ばかりしている伊織が、カヤの前では柔らかい表情を浮かべることも好きだった。いつも理知的な彼が、無茶を叱られてたじたじになるところも。

ただ、カヤの言動でひとつだけ解せないことがあった。
二度目に顔を合わせたとき、伊織がふらりと席をはずした隙を見て、ひそりと彼女が囁いてきた言葉があった。

「セイバーさん。あれをもう見ましたか

なんのことかまったくわからなかった。だから正直に、「なんのことだ?」と尋ねた。
するとカヤは強張っていた表情を弛め、「いいんです、忘れてください」と眉尻を下げて笑った。

その後、会うたびに尋ねられるので、疑問には思いながらも決まり文句のように「なんのことだ」と返していた。そのたびにカヤがどこかほっとしたような顔をするので、もしかしたらこれはセイバーが見ない方がいいなにかなのかもしれない、とも思い始めていた頃だった。



夢を見た。



何者かから必死に逃げ延びようとしている。燃える家々を避け、山の方へ逃げようとしたが足がもつれて転んでしまう。なにより、こんなに細く小さな足ではどこへも行けるものでもなかった。擦りむいた膝を庇いながらもなんとか立ち上がってまた駆けようとするが、やがて追ってきた何者かに揚々と追いつかれ、首根っこを掴まれる。

村はずれの、まだ燃やされていない空き家の中に連れ込まれた。見知らぬ大柄の大人たちに取り囲まれる中、視界の端に山積みにされた黒いなにかを見つける。目を凝らしてよく見る。彼が見ていることに気付いた男のうちのひとりが、下卑た笑い声をあげる。

「トモダチか。ありゃあどれもあんまり具合がよくなかった。泣き喚くばかりで、ちっとも悦びやしねえで、可愛がり甲斐がねえ。おめえはああなるんじゃねえぞ」

他の男たちも笑い声をあげる。じり、と彼が後ずさると、背後から腕を掴まれた。慌てて振り向こうとすると、今度は正面から脚を引っ張られて引き倒される。板床の上に仰向けに倒れた拍子に背中を強く打ち付ける。痛みで身が竦んだが、なんとか身を捩って床を這って逃げようとする。その姿を愉快そうに笑う声が聞こえる。

「威勢がいい、活きがいいな小僧! ――ああ、おまけによく見りゃ上玉だ。こりゃあ村一番だ。あすこに転がってるののどれよりも別嬪だ」
「顔に傷をつけるなよ、見えるところには傷をつけるな。まだ、な」

嘲笑う声が聞こえたかと思うと同時に背中に焼けつくような痛みを覚える。「ギャッ」と小動物の断末魔のような声をあげ、思わずその場にうつ伏せになって蹲る。
背中の腰のあたりがどくどくと脈打っているのを感じる。気の遠くなるような鋭く激しい痛み。これは――刃物で斬られた痛みだ。着物の上から斬りつけられたのだ

酒を呷る音と共に、「おいおいおい」とどよめく男たちの声が聞こえる。

「見えるところには傷をつけねえって話じゃあなかったのか」
「ああ、ここなら見えやしねえよ。おい、そいつの着物を脱がせろ」

腹部を庇って縮こまった腕を引っ張られ、着物を剥ぎ取られる。それでも逃げ出そうと床の上を這った脚を再び引っ張られて引き倒され、うつ伏せに倒れたところをそのまま押さえ込まれた。子供の力ではどうにもならず、ふーっ、ふーっ、とただひたすら怯えて全身の毛を逆立てている猫のように激しい呼吸を繰り返す。

「ああ、本当に威勢がいいな。泣き喚きもしねえ」
「こりゃあ存分に楽しめそうだ。――よしよし、おっちゃんがたっぷり可愛がってやるからな。まずは、おめえに身の程ってもんを思い知らせてやらにゃならん。自分が一体誰のもんになったのかってことをナァ」

その言葉と共に背中に再び激痛が走る。己の皮膚が、肉が、幾重にも切り裂かれる感覚。刃物が骨に当たり、筋を刻む苦痛。「キャーーーアア」と子供特有の甲高い叫び声をあげると、ワハハハと男どもの笑い声が響いた。「鳴いた鳴いた、ようやく鳴いたか! もっと鳴け、もっと喚け」、とやんややんやと囃し立てる。

子供の叫び声と血の匂いが充満する中、けろりとした男どもの声が響く。

「ほーお、よく描けてるな、うまいもんだ。寺の柱の落書きみてえだな」
「こりゃ俺の『印』よお。俺のもんに俺の名前を書いたみてえなもんよ」
「おめえは腕は立つのに字はろくに書けねえからなあ」

トヨトミは字は教えてくれんかったか、とげらげらと笑う。斬り傷から溢れ出た血で真っ赤に濡れているだろう背中の皮膚を乱暴に手で拭われる。その拍子に傷口が大きく開き、痛みが激しくなる。再び「ギャッ」と小さな獣のような声をあげるが、その声を嘲笑われた。
鼻息の荒い、熱を帯びた巨体が、自分の上に圧し掛かってくるのを感じる。

「あーあーよく描けてらあ。可愛いなあ。可愛い可愛い。俺のもんだと思うとますます可愛い。これから俺のもんにするんだと思うとますます可愛い」

ぬるり、と傷口を這う生ぬるい濡れた何かを感じる。傷口が沁みる。思わず体を強張らせたとき、耳元で声がした。

「背中だけじゃなくて、ちゃあんとこっちにも刻み込んでやろうなあ。体ぜぇんぶに、おっちゃんの一生とれないやつ、刻んでやろうなあ」
「どうせすぐ殺すんだろうに、なあにが『一生』だか」
「殺す前に全部ぐちゃぐちゃに刻んでまるごと俺のもんにするんだよお。それにしても、おめえは本当に可愛いなあ。ああ可愛い、可愛い……

がさついた巨大な手のひらが体中を撫でまわすのを感じる。痛みと気持ち悪さがないまぜになって――そこで、目が覚めた。













いつも通りの朝餉だった。伊織がセイバーに米のおかわりを尋ね、セイバーも何食わぬ顔をして三杯目を頼む。無理やりにでもなんでもない顔を装って、御御御付で米を流し込んだ。
涼やかな――凛とした伊織の横顔を見て、セイバーが目を逸らす。「どうした?」と尋ねる、伊織の穏やかな、楚々とした表情。セイバーがゆるゆると首を横に振る。






見たことを知られてはいけない。悟られてはいけない。決して。






朝餉ののちにふらりと訪ねてきたカヤが、いつものように伊織の目を盗んでこっそりとセイバーに尋ねる。「あれを、見ましたか」。

「いいや。見ていないよ

セイバーのその答えに――カヤは一瞬ひどく驚いたような顔をしたあと、泣きそうな顔をして頷いた。「ありがとうございます」と小さく呟いた。