夜之 夢
2022-07-14 20:49:13
26086文字
Public
 

きみ抱きし木よ

2022年7月23日用 アズジェイ無配。
※無駄に3年生設定&関係成立済み。
イベント終了後、WEBのどこかに投稿する予定です。




 翌朝になってクロウリーにジェイドのことを伝えれば、クロウリーはやや驚きを見せたものの、アズールの言葉を信じたようだった。実際に運動場の木の本数を数えたわけではないだろうに――けれど「確かに運動場に1つ、不思議な気配がありましたね」と言うものだから、アズールのほうが驚かされた。
 え、と言葉を呑んだアズールに構わず、クロウリーは「しかし不明な点が多いですね」と話しかけてくる。
「アーシェングロット君が報告してくれたことは事実なのでしょう。私もそれを疑うつもりはありません。ですが、ジェイド・リーチ君がそうなった際に使われた魔法が何なのか、それが予想しにくい」
 使われた魔法がわからないということは、すなわち、その魔法の解き方もわからないということだ。
 クロウリーの言葉を受け、アズールはそっと自らの指先を握りこんだ。固定した表情で、冷静を装って頷く。
「はい。そもそもジェイドは望んでああなったのか、それとも何かの事故なのか、それすらもわかりませんし……。学園長、ですが、」
「まあ様子を見てみるしかないでしょう」
 アズールの言葉を遮るようにして、クロウリーが言う。
 早急に木を切り倒すか抜く、などと言われなかったことに安心したが、「何とかする」とも言われなかったことにわずかな落胆があった。
……はい……。わかりました」
 自分たちでも調べて手を尽くします、と告げたアズールに、クロウリーがじっと視線を向ける。
 何かと思ってアズールが力無くそれを見つめ返せば、クロウリーは少し黙り込んだ後、静かに口を開いた。
――魔法とは、」
 しんとした学園長室に、クロウリーの声が響く。
「魔法とは、最初から全てが定められて存在したわけではありません。今なお新しい魔法や魔法薬、錬金術についての研究が続けられ……日々新しいものが発見されている通り、魔法とは開発されるものです」
 クロウリーの口調は珍しく落ち着いている。本当に珍しいことに、いかにも教師が講義をする時のようだった。
「魔力を持った者が、意識的にしろ無意識的にしろ、何かを強く望み、そしてそれに魔力が反応した時、それは魔法となってあらわれます。つまり……
「つまり、ジェイドが強く望んで『ああなった』と?」
 被せるように、噛みつくようにして問いながらも、アズールの胸中は波立っていた。相手が教師でなければ胸ぐらくらい掴んでいたかもしれない。指先を握りこんでいた手にますます力をこめてクロウリーを見つめれば、クロウリーは口を閉ざし、首を横に振った。
「可能性の一つです。ジェイド・リーチ君については本当にまだ何もわかりません。とにかく今は落ち着いて、アーシェングロット君はきちんと授業に出席するように」
 大事な生徒のことです。私もきちんと調べます。そう言ったクロウリーのその言葉を信じきれなかったが、後は退室するしかなかった。
 アズールは歯噛みし、一礼をして学園長室を出た。

 朝からきちんと授業を受けていたフロイドは、昼にスマートフォンでメッセージを寄越した。アズールに送られてきたそれには『オレ、昼はジェイドの所で食べる』とだけあり、送信時刻は明らかに授業中だった。
 ジェイドの所、と言われて戸惑ったが、つまりはあの木の下で食べるという意味だろう。だから食堂には行かないし居ない、という連絡に違いない。
 昼休み開始と同時にそのメッセージに気づいたアズールは、しばらく考えた後、それに返信をした。
『わかりました。僕もそちらへ行っていいですか?』
 送ったメッセージにはすぐに既読の印がつく。
『うん』
 たった二文字だけの了承の返事があり、アズールはそれを確認してスマートフォンをしまった。
 食堂でパンでも買って行こうか、と考え、少し迷う。食堂に行ってパンを買うための列に並び、パンを買って、それからまた運動場へ向かう……その間にかかる時間を考えると、どうも億劫だった。いっそ昼食は抜いてもいいか、と思えてくる。
 そこまで考えたところで、アズールはハッとした。
 ――フロイドも同じように考えたのではないか。
 だとすればと予測を立て、アズールは食堂に向かって歩き始めた。

