戸倉
2024-05-19 21:42:24
16812文字
Public 終わらない牧台シリーズ
 

終わらない牧台④

【もう二度とせぇへんから編】
・現パロ W23歳 会社員 × V23歳売れない役者
・高校時代からのともだち
・4年前に失踪したVと再会して同居してる
・付き合ってない



「トンガリ、ほんまにすまんかった」
 たっぷりと砂糖を加えたミルクティー。ヴァッシュ専用の赤いマグカップを差し出し、ウルフウッドは深々と頭を下げる。
 ウルフウッドの家族たちの前で言い訳のしようもないほどの泣き顔を晒したヴァッシュは、自宅に帰ってきてからも一言も発さず、ウルフウッドがいくら話しかけようと返事すらしなかった。そしてあれだけ涙を流したというのに、まだ涙腺は枯れないのか、いまだに時折鼻を啜っている様子が痛ましく、ウルフウッドはかなり参っていた。ヴァッシュが泣いていることに、ではなく、ヴァッシュを泣かせてしまったことに。自分が引き起こしたことなのだから自業自得といえばそう。何か他のことが原因で泣いているのなら、いくらでも慰める方法が思いつくのに、紛れもなく自分が原因という事実がウルフウッドをじわじわ苦しめる。あれからもう二時間経ち日も暮れたけれど何も思いつかない。だが、何も言わないわけにもいかず、ゆっくりと口を開く。
……おどれが嫌がってるのも分からずに先走ってアホやな、ワイ」
 誠心誠意あやまろう、それしかない。ヴァッシュが沈黙を保っているのをよいことに、ウルフウッドは話を続ける。
「高校の頃、おどれ他人に嫌なことされてもいつもニコニコしよったから周りからなめられとったやろ。あん時のトンガリの空っぽの笑顔見とるんが腹立って、嫌なことは嫌ってハッキリ言うてやられる前にパカーンといったらなアカンって言うたの覚えとるか?」
 青い春――。周りのみんながヴァッシュはいつも笑顔だと言うことにずっと違和感をおぼえていた。あんなに困った顔をしているのに? あんなに傷ついた顔を見せているのに? だから、ウルフウッドはヴァッシュの味方でありたかった。ずっと。隣にいる時も、離れている時も。
「あんな偉そうなこと言うたのに、今のワイはあん時のワイが腹立つと思ってた奴らとおんなじことしとったんやと思うと、ダッサイしキツイしどうしようもあらへんな」
 謝るつもりだったのに恨み言が混じってしまい、ウルフウッドは思わず苦笑する。ヴァッシュの隣にいる時は、いつだってしゃんと立っていたい。一緒に育った弟妹たちに対してだってそう思うことはあるけれど、ヴァッシュの場合はそれとは何かが違う。頼ってほしいとか、空っぽの笑顔が少しでも減ってほしいとか、どうしようもない時に寄りかかってもらえる存在になりたいのに――、上手くいかない。
 ずっと下を向いていた青色がゆっくりとウルフウッドを映す。自嘲的な笑みを漏らす男へ向け、声を出さずに小さく首を振ったが、ウルフウッドが気づく様子はなかった。
「もう二度とせぇへんから、ゆるしてくれへんか」
「えっ」
 ようやく声を発したヴァッシュと二時間ぶりに視線が合った。ウルフウッドは柔らかく微笑む。もう二度としない。ここでヴァッシュが頷けば一件落着。また穏やかな日々が続く。首を縦に一回振ればいい。瞬き一つせずに固まってしまったヴァッシュへ、ウルフウッドは言葉を付け加えてもう一度請う。
「もうキスはせぇへんから、ゆるしてほしい。勝手なこと言うてすまん」
 ヴァッシュの瞳にじわりと熱い水の膜が広がっていく。そもそもどうしてともだち同士でキスをしているのかすら分からないのに、したくない理由も見つからない。
