大賢なる木の花は

MHRウ教×ハ♀。両片想い、から……
微妙に本編ネタバレあり。

花占いの花と、里の桜のお話。

力強く、大らかな山容水態 さんようすいたいの里を彩る、安寧の焔と壮麗な桜。
夢現 ゆめうつつの絶景は、外からの来訪者はもちろん、長年そこに住み暮らす者も魅了し続ける。

蒼天から降り注ぐ、慈愛のように包み込んでくれる春陽の陽射し、緩やかに流れる花風 はなかぜ、ふわりと舞い散る零れ桜。

どこに立っても、どこを見渡しても風光明媚 ふうこうめいび、まるで名画の中に飛び込んだかのようだ。

里の英雄『猛き炎』と呼ばれし娘の目でなければ、そんな美しき郷里の細やかな異変に気付けなかっただろう。
 
……あの花びら……桜じゃ、ないような……?)

その気付きは、狩猟へ出かけようとしていた彼女の足を、里のたたら場前広場で止める。

常人では目で捉えることすら難しい、風に流れる桜花 おうかの花屑。
数多 あまたの狩場を駆け抜け、大自然の中で狩猟を重ねる彼女の目は容易 たやすく、その花屑の中に、 まれに桜以外のものが混じっていることを見抜いた。

それはハンターとして『観察』の力と技術を教え、 はぐくんでくれた、愛する師のおかげとも言えるだろう。

零れ桜の花びらの狭間 はざまに、細長く、見慣れない瑠璃色の花びらが、ひっそりと風に流れていく。

(何だろう? どこから来てるのかな?)

風の流れと花びらの流れを観察しながら、娘は広場からゆったりと歩いて行く。

看板娘、ヨモギの声が天まで賑わせんほど盛況な茶屋の横を通り抜け、花屑の雨がますます濃くなって舞い散る中、辿り着いた里の集会所の前で、彼女はまた、足を止めた。

(あっ! 取れるっ……!)

桜の花びらの狭間、咄嗟 とっさに手を伸ばした娘の手が、瞬速に的確に、瑠璃色の花びらを握り捉える。

端々 はしばしが少々くたびれたようにも見える、細長い花びら。
だが、その色の鮮やかさは、彼女の目をうっとりと とろけけさせた。

(きれい……カムラの装衣みたいな色……ちょっとこっちの方が明るいかな? 何の花びらだろう、里で見ない花の気がするけど……

指で瑠璃色の花びらを摘んだ娘が、何となく、それを陽に かざしてみる。

柔らかな陽射しを浴びながら、桜雲 おううんの背景から浮かび上がるような、小さくも圧倒的な色の存在感からは、里の花とは別種の品位を感じられた。

……ん? あれ?」

ひらりともう一枚、同じ瑠璃色の花びらが空から舞い落ちてきて、微かに娘の頬を撫でる。

彼女は花びらを手放して腕を下ろしながら、集会所の屋根上を見上げ、そこにしゃがんでいる人影に口角を ほころばせた。

(……まさか、ね? でも、もしかして?)

口元に悪戯っぽい笑みを浮かべながら、娘は腕を振り上げ、集会所の屋根上に向けて翔蟲を解き放つ。

鮮緑 せんりょく光糸 こうしと共に屋根上に着地した娘の気配に、しゃがんでいた先客は片腕を不自然に腰裏に移動させ、慌てた様子で立ち上がり、冷や汗が飛び散るような勢いで体ごと彼女の方を向いた。

「や、やあ! 元気かい、我が愛弟子よ! こんなところに来るなんて珍しいじゃないか!」
「ふふふ、ウツシ教官が何をなさってるのか気になって。教官はお元気ですか?」
「もも、もちろん元気さ! キミが元気なら、俺はいつでも元気いっぱいだよ!!」

妙にぎこちなく落ち着きのない、自分の師であり密かな想い人であるウツシの顔を、娘が「んー……」と まばたきも少なめに、観察するように見つめる。
花を愛でる趣味は、常に優しく穏やかなこの人ならばきっとあるに違いないと確信していた。

彼の先ほどの不自然な片腕の動きを思い出し、娘は覗き込むように背中の方を見ようとするが、ウツシは足を軸にして回転するように器用に体の向きを変えてしまい、決して彼女に自分の背中を見せようとはしなかった。

