柚鈴
2024-06-18 11:08:58
28580文字
Public
 

Floruit

第1~2話:あかりん
第3~6話:柚鈴


第2話 シンクロナイザー

◇レイラ・カーティス

 マヤとエレナとの合同訓練のカウントは、とっくにやめていた。とっくのとうにやめていた。
 それぐらい、彼女達との訓練は、当然になっていて。日常になっていて。日常茶飯事になっていて──それでも。
 それでも、レイラは──今でも未だに、マヤに対して、上手く接することができずにいた。
…………
 だって、彼女は。
 レイラが、友達になりたいと思って──そして、それを諦めてしまった相手だから。

『友達』に、なれるかもしれない。
 アイドルになりたてのレイラは──初々しくて、そして愚かだったレイラは──マヤに対して、そんな期待をした。してしまった。
 憧れだった。
 ずっとずっと、憧れていたのだ。
 それは──両親からの愛を得るために、犠牲にした夢。
『友達』。
 親しげな笑み。砕けた口調。
 そんなものがレイラに向けられたのは──初めて、だったから。
 痛くて寂しい孤独が、溶かされるような感覚。
 それを、マヤが与えてくれた。
 だから、なれると思ったのだ。
『友達』に。
 互いを、大切だと言える存在どうしに。
 そんな淡い期待を、胸に宿らせたのだ。宿らせてしまったのだ。

 だけど。
 マヤには──エレナという幼馴染がいた。

 その事実に──レイラは、拒絶されたような気持ちになった。なってしまったのだ。
 あのときのレイラは、きっと──マヤの、一番になりたかったのだろう。
 唯一になりたかったのだろう。唯一無二になりたかったのだろう。
 だけど──彼女には、既に『友達』がいて。
 それも、ただの『友達』ではない──大事な『友達』がいたから。幼馴染がいたから。
 レイラは──マヤの唯一無二には、どうしたってなれない。
 そう悟ったレイラは──あの場を、逃げ出したのだ。

 その一連の出来事について、レイラは、一方的に気まずさを覚えている。
 子どもじみた我が侭をぶつけてしまったことへの、申し訳なさと、恥ずかしさ。
 幼い動機で幼い行動をとってしまった自分への、幼い後悔。
 きっと、向こうは知るよしもない。
 レイラが、勝手に罰が悪いと思っているだけ。
 それでも──それがわかっていても、レイラは──真の人間関係を築くことが下手なレイラは──まだまだ友人関係初心者のレイラは、マヤと上手く接せずにいた。

「マヤさんと、何かあったんですか?」
 そんなレイラに気付いたのは、シノだった。
 彼女のあたたかな笑顔には、いつも救われる。
 シノになら、と思わせてくれる。
 だから、話した。
 学校の成績は良いくせに──国語だって得意なくせに、それなのに口下手なレイラだから、上手く要約して伝えることは、できなかったと思う。
 けど、彼女は──いつものようにやさしく微笑んで、こう言った。
「つまり──マヤさんと、お話がしたいんですよね? それなら、しちゃいましょう?」

「え、っと……二人とも、どうしたの?」
「ほら、レイラさん」
「あ……は、はい。え、っと……あの、」
……? うん」
 とんとん拍子で話が進んでしまい、あれよあれよと場が設けられた。
 ばくばくと速いリズムを打つ心臓が、口から飛び出しそうになる。まるで、これから愛の告白でもするみたいに。
 ──マヤにとってかけがえのない存在になりたいとは、もう思わない。
 だって、今のレイラには──ミアがいるから。
 ミアは、レイラが欲しかった愛を、幼い頃のレイラが欲しがっていた愛を、与えてくれる。
 寂しかった空虚な心を、埋めてくれる。
 痛々しく傷ついた患部を、癒してくれる。
 レイラは、もう──ずっと探し求めていた唯一無二を、見つけたのだ。
 だから──昔みたいな我が侭は、言わない。
 でも、だけど──素直に、マヤと『友達』になりたいと思った。思えた。
 だから。

「──『友達』に、なろう」

 相変わらず、本気のコミュニケーションが下手すぎる。もっとこう、前置きとか、上手にできないものか。
 恥ずかしい──という感情に隠匿しただけで、ほんとうはただただ無性に怖くて、思わず俯く。
 ……しかし。
 しかし、いつまでも返事が来ないので──レイラは、おそるおそる顔を上げる。上げざるをえなかった。
 そこには──きょとん、とした表情のマヤ。
 けれど、その不思議そうな、不可思議そうな感情が浮かんだそれは──ふわりと華やかに綻んだ。

「なろう、も何も……レイラちゃんとは、もう友達でしょ?」

 その言葉に、心があたためられていく。
 憧れだった。
 ずっとずっと、憧れていたのだ。
 それは──両親からの愛を得るために、犠牲にした夢。
 友達と一緒に、放課後のおしゃべりをすること。
 それが──ようやく、叶ったのだった。

「シノさんも、ありがとうございます」
 マヤと少しのあいだ談笑をしてから、そんなふうに、シノのほうを振り返る。
 彼女は、一歩引いて後ろに下がってくれていた。
 マヤと『友達』になれたのは──マヤ曰く、元より『友達』だったようだが──間違いなく、シノのおかげだ。
 だから、きちんと礼を述べたくて。
…………
 シノは、こちらの様子を見守ってくれていた──否。
 見守ってくれている──ように、見えた。
 だけど……その緑色の瞳は、どこか遠くに揺れていた。
 茫洋としていて、光が薄い。
 レイラとマヤを見ているようで、もっと遠くを──否、ちがう。
 どこか、此処ではない違う世界を、見ているみたいだった。
 現実ではない別の場所に居るみたいだった。
 彼女のそんな表情は──初めて、見た。
「とも、だち……
 彼女が何を言おうとしたのかは、聞き取れなかった。