夜之 夢
2022-07-14 20:49:13
26086文字
Public
 

きみ抱きし木よ

2022年7月23日用 アズジェイ無配。
※無駄に3年生設定&関係成立済み。
イベント終了後、WEBのどこかに投稿する予定です。




 翌日。ジェイドが木となって3日目となると、さすがに少しは慣れてくる。不満げなフロイドをシフト通りに出勤させてモストロ・ラウンジは開店し、アズールもまた、平素と変わらず支配人として店に出た。
 ジェイドが木になった、ということは寮生の誰にも言っていなかった。どういう事ですかと質問責めにあうのは目に見えていたし、アズール自身がまだあの木を「ジェイドだ」と信じきれていなかったせいでもある。ただ、「ジェイドはちょっと外でヘマをして、すぐには寮に戻れないのだ」と説明すれば、大半が「山で怪我でもして、校外の病院にでも入院しているんだろう」と勝手に納得してくれた。なので、ジェイドはそういう事になっている。
 それらしい理由さえあれば、誰もジェイド・リーチの不在を訝しがらない。
 ジェイドがいないことによって多少の不便さはあったものの、モストロ・ラウンジの営業は滞ったりせず、その日もラウンジは通常どおりの営業を終え、さして変化の無い売上と共に営業を終えた。
 副寮長が不在でも、オクタヴィネル寮は崩れないのだとわかってしまう。
 そういうふうにしたのはアズール達だというのに、アズール自身がその事にわずかな衝撃を受けていた。
 どうするんだよ、と。ここにはいない長身の姿に呼びかけたくなって、アズールは学園の制服に着替えて寮を出た。

 鏡舎を抜けて、暗い学園敷地を抜けて、運動場へと入り、さらにその奥へ。藍色の空気の中、黒々と並ぶ木々の中を、1つの木を探してアズールは歩く。
 目印などつけていなかったせいで、どれがジェイドという木なのかがわからなかった。フロイドがいなければ自分はそれさえも見分けられないのだと、アズールはまた衝撃を味わう。
 ジェイド。
 意味が無いと理解しながらもその名を囁き、それでもアズールはそろりと歩みを進めた。
 靴底が土を踏み、枯葉をわけて音を立てる。
 顔の向きを変えれば遠くにすぐ校舎が見えるが、木々の間を歩いているせいで、夜の森の中を歩いているような気になった。
 たしかこんなおとぎ話があったような気がする。
 何の物語なのかは思い出せなかったが、深い森の奥に隠されたお姫様を、勇者だったか王子だったかが探しに行くのだ。いや、妖精の国に攫われ囚われた王子を、姫が探しに行く話だっただろうか?
 どうだっただろう、と思いながらもアズールがとぼとぼと歩いていると、不意に風がふき、木々がそれぞれわずかに枝を振って、葉で音を奏でた。
 その中で1つ――やけに大きく揺れて葉を散らす木に気付き、アズールは思わず顔を上げて視線を上げる。
 見れば、それは、それこそが――ジェイドという木だった。
 なぜそうわかったのか、アズール自身にもわからない。ただ、そのように思えたのではなくて、そうだと『わかった』のだ。
 その木は夜闇の中で光り輝いているわけでもなければ、他の木々と何か差があるわけでもない。けれど何故かアズールにも、それがジェイドであるとわかった。
 その木に近づき細かい箇所を一つ一つ確かめれば、「確かに昨日一昨日とフロイドと共に居たのはこの木だ」と確信が得られ、アズールはなにか、難解だった式が自力で解けたような不思議な達成感を得ながら、その木の根元に立った。
 ジェイドという木を探してここまでやって来たというのに、いざそれを目の前にするとどうすれば良いのかわからなかったうえに、どうしようもなかった。
 大木の下に立ってぼうっと夜の空気を眺めては、葉が擦れ合う音を聞いているしかなかった。
 ここにフロイドの姿は無く、当然ジェイドの姿も無い。
 明日もジェイドはいないのだろう。
「いつまでこうしてるつもりなんだ」
 呟いた声は掠れ、ほとんど夜の空気に溶けてしまう。
 背中を木の幹に預ければ、冷えてザリザリした感触が布越しに伝わった。あたたかくも柔らかくもない。
 アズールがもたれかかった時にそっと押し留めるようにして支えてくれる温度も、しっかりとした体も、アズールの背を支える手も無かった。
「どうしていきなり木なんかになったんです」
 文句を言ったつもりであったのに、それは頼りない声になった。
……不満があったなら……せめてぶつけるくらいして欲しかった。そうしたら……僕は真剣に考えましたし……
 言葉に覇気は無い。泣きそうでもないが。
「最初から何かに姿を変えて遊ぶつもりだったなら、一言連絡くらい……
……ジェイドもフロイドも、僕に従っていると言いながらいつも勝手だ」
……今日、モストロ・ラウンジを開けたんです。寮生が1人木になったからと言って、店を閉めているわけにはいきませんから。ジェイドがいなくても、ラウンジは開く必要があるんですよ」
「ホールが1人足りないんです。とびきり優秀な人材が1人……1人だけいたのに。そいつがいつ戻ってくるかもわからなくなったから」
「どうするんだよ……このままずっとここに植わってる気なのか?」
「卒業も出来ないでしょうし、ジェイドがいなければフロイドだってどうなるか……
「僕だって、」
……卒業後のこと、色々考えていたんですよ。ジェイドとフロイドが頷いてさえくれるなら、一緒に、本格的に、店を……陸で、リストランテを開きたいと思っていて」
 どうしてこんな事を、一人で夜に向かって話しかけなければならないのだろう、とアズールは思う。
 今ここでアズールの言葉に対する返事は無いし、くすくすと笑う声も、「ええ」という穏やかな相槌も無い。
 ジェイドはいきなりいなくなって、それも、木になって、うんともすんとも言わなくなってしまった。
 アズールの恋人はもう、言葉を交わせる状態では居ない。
……いつも勝手すぎる」
 木の幹にもたれたまま呟けば、さわりと枝達が揺れて、藍色の空気を撫でた。風がアズールの頬を撫でて、かすかに土が香る。
 遠くに1つ、やけに明るい星を見つけて、アズールはそれを見やった。
 ジェイドは星空も好いていたことを思い出す。時折思い出したように、アズールにも星の話を聞かせてきたものだ。
 金星、木星、木星の衛星について……たしか金星には衛星が無いのだという。そうやってアズールに星の話を聞かせてくれた相手は今、アズールに声を聞かせてくれることもない。