「ど、どどど、どうしたんだい!? な、何も! 何もないよ!?」
「もう、嘘ばっかり……。何で見せたくないんですか? お花なら良いじゃないですか」
「お花ッ!? 何でバレ……あっ、いや、何のことだろう!? 分からないなあ! ハッハッハ!」
…………

沈黙によって、更に研ぎ澄まされた娘の視線。

わざとらしく必死に微笑むウツシの心臓は今にも千切れそうなほどで、額からは噴き出すような冷や汗が滲んでいた。
自分は見事な嘘がつける時とつけない時があると自覚していたが、今が後者の時であることが恨めしい。

まだ想いを伝えていない、密かに愛する人の挙動を厳しい表情で、目を細めて睨むように見つめていた彼女は、不意に「ふふっ……!」と噴き出し、笑った。

明澄 めいちょうな満月の如き瞳を何度も大きく瞬かせ、暑い日ではなく風もあるのに汗を滲ませる。

そんな嘘をつけない時のあるウツシのことが、今が彼の『その時』であることが、たまらなく愛おしい。
自分よりずっと年長者であることを、忘れかけてしまうほど。

「ふふふ……全くもう。何でそんなに隠したがるんですか? とっても綺麗な青い花びらだったのに……
「青い、花びら……!? さ、さあ、何だい、それは……!」

かたくなに『自分は知らない』と、とぼけた様子のままのウツシに、娘は呆れたような、微笑ましいような狭間の笑顔で「もう」と小さく息を吐く。
ずっと目が泳ぎ続けている彼がますます、必死に秘密を守り続ける子どものように見えてきてしまった。
ウツシの様子は娘に『そこまで隠していたいなら』と、見逃したい気持ちさえ芽生えさせる。

……さっき、あったんですよ。とっても綺麗な青い花びら。教官にも見せたかったな、さっき掴んだけど放しちゃったんですよね」
「えっ、結構細くて小さかったのに!? あっ、い、いや、そんなに綺麗だったのかい! 見られなくて残念だなあ! はははは……!」

あくまで誤魔化したままのウツシに、娘がますます呆れて、けれど、笑みは目尻と口角に愛し気に深めながら「どうしてそこまで」と、思わずまた問いかけようとした刹那。

彼は「ああーーっ!」と大袈裟に声を上げ、屋根の上でも慣れた足取りで大きく一歩、娘から後退 あとずさった。

「ご、ご、ごめんね愛弟子! 俺、やらなきゃいけないことあったんだった! ちょっと行ってくるよ!」
「あら、そうなんですね?」

露骨に話題を変えてきたことが面白くて、娘はつい、ウツシに今度はその件で問いを重ねたくなった。
意地悪というつもりは毛頭 もうとうなく、彼ともう少し一緒に居たいという淡い気持ちもあったのだが、それは彼には届くまい。

「教官がやらなきゃいけないことって言うと……何か任務ですか?」
「そ、そうだね! そうなるかな! さ、里長から頼まれていた任務があったんだったよ!」
「任務を忘れてたんですか? ウツシ教官が? しかも、里長からの任務を? 有り得ませんね」
「うぐっ……!? お、俺を買いかぶり過ぎさ、愛弟子! 俺も、た、たまには、うっかりしちゃうんだよ!」

苦笑しながら、じりじりと後退りで娘を距離を開けようとするウツシの頬が、妙なほど上気していく。

自分の顔に集まる熱を、頬の赤を自覚したのか、彼は途端に「それじゃあ、またね!」と腕を振り上げた。
娘以上に卓越した翔蟲さばきで、彼は鳥よりも速く、花風の如く空を駆け抜けて瞬く間に、蒼天の彼方に見えなくなってしまった。

「残念、逃げられちゃったか……そんなに言いたくなかったのかなぁ」

屋根上からウツシの去って行った方向を見やったまま、娘がぽつり呟く。
普段から愛弟子、愛弟子と呼んでは駆け寄って来てくれて、包み隠さず気持ちを伝えてくれる彼が、今回は秘密を守り通した形となった。

