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雨宮水月
2024-06-20 10:04:37
7804文字
Public
企画
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第一回 誰の文章だゲーム
参加者6名の中で、どの作品を誰が書いたのか当ててみよう!
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【作品B】
駆け落ちでもしよっか。
魅力的で、非現実的で、甘くて、幼稚な誘惑をまとったその手を、私は一切の躊躇なく取った。
夏の日。異常だと言われることがもはや当たり前となった二十一世紀のとある猛暑日。茹だるような灼熱の中、私たちは着の身着のまま走り出した。
なんてロマンチックなことはない。
実態は友人同士による夏休みを利用した何の変哲もない旅行だ。いや、実際旅行を決めたときに、駆け落ちするか、なんてことは冗談交じりには言われた。これは現実からの逃避行なんだと二人で笑った。
「楽しかったね」
「まあ、何もなかったけどね」
「アッハ、そうだけどさ」
「うん
……
楽しかった。何もなかったから」
そんな会話で脳裏に過ぎるのは、この旅で歩き回った町の姿だ。観光を売りにしているものの、特段に有名とか盛況というわけではない、どこか寂れた印象を抱かせる海辺の町。
真新しい施設があるわけでもなかった。大きな博物館や水族館みたいな場所もない。ただ海と、観光客向けの飲食店と、宿泊先と、少しだけ大きな神社だけがあるだけの、たぶん日帰りで充分な土地。そこに私たちは二日間滞在した。
何もなかった。びっくりするくらいに何もなかった。ただ楽しく海で遊んで、周辺を歩き回って、値段の割に美味しいご飯を食べた。それだけだった。
「あー、帰りたくない」
「分かる。現実に戻りたくない」
「あそこ夢の国だった?」
「魔法はないけど海はあったね」
電車の中でくだらない言葉を交わす時間がやけに寂しさを覚えさせたから、キャリーケースの持ち手を強く握りしめてみる。なんだか余計に名残惜しくなっただけだった。
不意に、目の前にいる相手の降車駅の名前と乗り換え案内が、女性の録音音声で読み上げられた。眠たげな車掌のアナウンスも一緒に流れてきて、刻一刻と迫る終わりの時間の足音を感じさせた。
「あのさ」
電車がスピードを落とし始めた頃、声がかかった。その声はくだらない会話と同じものなのに、どこか緊張感を纏っていた。
「このまま、本当に逃げちゃおうよ」
ひどく真剣な顔をしていたそのひとは、逸らすことを許さないほどの真っ直ぐさで私を見ていた。見ているだけだった。こちらに向けられた手はない。ただそれでも、手を掴むかどうかの選択を迫られている気がした。
分かっている。お互いにそれが達成できないことを悟っていると、互いに察している。だから、たった一言を口にすればいい。それでこの会話は冗談で済ませられる。
言葉に詰まる。明確に断りたくない。何を言っているのと笑いたくもなかった。キャリーケースにしがみついた手を引き剥がして、無理にでも掴んでしまおうかとさえ思ってしまう。
電車が止まる。軽快なメロディを響かせて扉が開く。このまま引き止めれば、あるいは一緒に降りてどこかの路線に飛び込めば。考えが幾重にも頭の中で掻き混ざり、そのたびに散々見てきた現実が水をかけてくる。
「ごめん」
無言の私を見て相手は朗らかに笑うと、キャリーケースを引き連れてそのまま夢と現実の境界を超えた。
「じゃあ、またね!」
そんな声が発車メロディと共にこちらへ届くと同時に、扉が閉じていく。少しだけ控えめに手を振るその人に小さく応えていたからだろう、扉が閉じきったその瞬間、窓に反射した自分の顔を見てしまった。
殴ってしまいたくなるほどに、曖昧な笑顔だけがそこにあった。
ゆっくりと電車が動き出す。車輪が線路を擦る甲高い金属音が鳴り響く。それがどこか、断末魔のように思えた。
夏の日。異常が当たり前の猛暑日。命絶える金属音と共に、逃避行は誰にも知られずに幕を閉じた。
「
……
帰りたくないなぁ」
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