 考えすぎて抱えきれなくなった思考がどろどろに溶け、熱の雫となって目からぽろぽろこぼれ落ちる。散々泣いて擦った目元がヒリヒリする。ヴァッシュはテーブルの上に置いた拳に力をこめた。
「別に、キスされたのは、嫌じゃなかった。ただ、おまえが、またしたくなったらって言ったくせに、ずっと二週間なにもなくて、遊ばれてるんだと思ったら腹が立った。それで今日いきなりこの前とは違うキスしてきて、わけわからなくて涙出てきた……だけ」
 やや正直にぶち撒けすぎてしまったところはあるが、ずっと腹の底で渦巻いていたことをすべて吐き出しヴァッシュは胸がすく思いだった。
 口を開けたまま黙り込んだウルフウッドを横目に少し冷めてしまったミルクティーに口をつけ、甘さにほっと一息つく。
――すまん、遊んどるつもりはなかったけど、ワイの言葉足らずやったな……そう思われてもしゃあないわ」
 ぬるくなった甘い液体が胃に溜まっていき、ヴァッシュの涙はいつの間にか止まっていた。
 ウルフウッドは割と感情表現が豊かな方ではあるが、哀しそうにしているのはあまり目にしない。肩を落とし本気で落ち込んでいる様子に、ヴァッシュの中でなんだか申し訳ない気持ちが膨れ上がる。確かにウルフウッドが仕掛けたことだし、悪いのも当然ウルフウッド。しかし、ここまでしょぼくれた姿を見せられてしまうとヴァッシュはどうにも居た堪れない。今になって泣き喚いた自分のことすら恥ずかしくなってくる。
……考えてみればさぁ、おまえがそんないろいろ考えてるわけないんだよな」
………は?」
「どうせなんも考えてなくて、なんとなく目の前におれがいたからキスした――みたいな感じだろ? あ~~~ほんとバカだよなぁ、おればっかりごちゃごちゃ考えちまってさ」
 ヴァッシュの言い草からすると、ウルフウッドはやはり欲求不満で相手は誰でもいい男のように聞こえる。決して誰でもいいわけではないのだが、上手く説明できそうにないウルフウッドは奥歯を噛み締め耐える。
「まぁ、確かになんとなくっちうのは合うとるかもしれんけど、誰でもよかったわけではないで……
「ふーん、そうなんだ」
「おどれ、嫌ではなかったって言うたよな?」
……うん」
「ほんなら目の前にたまたまおるトンガリはんにお願いやねんけど、もう一回さっきのしてもええか? おどれが泣き出してびっくりしたせいで覚えてへんねん」
「嫌だって言ったら?」
「せぇへん。おどれが嫌がることは絶対せぇへん」
 黒い瞳が和らいだ。その言葉だけでヴァッシュの緊張で強張った身体が解けていく。守られている気さえした。
「今?」
「いま」
「うーん、今はやめとこうかな。せっかくの美味しいミルクティーの味が台無しになるから」
 べ、と赤い舌をちらつかせたヴァッシュが伸びをしながら立ち上がる。そのまま玄関へと向かう男の後をウルフウッドは急いで追った。
「どこ行くん?」
「コンビニ。飲み物買いに」
「ワイも行くわ」
「欲しいものあるなら買ってくるよ」
「いや、一緒に行く。おどれに頼んでも別のもん買ってきそうやし」
「ハァ? ガキじゃねーんだけど」
 まだ目元を赤く腫らした男を一人で歩かせるのは気が引ける。口の端を引き攣らせる金髪頭を軽くあしらいながらウルフウッドは靴を履き、扉を施錠する。
「なぁ、今はやめとくってことは、やめとかへん時が来るってことやんな?」
「今日はその話おしまい! 掘り下げるな!」
 歩度を速めた男をウルフウッドは大股歩きで追いかける。西の空に浮かぶ三日月のように口角を上げて――