彼を前にしていた時は、あまりにも分かりやすく秘密を守り続ける姿が愛しくてたまらなかったはずなのに、今はどうして、こんなにも寂しいのか。
自分自身があまりにも身勝手な気がして、ため息が漏れる。

……誰にでも、秘密にしたいことはあるよ。私だって、そうだもんね)

娘の秘密は、他でもないウツシへの想い。

長年抱き続ける、密かな淡い恋心。

いつ伝えようものか、迷い続けているうちに狩猟技術は磨かれた。

英雄『猛き炎』と呼ばれ、大切な郷里を、大好きな人の生きる場所を守りたいと願い、その願いは成就して、里を包み込んでいた災厄は祓われた。
けれど、 くすぶる想いはまだ伝えることも叶わず、成就しないままで。

……はあ」

娘の深い溜息は、 こぼ ざくらの舞う風の中へと溶けていく。

集会所の屋根上という、常人ならば下を見るだけで足がすくみそうになる高さを感じさせないほど、恐れもなく軽やかに、娘は再び大地に降り立った。
その位置は、ちょうど集会所の出入り口の前。

「あらあら、本日は珍しいところにいらっしゃったんですね?」
「あ」

娘の視界に映る、桜雲の中の陽射しのように朗らかな笑顔。
不意であっても驚くことなく、彼女はその笑顔の温かさに口角を綻ばせた。

「こんにちは、ヒノエさん! ウツシ教官が珍しいお花を持っていたので、ちょっと屋根の上に」
「まあ、そうでしたか。 珍しいとは、どんなお花でした?」
「綺麗な青い花びらだったんですけど、お花そのものは見せてもくれなくて。お花なんて知らないよって誤魔化されちゃいました、あははは」

笑う娘の瞳には、先程の寂寥 せきりょうの影が微かに揺れている。
それに気付いてか気付かずか、ヒノエは意味深に「あらあら」と声音こそ普段通りだが、とても優しげに目尻を下げた。

「ウツシ教官が、あなた様に隠し事なんて。うふふ、占いでもしていらっしゃったんでしょうか」
「うら……ない? お花で、ですか? そんなこと、できるんですか?」

真ん丸に見開いた目を、娘が何度も大きく瞬かせる。
ヒノエは意外そうに笑みを零して「もちろんですわ」と頷いた。

「花占いには、色々なやり方があるのですよ。 一輪のお花を用意して、想い人のことを考えながら……お相手が自分のことを好きか、嫌いかで順に花びらを取っていき、最後の一枚を取った時に『好き』で終わるか『嫌い』で終わるか。その占いが代表的ですね」

ヒノエの説明に「へえー……」と吐息混じりに頷いた娘は、一見穏やかなままだが、内心、ぶるりと大きく心臓を震わせていた。

身を隠すかのように、桜の花びらに混じり、集会所の屋根上から舞い散っていた瑠璃色の細長い花びら。

ウツシがしていたのは、まさか本当に花占いではないか。
ということは、彼には想い人がいる。

その事実の衝撃に、娘は密かに愕然 がくぜんとした。

(教、官……。好きな人……いるん、だ……?)

そこまで考えてから、娘はヒノエに見つからないよう微かに、自嘲 じちょう気味に片側の口角を上げた。

自分がウツシに密かに想いを寄せるように、彼も誰かを想うのは当然だ。

むしろ何故今まで、自分が想いを明かし伝えるまで、彼か誰も想わずに待っていてくれると思い込んでしまっていたのか。
締め付けられるような心臓の痛みが、何となく心地良くなってきた彼女の自嘲を意味していた笑みには、いつしか濃い寂寥の影が降りている。

その影に気付いたヒノエは微笑んだまま、一瞬、不自然に沈黙した。

花も実もある竜人族の眼差しは、英雄と呼ばれてもあどけない娘の心の奥底、隠れた想いの深さを察知する。
喉に何かがつかえたような、どこかもどかしそうな様子で、ヒノエは小さく息を吐きつつ「そうですわ」と、あえて朗らかな笑顔で、 ひらめいたようにぽんと両手を叩いた。

