無窓居室
2024-05-29 09:53:05
7210文字
Public
 

Pretender

WEBイベント「クリームソーダ同人オールジャンル」様にて展示と無料配布させていただいた短編集。
これまでに企画やプレゼントで書かせていただいた話の中から「擬態」をテーマにした😈👹を5編まとめています。

Pretender


 アカネさんの好きな人がオレちゃんでなければ良かったと、最近よく思うのです。

 もしもアカネさんが他の誰かを愛していれば、オレちゃんはどんな手を使ってでもその人の心を手に入れて、アカネさんに手渡して──アカネさんはそんなこと望まない?その気にさせるんですよ。それこそ手段を選ばずに、ね──代償としてアカネさんの魂を手に入れることができたでしょう。
 あるいは、あらゆる手を尽くして二人の仲を裂き、アカネさんが一番傷つく方法で別れさせてから、甘い言葉と態度で近づけばいい。アカネさんはきっとオレちゃんを優しい男だと信じるでしょう。
 ──ええ、一途なアカネさんがそんなことでオレちゃんに乗り換えるはずありません。でも二度、三度と続けばどうでしょう?
 癖になった心の痛みを和らげられるのはオレちゃんだけだと繰り返し刷り込むのです。きっと恋人なんかよりずっと強固なパートナーになれますよ。アカネさんときたら卵から生まれたての雛みたいに単純ですからね!必ずオレちゃんの企みに応えてくれるはずです。

 こんな風に思うのはオレちゃんが悪魔だからではありません。タローさんとレオさんやモモ先生とマゼンタさんのように、もしくはカメラちゃんがオレちゃんにしてくれるように、悪魔にも人を愛する心はあるんです。
 ほとんど自分の一部であるカメラちゃんを除いてオレちゃんが誰も愛さないのは、オレちゃん自身の性質。多分、天使Bだった頃から変わらない本質なのです。

 オレちゃんのアカネさんへの想いは愛ではありません。ましてや、恋と呼ばれるものでは。
 もしもオレちゃんがアカネさんに恋をしていたならアカネさんに好かれて有頂天になっているはずです。そして昇りつめた後にはいつ相手の関心を失うか怖くなって、まるで第七天国の透明な床から地獄の底を透かし見る人間のように、ひどく怯えて、あの手この手で気を引こうとするでしょう。
 動画制作のコツなんて喜んで教えてあげるんじゃないですか?アカネさんのチャンネルをプロデュースしてあげるかもしれません。ちょうど、ブランクさんが真白うさぎさんにしてあげているように。
 アカネさんの心が他の誰かに移ってしまうかもしれないと思うと、気も触れんばかりになって、近づく者すべてに嫉妬するのかもしれません。肝田兄弟が推しのアイドルに対して抱く執着のように。
 動画の企画や撮影も疎かになって、アカネさんのことばかり思うようになるかもしれませんね。勉強中にひめちゃんのことを考えているさとしくんのように。
 恋をしているなら自分の想いが愛とは到底呼べないことに苦しんだりするものではないのですか?オレちゃんが地上で学んだ恋や愛とは、そういう性質のものでした。あくまで他人事としての観察ですが。

 困ったことに、オレちゃん嘆いているわけではないのですよ。アカネさんほど美しく可愛い人さえ愛さない自分に誇りを持っています。天性の欠落に満足しています。
 恋や愛が運んでくる感情の嵐はオレちゃんに無縁です。オレちゃんが考えているのはいつも面白い動画を撮ることですし、そのとき思うのは視聴者の皆さんのことです。
 ただ、会心の出来の動画をアップできたりそれがバズったりしたとき、悔しがるアカネさんの姿を想像することはあります。その一瞬だけ、世界が自分とアカネさんだけになったように感じるのです。

 嫉妬も恐怖も痛みもオレちゃんにはありません。アカネさんを前にするとき──その顔が笑っていても怒っていても悲しんでいても──オレちゃんが感じるのは、アカネさんの好きな人がオレちゃんでなければ良かったという、ほんの僅かな口惜しさと、それを覆い尽くす喜びだけです。
 アカネさんがそこに居るだけで夥しい喜びに満たされる自分を、オレちゃんはとても気に入っています。