清流行き違い、船望む

治安の悪い冨岡義勇と、なかなか再会できない皆さん(転生)


【閑話】ただの一日、されど一日

 かつてほどではなかったが、甘露寺蜜璃は今世でもよく食べる娘であった。両親たちはそんな甘露寺を、かつての家族と変わらず優しく大らかに包み込んでくれていた。重い物を難なく持ち上げるほどの力も、かつてほどではないにせよ、それでも世間一般からすれば驚かれるようなほどである。
 甘露寺のかつての記憶が明確になったきっかけはと言えば、かつてと同じく桜餅を山と食べて髪の色が変わったことだった。家族は綺麗だ綺麗だと褒めそやしてくれたし、何よりかつて受け入れてくれた、好きだと言ってくれた記憶がある。甘露寺はそれを支えに、今世でも己の髪色を受け入れることができた。
 さて、今世の甘露寺が心密かに探したいと思っている男がいる。かつて、生まれ変わったらお嫁さんにしてくれると、そう約束した伊黒だ。伊黒にかつての記憶があろうかなかろうが、きっと素敵な男性に違いない。きっとまた恋に落ちる、という根拠はない確信があった。
 それから、とある姉弟。
 まだかつての記憶が朧げだった頃、一日だけ出会った、年頃の近い二人だ。
 幼い頃の甘露寺は、同じ年頃の子供の何倍もよく食べる割りに、両親へ負担をかけていないかと気を遣っている子供だった。食事の時間でなければ腹が空いても我慢をして、しかし子供の目算だ。時々、空腹が過ぎて動けなくなってしまうこともあった。
 甘露寺がとある姉弟に出会ったのも、そんな風に動けなくなってしまった時のことだ。母はちょうど腹に第二子を宿していて、父も仕事だ家庭だと慌ただしい頃。何か両親の手伝いをしたいと、お使いを買って出た甘露寺は、意気揚々と出かけたものの、途中で座り込んでしまったのだ。
「あら、大丈夫? 大人の人は?」
 そんな甘露寺に声を掛けたのが、小学生くらいの女子と、彼女と手を繋いでいた甘露寺と同じくらいの男の子だ。少年の方は、人見知りなのか少女の手を握りしめて不安そうに甘露寺を見ている。
「おつかい、いくのに、おなかすいちゃった」
 空腹の中、どうにかそれだけ伝えた甘露寺に、少女は目を丸くしていた。彼女もまだ子供だというのに、頑張ってどうするべきか考えてくれたのだろう。ポケットを探ると飴玉を一つ、甘露寺に手渡した。
「これ、飴は大丈夫? 良かったら食べて」
「ぼくのあめも、いいよ」
 少年も姉に倣って、同じ包装紙に包まれた飴をおずおずと手渡してきた。
「あ、ありがとう、ございまひゅ……
 受け取って口に入れた飴は、青いソーダ味だった。そうして少し落ち着いた甘露寺は、それでも心配だからと隣にいてくれた二人に、ぽつぽつと事情を話した。人よりたくさん食べること。下の子が生まれるから両親の手伝いをしたかったこと。そうして、両親の負担にならないようにと、控えめに食事をしていたこと。それを聞いた二人は、彼女を嘘だと言うわけでもなく、気遣わしげにしている。
「一回、お家に帰って何か食べて、またおつかいに行くのがいいと思うわ」
 また動けなくなったら大変だもの、と少女は言う。少年は何も言わなかったが、こくこくと頷いていたので、姉と同じ意見なのだろう。あれだけ意気揚々と出かけたのに、と甘露寺は思ったが、確かにここまで空腹で動けずになっては、両親にさらに心配をかけてしまうに違いない。
「そ、そうよね。飴、ありがとう」
「お家まで一緒に行っても良いかしら?」
「ひょえっ、あ、そ、そうね、途中で動けなくなったら、大変ね」
 そうして、少女の右手は少年が、左手は甘露寺が繋いで、三人で並んで甘露寺の家まで行くことになった。道中で聞いた話では、二人は両親と共に所用があってこの辺りに来ているらしい。外で遊んでいてねと言われ、二人でこの辺りを散歩していた時に、甘露寺を見つけたのだと言う。
 もっぱら姉の方が甘露寺と話をしていて、弟の方は時々小さく一言喋るので精一杯のようだった。姉曰く、最近どうにも人見知りをするのだと。
「ごめんなさいね、この子も蜜璃ちゃんが嫌とかじゃないのよ」
……うん」
 少年が恥ずかしそうに頷いた。かわいいからびっくりして、と蚊の鳴くような声で付け加えたものだから、甘露寺は思わず顔を赤らめてしまった。

 それから家に戻った甘露寺は、二人に背を押されるように事情を話して、食べたらちゃんとお使いに行くからと弁明までした。それに驚いた両親は、我慢をさせていたこたを申し訳ないと言い、甘露寺に付き添ってくれた姉弟を迎え入れておやつを食べさせていた。
「ごめんなさいねぇ、蜜璃は気を遣ってくれる良い子なんだけど、それに甘えちゃってたわね」
「娘を助けてくれてありがとう。名前を聞いてもいいかな?」
「はい、冨岡蔦子と言います。ほら、義勇も自分で自己紹介して」
「あ、と、冨岡義勇です」

 というところまで思い返して、かつての記憶がハッキリとした今なら分かる。あの少年は、かつて鬼殺隊で水柱として在った冨岡義勇である、と。随分と可愛らしい少年だったが、彼の名前も、眼の色も、かつての義勇そのものだった。あの時、義勇にもかつての記憶があったとしても、きっと甘露寺と同じように朧げだったのだろう。
 姉弟仲睦まじい様は、甘露寺にとって目標ともなっていた。己も良き姉となって、下の子に優しくしてあげようと言う。だから、甘露寺は冨岡姉弟と再び会う日を待っている。

 待っているのだ。