「あなた様も、花占いをなさってみては? 里にふさわしい、桜を用いた花占いもあるんですよ」
「桜の……花占い?」

陰った低声で復唱する娘に「ええ」と笑顔のままで頷いたヒノエは、不意にふわりと片手を掲げ、その手の平を上向ける。

零れ桜、淡い幻想の花びらが、気まぐれな風に流れて舞い散る中、彼女は掲げて上向かせたその手の平を、また不意に、今度は強く握りしめた。

……桜の花占いは、とても明快です。難しく考える必要は、全くありません」

澄声 すみごえで語りつつ、ヒノエが虚空を握りしめたその手を、ゆっくりと下ろす。

不思議そうに見守る娘の前で、まるで蕾が花開く瞬間の如く、彼女はゆっくりと順に、握りしめていた手の、すらりとした四本の指を ほどいていった。

娘も見つめるその手の中には、三枚の小さな桜の花びら。

花びらの枚数を見たヒノエは「あら」と意外そうながら、嬉しそうに目元を綻ばせ、更に笑顔も開花させる。

「三枚、ですね。ふふふ、私の願いは叶いそうです」
「? どういう、ことですか……? 掴んだ花びらの枚数で占うんですか?」
「さすが、ご明察です」

手の中にあった花びらを花風の流れに戻したヒノエの笑顔は娘に向けられ、ますます爛漫となった。

「掴んだ枚数が三枚ならば、満願成就。二枚ならば、叶えることは困難。一枚ならば、努力によって成就。一枚も掴めなければ、叶わぬ願い……と、言われていますね」
「そ、それじゃ、三枚以上掴んだら……?」
「うふふ……嬉しいです、ご興味湧きました?」

花の美も かすむヒノエの笑顔はまた娘から離れ、近くの桜雲を仰ぐ。

刹那、少々強めに風が流れ、蒼穹は陽射しを浴びて小さく輝く花びらたちによって、幻想的な桜色に彩られた。

「掴んだ花びらが、三枚以上の時は……結果は、ありません。きっと、私たちには及ばない……桜だけが知っている結果なのかもしれませんね」
「桜だけが……ですか。んん……花占い、かあ……

寂寥の影を、陽射しの下の桜の輝きに僅かに癒されながら、娘もヒノエと同じように、けれどどこかぼんやりと桜雲を仰ぐ。

人が未来を知るなどできようはずもないと頭では理解している彼女だが、この浮世離れした まばゆい桜たちならば、何となく、その しるべを、前向きな支えを与えてもらえそうな気がした。

「ありがとう、ヒノエさん。わたしの叶えたい、お願い事……今度、桜に聞いてみます」
「ええ、是非。ふふふ……『占い』ですから、楽しんで下さいね」
「はい! そうすることにしちゃいます」

娘は最後にようやく、影を潜めて納得したように笑った。
恐れや寂寥は、先ほどに比べて陽の中へと溶けている。

彼女の笑顔に安堵したヒノエは微かに息を吐き、はたと何かに気付いて申し訳なさそうに眉を下げた。

「すみません、お引止めしてしまって。それでは本日も、どうかお怪我にお気を付けて……焔の加護がありますように」
「ありがとう! それじゃ、行ってきまーす!」

師譲りのような朗らかな挨拶と共に、娘はヒノエに手を振りながら一旦たたら場前広場の方向へ戻り、里の外へ続く門がある太鼓橋の方へ軽快に駆けて行った。

その最中も、彼女の視界をひらひらと揺れ彩る、花風に乗った桜の花びら。

歩を進めながら、占いのことが頭を過ぎる。
手を伸ばせば、自分の望みの枚数など簡単に掴めてしまいそうに見えて。

……帰ったら、試しにやってみようかな。……ウツシ教官とのことで……

風を切るように駆けながら、娘は集会所の屋根上にて恐らく花を愛でていたか占っていたか、恐らくは後者であろうウツシの慌てぶりを思い出した。

再来した寂寥と共に「ふふ」と自嘲気味の笑みが、彼女の口元に零れる。
彼に意中の人がいるのなら、きっとそれも里の桜が教えてくれるだろうと信じてみたくなった。

里を離れ、大社跡へ続く上り坂の道中で不意に立ち止まった娘が、ぱん!と両手で自分の頬を叩く。

甘い想いを一旦断ち切り、身も心も引き締め、里の英雄『猛き炎』の名に相応しき凛とした面持ちで、彼女は狩場へと駆けた。

@acadine