清流行き違い、船望む

治安の悪い冨岡義勇と、なかなか再会できない皆さん(転生)


【閑話】言った矢先に駆け出すもので

 ショッピングモールは休日ということもあって賑わっている。時透無一郎は、双子の兄である時透有一郎と、そして両親の四人でそこを訪れていた。まだ小学生の双子のうち、弟の無一郎は兄にも言えない記憶を、少しずつ思い出し始めていた。断片的に、けれども特に印象的な出来事を主体としたものだ。
 両親を喪い、そして兄をも喪い、鬼殺隊に身を置いて、柱まで瞬く間に上り詰め、上弦の壱と戦って命を落とした記憶。決して平和ではないもののせいか、今の世を生きる無一郎を気落ちさせるには十分すぎた。そうしてよく泣き、落ち込んだ様子の無一郎の気晴らしも兼ねた外出である。
「お父さんとお母さんから離れないようにね」
 迷子になっちゃうから、と母親が双子に言い終わるか否かの矢先に、有一郎が無一郎の手を取って駆け出して行ってしまった。大丈夫という有一郎の声だけを残して、二人の姿はあっという間に雑踏に紛れていってしまう。言った矢先に、と母親はオロオロと慌て、父親は思わず天を仰いでいた。


 有一郎にだって言い分はあった。双子だから、双子なのになのかは分からないが、兄さん兄さんとよく後をついてくる無一郎を、有一郎は憎からず思っている。そんな無一郎が、とても怖い夢を見たと泣いて、夢を思い出しては落ち込む様子を見ている。有一郎は、そんな弟を彼なりに元気付けてやりたいと思っていた。
 無一郎は本を読むことも好きだ。紙飛行機を飛ばして遊ぶのも好きだ。有一郎は、幼いながらに考えて、このショッピングモールには書店があることに気付く。ならばそこに連れて行ってやろう。そう思ってから、無一郎の手を掴んで駆け出した。無一郎が喜ぶと思って、彼なりの思いやりだ。
 ただ、有一郎は無一郎と同い年の、子供である。無一郎の手を取って駆け出したものの、人の多いショッピングモールで、手を繋ぎながら急ぎ足を続けることも難しかった。元々、どこかおっとりしている節のある無一郎の手を離してしまえば、彼はあっという間に混雑の中に取り残されてしまう。
 人の少ない場所に出た有一郎がはたと足を止めた時にはもう、無一郎もどこかに行ってしまっていた。名前を呼んでみても応えはない。両親を探そうとしても、有一郎の目線ではなかなか見つけることもできない。
 無一郎を元気付けてやりたいだけだったのに。どうして裏目に出てしまうのだろうか。やり切れない気持ちで、有一郎は口を引き結ぶ。無一郎はどこかで泣いていやしないだろうか、上手く両親と合流できるだろうか。
 視線を彷徨かせながらも、とにかく無一郎を探さねばという一心で、有一郎が一歩足を踏み出そうとして。
「っわ!」
……っ、すまない、大丈夫か」
 人の足にぶつかった。思わず尻餅をついた有一郎に、ぶつかった男が声を掛けた。黒いスーツ姿のその男は、有一郎を立たせてやると、僅かに首を傾げた。無風の水面のような目の男は、有一郎に怪我がなさそうな様子に安心したらしい。
「ご、ごめんなさい、ぶつかっちゃって」
……一人で来たのか?」
「あっ、か、家族で来たんだけど、逸れちゃって、弟、双子の弟も、バラバラになって」
「迷子か」
 男の端的なその言葉は、確かに事実だった。有一郎は、そしてはぐれた無一郎もだろう、ものの見事に迷子としか言いようがない。不甲斐ない己に俯いた有一郎を、男がどう思ったのかは分からない。けれどもさっさと離れてしまうこともできただろうに、そっと背を押して近くの空いているベンチに有一郎を誘導した。
 黒く長い髪を一つに結わえ、黒いスーツを乱れなく着ている男は、有一郎をベンチに座らせると辺りをキョロキョロと見回した。迷子の放送はまだないらしく、ただモールで行われているイベントの案内が時折流れるくらいだ。有一郎は、とにかく無一郎を早く見つけ出してやりたかった。
