無窓居室
2024-05-29 09:53:05
7210文字
Public
 

Pretender

WEBイベント「クリームソーダ同人オールジャンル」様にて展示と無料配布させていただいた短編集。
これまでに企画やプレゼントで書かせていただいた話の中から「擬態」をテーマにした😈👹を5編まとめています。


Body Temperature


「はっ……痛」

 脇腹に衝撃を感じて目が覚めた。
 辺りはまだ薄暗い。
 視界の端に蹴上げられた掛け布団。寝相の悪い同衾相手の脚が、もろに入ったのだとすぐに分かる。お腹を出して熟睡しているアカネのために、布団を掴んでもう一度体を寄せた。

……ん」

 自分で寝具を跳ね除けておいて肌寒いのだろうか、猫のように喉を鳴らしてアカネが懐へ擦り寄って来る。普段ならまず見られない素直な甘えようにブラックは目を細めた。半分は朝になったらうんとからかってやろうという意地の悪い企みが理由だったが。

 布団の中で相手の体を抱き締める。己の肉体の外見から組成までかなりの部分を自由に操れるブラックには、体温を変化させることも難しくはない。暖めるためには相手より少し高いくらいが良いだろう。
 気遣いが功を奏したか、気持ちの良さそうな寝息を立てるアカネを眺めるうちに、ブラックの胸に騒ぐものがある。最近の自分は妙に多情で、ままならないことが増えたと感じていた。

 悪魔であるブラックは感情的な涙を流すことがない。しかし、心臓の奥を浸していくこの思いが体の閾値を超えたとき、人や鬼は涙という形でそれを溢すのだろうと理解はしている。涙は体液なのだから、体温と同じ温度をしているはずだ。もしも自分がアカネのために涙を溢すなら、それは彼女のための温度をしているべきだと思う。アカネを暖める、この肌と同じ温もりを。

 ──分かってますか、アカネさん。これがアナタに囚われた哀れな悪魔の涙ですよ。本当に流すことは、永遠に無いでしょうけど。だからアナタはきっと、一生気付きはしないでしょうけれど──

 起きているときに言っても決して信じてもらえないだろう言葉を音にせず囁いて、人を食ったニヤニヤ笑いを浮かべながら相手を腕の中へ閉じ込める。強く抱いたわけでもないのに、アカネは身じろぎしてブラックの肩へ顔を埋めるような姿勢になった。

「へへ……好き、ブラック……好きだよ」

 アカネが寝言でブラックを呼ぶことは珍しくない。その多くが散々な目に合わされたときのことを夢に見て魘されるせいだけれども、たまにこうして甘い言葉を口にすることもある。しかし、今このタイミングで。

……ずっと傍にいろよ……

 起きているのではないかと訝しんだところで、アカネに悪魔を騙すような狸寝入りができるはずもない。
 吐く息が震えないように注意しながらブラックは「はい」と囁いた。聞こえていなくても答えておきたかった。

 ひどく満ち足りたこのひと時に、悪魔のさがはもっと、もっとと叫んで止むことがない。こんなにも無邪気に他者を満たすことができるアカネが、満たされない思いにつけ込んで裏を暴く悪魔の手になど落ちることは絶対にない。ブラックが彼女を手に入れられるとしたら、それはこのアカネではないのだ。
 彼女の身も心も、自分に都合よく作り変えてしまえばいい。今ならまだ容易いと訴える欲求がある。同じほど深く、それだけはしたくないとも思う自分も居る。

 気を抜けば地獄の火のように熱くも、極地の氷のようにも冷たくなってしまいそうな指を、涙の温度に保って彼女の頬に触れる。これはもう眠れなさそうだな、とどんな時も冷静な頭の隅で考えた。二人分の体温がすっかり馴染むまでは。そして先に起きたアカネに朝寝坊を詰られるところまでを想像して、ブラックは静かに笑った。