清流行き違い、船望む

治安の悪い冨岡義勇と、なかなか再会できない皆さん(転生)


【弐】引越し前夜

 今世の父もまた、珍しい職をしているものだと宇髄天元は思っている。なんと言っても探偵である。宇髄家の子供たちは、父の職業を知ると決まって「殺人事件を解決するのか」と目を輝かせるのが一種の通過儀礼のようなものだった。宇髄もその例に漏れず、小学校に上がるかどうかの頃にその道を通っている。その頃はかつての記憶など朧げであったから、というのが宇髄の秘めている釈明だった。
 しかしそんなこともなく、父の主な仕事と言えば、浮気調査のようなものばかりだ。それにガッカリするのもまた、宇髄家の子供たちの通る道だった。父からすれば理不尽にも程があるだろうに、今世の父は文句も言わずに享受している。まったく、かつてとは違う家庭だ。
 かつてと変わらないことと言えば、兄弟が多いことだった。宇髄の兄は既に所帯持ちであったり、就職して一人暮らしをしているため、実家に身を置く子供の中では、宇髄が最年長だ。そんな宇髄も、大学の専攻の都合上、校舎が遠くなる、という理由で家を出る予定になっている。何故か宇髄に反抗を向けがちだったすぐ下の弟すら、宇髄が家を出る日が近付くにつれて物言いたげな視線を寄越すようになっていた。
 かつては殺し合った兄弟、それを命じた両親は、生まれた世や家系が変わればこうまで変わるのか、と宇髄は密かに驚いている。鬼の首魁を討ち果たした後、まるで憑き物が落ちたかのように穏やかに、笑みすら浮かべるようになったかつての友のように、環境というものはそこまで変えてしまうものなのかと。
 かつての記憶を全て思い出してから、宇髄は時々、家庭に身の置き所がないような、なんとも据わりの悪い感覚に襲われることがある。親兄弟が揃い、穏やかな家庭だと言うのに。かつてを思えば、よっぽど良い家庭なのだから、開き直ってしまえばいいだけなのだが。
 家を離れる理由を作ったのは、紛れもなく宇髄本人の選択である。仕方がないと思わせるだけの理由だ。そんな様々な本音を持つ宇髄は、惜しむように、心配するように、けれども新たな門出を祝うように、家族が気にかけてくれている現状を、なんとも複雑な気持ちで受け止めていた。
「すまない、天元。明日の引越しの手伝いもできなくて」
「あー、いいっていいって。兄貴たちも来るっつってたし、大の男ばっかじゃ狭苦しいだろ」
 宇髄の引越し前夜、豪勢な夕食が済んで父と酒を酌み交わしていた時のことだ。申し訳なさそうにしている父を、どうにかあしらう。宇髄家の男は体格に恵まれていた。父の遺伝かと思うほど、父の体格も良い方だ。そんな家族の男手が、学生の一人暮らしには丁度いいだけの部屋に集まるなど、狭苦しく感じるに違いない。
 今世の両親は、随分と子煩悩だ。とっくに成人しているはずの兄にすら、常々「困ったことがあったらいつでも頼りなさい」と言い、宇髄の引越しでさえ、両親揃って手伝うと言い張っていたのだ。父が手伝えないこととなって密かに安堵したとは、口が裂けても言えないなと宇髄は思う。かつての記憶とあまりに違う父への宇髄の戸惑いは、しかし、次兄があまりに苛烈な反抗期を送った過去のある宇髄家においては「思春期を過ぎたらそんなものよね」で済まされる程度のものだった。
「親父が行く会合ってなんだよ」
「守秘義務」
 宇髄が好奇心からちょっと掘ろうと思っても、こうしてバッサリ切るところは、かつての忍とも通じるものがあるのだが。その時の父の顔はどこか楽しげで、宇髄との会話を楽しんでいるようだった。
「そういうのに使う金ってやっぱ経費で落としてもらってんの?」
「まあそんなとこか。たまに費用はあれもこれも全部持つって人も来るが、極稀だ」
「やー、ド派手な金持ちってのはいるもんだな」
「そういう手合いはな、何か一つは厄介なんだ。浮気現場が海外だから空港で狙って証拠を撮れってんならかわいい方だ」
 かつてより余程に平和ではあるが、今世だろうが情報収集の苦労は全て消えたわけではないらしい。宇髄は父の仕事の大まかな内容ではなく、今回の仕事について、知っておくべきだという直感があった。根拠があるのかと言われれば困ってしまうが、しかし似たような直感に従って決めた引越し先の下見で、宇髄はかつての同僚である煉獄杏寿郎と再会を果たしていた。
 よくよく考えれば、そこはかつて鬼殺隊で代々炎柱を輩出していた煉獄家のあった地だったのだ。そんなことがあったものだから、宇髄は今回も何かしら鬼殺隊に縁がある誰かが、父の行く会合にいるのだろうと予想した。かつての嫁の誰かか、或いは隊員かまでは分からないが、宇髄は少しでも情報を集めたかった。
「会合も厄介なのか?」
……好奇心がすごいな。大抵は良くある名刺交換会だが、まあたまに、それこそ金持ちのパーティーだの、ヤバい奴らのパーティーだのに当たることはある」
「金持ちのパーティーってなんだよ」
「大体は跡継ぎの顔見せ、繋ぎだよ。今でもそんなことする世界があるんだから、面白いもんだけどよ」
 酒の力か、父は根幹に関わらない、業界知識については答えてくれた。宇髄はそれらを聞いて、ある程度、誰が関わっていそうな会合なのかを思案する。
 父が仕事でついて行けないと言った日、気乗りしないといった雰囲気や、やたらと疲れ切った様子が見えた。つまりは『厄介』なものなのだろう。
 そうなると、恐らく依頼者は富裕層。かつて忍であった宇髄はともかく、煉獄家がかつての記憶と違うのは、慎寿郎の妻、瑠火が体こそ弱いが命に関わるほどではないことだ。家柄も鬼殺隊を抜きにしてもあまり変わらない。つまり、かつての隊士で宇髄や煉獄のように再び生まれ落ちた身の者は、今では見られない職の者以外は家柄もそうそう変わらないだろう。というのが宇髄の見立てだ。
 財があるという意味でなら、鬼殺隊を取り纏めていた産屋敷家だ。そこに同じ状況の者がいるかどうかは分からないが、何かを感知して手を回している可能性もある。宇髄は、かつてと今世での家族の様子の違いを感じているだけだが、もしも「かつてと同じ」であるが故に厄介なことになっていたとしたら。産屋敷家でそれを察知していたら。接触してみる価値はある、と宇髄は思っている。
 今世、産屋敷家はやり手の資産家である。先見の明もあるだろうし、かつてと今世を抱える者の問題も把握してくれるだろう。そうであるならば。
 かつて宇髄が見送った者たちが、幸いに生きているかどうか。一人でよくも分からない直感に頼るよりも、よほど探しやすそうだ。
「はー、親父の土産話でも聞きてえけどな」
「ははは、藪蛇って知ってるか、天元」
 好んで蛇を出そうとするな、と言う父は、明らかに厄介な会合に行くのだと宇髄は確信した。