 無一郎の見た恐ろしい夢は、一人になってしまうのだと言っていた。家族もいない、独りぼっちになる夢。そんな夢から元気付けるためだったのに、結局、有一郎は無一郎を一人にしてしまった。夢を思い出して泣いていないだろうか。早く一人ではないと教えてやらなければならない。有一郎は、無一郎の兄なのだ。無一郎が兄と慕う人間なのだ。
「あの! お兄さん!」
「どうした、見つかったのか?」
「えっと、俺のこと迷子センターまで連れて行ってよ」
……まあ、それくらいなら」
 有一郎が出した答えは、大人しく迷子センターに行くことだった。有一郎の頼みに虚を突かれたような顔をした男は、しかし腕時計を見てから頷いた。もしかしたら、何か予定があるのだろうか。有一郎は少し申し訳ないと思いつつも、この男の視線からなら歩いているうちに無一郎や両親を探すこともできそうだと思ったのだ。
 両親の着ていた服の特徴や、弟の無一郎は己と瓜二つであると教えてやりながら、有一郎は男の手を掴んだ。父親の手とはまた違う、けれども大人の男性の手だ。それが遠慮がちに握り返された。逸れても困る、と男が淡々と告げる。
「お兄さんは仕事? スーツって仕事の人が着るんでしょう」
「まあそうだな……
「休みの日なのに、大変なんだね」
 有一郎の問いかけにも、男は表情ひとつ変えずに短く返してくる。時折、男の視線が他所へずれるのは、有一郎の家族を探してくれているからだろうか。
 迷子センターはそう遠くない場所にあった。大泣きしている幼児や、親が迷子だとでも思っているのか、仕方ないと言った風の子どもがいるくらいだ。男はそれらを一瞥するだけで、有一郎を受付の職員に引き渡すべく声を掛けた。
「迷子を保護したので対応して欲しい」
 至って簡素な物言いだった。職員の女性はにこりと微笑むと、有一郎の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「お名前は?」
「時透有一郎。父さんと母さんと、弟の無一郎と来たんだけど、はぐれちゃって。お兄さんに連れてきてもらった」
「あら、しっかりした子ね。じゃあ、放送で呼んでもらうから、待っててね」
 そうして程なく、迷子放送が流れた。両親は、無一郎は、ちゃんと聞いてくれただろうか。有一郎は子供用スペースに目を向け、そしてここまで付き添ってくれた男へと目を向ける。
「お兄さんありがとう。お兄さんの名前は?」
「名乗るほどの者ではない……
「えー、お兄さんが俺の名前知ってるのに、俺がお兄さんの名前知らないなんて不公平じゃない?」
……冨岡義勇だ。では、俺は用事があるので失礼する」
「冨岡さん、ありがとう!」
 手を振ると、男―― 冨岡は、小さく頭を下げてから雑踏に紛れてしまった。途中、スマホでどこかに電話をしようとしていたので、もしかしたら予定が押してしまっただろうか、と有一郎は少しだけ申し訳なく思う。けれども彼は大人のようだったから、きっとどうにかなるだろうとも。

 程なくやってきた無一郎と、そして両親に、有一郎は大人しく謝った。兄弟揃って母親に抱き締められて、そこでようやく、有一郎は己が気を張っていたことに気が付いた。そうして、有一郎は両親に「無一郎を本屋に連れて行きたかった」と告げる。次からは走り出す前に言ってね、と言われただけで、無一郎も兄が気を利かせようとしたことを知り、小さく笑う。それでもう、有一郎は報われたような気になった。
「ここまで連れて来てくれたお兄さんがいたんだけどね」
「あらそうなの? お礼を言いそびれちゃったわね」
「ううん、お兄さん、予定があるってすぐに行っちゃったから……
「有一郎はお礼を言えた?」
「うん。名前も聞いたよ。冨岡義勇さんだって」
 有一郎が告げた名に、無一郎が目をまん丸くして驚いていた。