 アズールが2人分の昼食を抱えてその樹の下に歩き着いた時、やはりフロイドは手ぶらのままで木の下に座り込んでいた。土が着くのも構わずに、木の根元に直に座り、下から緑葉を見上げている。その顔は、穏やかでいるようにも、落ち込んでいるようにも見えた。
――フロイド」
 呼びかければ、きちんと反応をしてフロイドが振り向く。反応が鈍いわけではなかったので、呆けているようではなさそうだった。
「アズール、遅かったね」
「食事を買っていたんです」
 答えて、アズールはフロイドの傍に立った。そうしてその眼前に、サンドイッチとドリンクが入った紙袋を押しつけてやる。
「どうせ食べていないんでしょう」
 一瞬ぽかんとしたフロイドは、アズールのその言葉を聞いてヘラリと笑った。
「わーい、アズールありがと」
 意外なほどに素直に礼が述べられ、あっさりとフロイドがそれを受け取ったので、アズールは片手に持っていたレシートを密かに握り丸めた。これで文句を言ったならフロイドの顔に叩きつけてやろうと思っていた物だが、そうも出来ない。
「アズールも座りなよ」
 フロイドが自らの隣をすすめてくれたので、アズールは大人しくそこに腰を下ろした。ジェイドの根を借りて、制服ができるだけ土に触れないように座り位置を定める。固く太く張った根は少し座り心地が悪かったが、アズールを支えてくれた。
 ふ、と息を吐くと同時に、どこからか吹いた風が髪を揺らしていく。少し汗をかいていたらしい。すぅっと肌が冷える感触がした。
 通り抜けていった風に、周囲から、頭上から、葉が擦れる音がした。しゃらしゃら、さわさわと木々の囁きが降る。それが不思議な気持ちだった。
……木って気持ちいーのかなぁ」
 サンドイッチの包装を開けながら、フロイドが言った。アズールの方を見ずに、ただ自分の手元へと視線を注いでいる。
 それを一瞥して、アズールも前を向いた。
……さあ。知りませんよ」
「ジェイド、気持ちいいのかな」
……知りませんって」
「どうなんだろーね」
 フロイドの口調は落ち着いている。落ち込んでいる、というようでもないが、平素には無い穏やかさがあるのは確かだった。少なくともアズールはそれを感じとっている。
 じっと黙り、アズールも自らの分のサンドイッチに手をかけた。薄いビニールの包装を「OPEN」という指示に従って破ったというのに、力を向ける方向を少し誤っただけで中途半端に包装が裂けた。そのことに思わず苛立って、直後、苛立ちが引っ込んで徒労感が押し寄せる。
 じっとりとした気持ちのまま、無理矢理に包装を裂いて中身を取り出せば、その音にフロイドがちらとこちらを振り向いたのが見えた。
「あけるの失敗した?」
「解決してる」
 答えてから、何て意味の無い会話だろう、とアズールは思った。
 そう、と答えてフロイドはもう前を向いている。その大きな手がサンドイッチを一つ持ち上げた。
……ジェイドさぁ、ずっとこうしてたいのかな」
 随分と頼りない声だった。困っているような、悩んでいるような。きっと両方なのだろう。
 ふわりとふいた風が、フロイドの髪を、撫でるように柔く揺らしたのが見えた。
……知りませんよ」
 しゃらしゃら、さわさわと頭上から音が降っている。風が優しく2人を撫でていたが、そこにはジェイドの姿も、声も無い。
「ねー、アズールぅ」
「何です」
「オレも木になっちゃだめ?」 
 まるで遊びに行くような軽々しさで問われたので、アズールは目を見開いて1秒ほどのあいだ固まった。
「木になる方法がわかるのか⁉︎」
「いや、わかんないけど」
 食い気味に、叫ぶようにして尋ねた言葉には、あっさりとした返答が返ってくる。そのせいで、アズールは落胆するよりも先に呆気に取られた。いきなりなぜそんなことを言ったのだ、と恨みがましい気持ちもあってフロイドを睨めば、その視線に気づいたらしいフロイドがアズールを振り向いた。
「なんか、ずっとここにいたら、オレも木になれるかなぁって」
 そう思っただけ、と言った言葉の、なんと頼りないこと。
 アズールは数秒の間、それに何と返事をすればいいのかわからなかった。
……ずっとここにいるのは、フロイドにとってはつらいと思いますよ」
 フロイドからの答えはすぐには無かった。一拍の間を置いて、フロイドが静かに息を吸った音が聞こえた。
「うーん、ま、そうかも」
 答えた声は真剣に考えたようでもあるし、適当に流したようでもある。
 フロイドの凪いだような横顔からは何も読み取れなかった。少なくともアズールはそこにフロイドの考えを読み取れない。
 ジェイドだったらどうなのだろう、フロイドが何を考えているのかわかったのだろうか、と考える。
 ざあ、と風がふいて、2人の間に環境音しかなくなる。フロイドは黙ったままだったし、アズールも口を開けなかった。
 ざらりと葉の擦れる音。地から湧くような土の香り。頭上に広がる大木はアズールとフロイドをすっかり日陰に取り込み、肌を焼く光から庇っている。緑葉のあいだから抜けた光が、アズールの膝のあたりでチカチカしていた。
 黒地の制服の上を滑る小さな光は、星のようにも見える。