 事実、天元の父は『厄介な会合』に参加していた。華やかなパーティーならば良かったが、その会合は物々しい雰囲気に包まれていた。なんと言っても、三大会派の一つと密かに噂されるヤクザの会合だ。その会の頂にある組長が病身で死期が近いとも噂され、彼の養子で現在は若頭の地位である青年を次期組長として会派の者に知らしめる目的の。
 一会派にある組の幹部が一同に揃う中、給仕役として宇髄家の父は紛れ込んでいた。次期組長の名、そして顔貌を調べて欲しいという。会場の別の場所には宇髄の同僚たちが潜んで、次期組長の写真を知られずに撮るために構えている。
 相手はヤクザ者たちだ。下手をすれば命を取られてもおかしくはない厄介な仕事だ。とはいえ、普段は浮気調査だなんだと日常に紛れるだけの身、探偵という名に惹かれて就職した同僚たちはこの非日常を、不謹慎ながら楽しんでいた。
 スッと開かれた扉から、一人の男がこの広間に入ってくる。長い髪を一つに結わえた、黒い紋付袴姿の青年だった。宇髄から見たら、息子の一人である天元よりも少し歳若く見えるような男だ。背筋を伸ばし、歳上ばかりな上に威圧感すらある男たちの視線に臆することもなく、凪いだ切れ長の瞳で皆の前に立つ。
「親父殿から後継と指定された――
 静かな声だが、彼の若さにざわついていた皆を鎮めるほど、落ち着き払っていた。あの若さで、墨も入れているのだろうか。後継者の青年の口上を聞きながら、宇髄はなんとも複雑な心境だ。何せ家の息子たちとさほど変わらない歳で、ヤクザの組長の養子になった上、その組みを背負って立つことを望まれている。真っ当な道に行く機会はあっただろうに。
「義勇、か」
 青年の名を思い返しながら、宇髄の脳裏には実家を出て行ったばかりの息子の顔がちらついていた。