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雨宮水月
2024-06-20 10:04:37
7804文字
Public
企画
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第一回 誰の文章だゲーム
参加者6名の中で、どの作品を誰が書いたのか当ててみよう!
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【作品F】
細い小径から一歩足を踏み出した男は辺りをきょろきょろと見回してほうと息を吐く。少しレトロな街並みには人通りも多くはなく男の不審な挙動を見咎めるものもいなかった。男は鞄を背負いなおしてから空を見上げる。遠くで偽物のような入道雲が高く折り重なる、絵に描いたような真夏の空だった。
事前に下調べしていたとはいえネットや本で見るのと実際に訪れるのとではまったく違うもので見覚えのあるはずの場所はどうにも落ち着かなくさせる。むしろ中途半端に知ってしまっているからこそどことなく他人行儀な気がしてならなかった。容赦なく照り付ける太陽の日差しを避けるべく男は帽子をかぶりなおす。地元では見かけないチェーン店のカフェが目についたが喉を潤している時間はない。熱したフライパンに水を落としたような蝉時雨が降り注ぐ中、男は目的の場所へと歩みを進めた。
目的の場所はそう遠くもない表通りから少し外れた路地だ。男はとある女性を目当てにやってきた旅行客だった。画面越しに彼女を見つめるようになって何年経っただろうか。ただ眺めていられれば良かったはずだったのに、それだけでは我慢ができなくなった。会う方法を画策し続け、ようやくディスプレイ越しではない彼女と会うことができる。長年の観察と盗み見た情報から推察するに彼女は今日この近くを通るはずだ。時計を確認ついでにスマートフォンのアルバムを開く。視線の絡まない写真をじっと見つめてから男はまた路地を歩きだした。
この日の気温は全国的に今年の最高気温を記録していたのだという。大粒の汗が噴き出しては肌を伝って乾いたアスファルトに染み込んだ。これほどまでに暑いのは誤算だ。ペットボトルに手を伸ばしたものの緊張も相まって中身はとうに空っぽだった。いざ探そうと思ったときに限って自販機なども見当たらない。顔を見られるわけにいかないため店にも入れない。時計はまもなく予定時間を指そうとしている。今日を逃せばもう機会がないのだと思えばここから離れるわけにもいかない。少しの逡巡の後、男は飲み物を諦めて迷っているふりを始めた。手の中の端末を見ては辺りを確認し少し行っては戻る。幸いなことに人通りはなくそれを怪しむ人はいなかった。手の向こう側で地面がゆらゆらと揺れている。これは陽炎と呼ぶのだっただろうか、それとも蜃気楼だっただろうか。そんなことをぼんやりと考えているうちに足がもつれた。
あ、と思ったときには遅く男は暑い地面に倒れこんでいた。鉄板のように熱い地面が手のひらを焼く。少し離れたところに転がった端末の画面がひび割れていた。慌てて起き上がろうとしたものの腕に力が入らない。自身が熱中症をおこしているのだと膜の張った頭で理解した。やはり自販機を探しに行こうと懸命に体を起こす。男のすぐ真上に小さな影が差しだされた。
「大丈夫ですか」
風鈴のように涼やかな声音が男の耳を撫でた。弾かれたように顔を上げれば傍らに若い女性が立っていた。目の覚めるような美女というわけでもなく、これといった特徴のない平凡な女性だ。心配そうな表情の彼女は日傘を掲げて容赦のない日差しから男を庇う。纏ったワンピースは白に近い水色で陽の光を受けて薄く光っているようにすら見えた。日焼けのない綺麗な手が男の浅黒く皺だらけの手に重なる。気遣うように何度か声をかける彼女を、男はただただじっと見つめていた。何度も繰り返し見た横顔が、映像の中で繰り返された声が今、目の前にある。まっすぐ自分だけを見ている。その顔がゆらりと揺れて、揺れる世界の中で女性が焦ったような顔をした。乾いた頬を水滴が一筋伝って落ちる。女性は鞄からハンカチを取り出すと男へ差し出した。男はハンカチには目もくれずに震える手で彼女の手をしっかりと掴むと口角を持ち上げる。やっと、やっと会えた。男は唇をわななかせながらしゃがれた声で小さく何かを呟いた。
20xx年8月、一人の男が逮捕された。ニュースサイトに掲載された写真は深い皺の刻まれた老人のものだった。男は許可を得ずに独自で開発した装置で時間遡行を図ったとされ時空干渉法違反で逮捕された。男の家からは時間遡行装置の部品が大量に発見されこれまでも繰り返し開発していたとみられる。また家からは一人の女性の写真や動画、彼女の行動を詳細に記録した資料が大量に発見された。女性の日記や記録から当時の行動を推測し犯行に及んだとみられる。調べに対し男は「死んだ妻にもう一度会いたかった」と容疑を認めているという。民間の時間旅行会社が設立されてしばらく経ったものの未だその旅行費用は莫大だ。男のように独自の装置で時間旅行を試みたり、違法に開発された装置を犯罪に利用したりと時間遡行にまつわる事件や事故が後を絶たない。男の話は数日ニュースサイトを賑やかしたものの、やがてよくある事件の一つとして誰からも忘れ去られた。
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