戸倉
2024-05-07 21:20:05
19130文字
Public 終わらない牧台シリーズ
 

終わらない牧台③

【ともだちって、キスしてもいいんだっけ?編】
・現パロ W23歳 会社員× V23歳 売れない役者
・高校時代からのともだち
・4年前に失踪したVと再会して同居してる
・付き合ってない、付き合ってない



「連れてきたかったとこってココ?」
 電車に乗って約一時間。長閑な住まいから一転して賑わいを見せる都心部へとやってきた。
 遊び心をくすぐる装飾と、日常から切り離してくれるような壮大な音楽が鳴り響く不思議な空間。平日とはいえ、入口の前には長蛇の列ができていて、ヴァッシュは大口を開けたままそわそわと辺りを見回している。
 ウルフウッドがヴァッシュを連れてきたのは、有名なキャラクターのテーマパークだった。
 キスシーン寸止め、のドラマが放送されてから、ヴァッシュはずっと元気がなかった。あからさまなその様子を見て、同居人として何も思わないはずがなく、ウルフウッドはメリルに連絡を取ってみた。メリル曰く、ヴァッシュ出演回のサブスク視聴回数が他の回と比べてすこぶる少なかったらしい。仕事の本数は少なくとも個々の仕事には誠実に向き合っている分、なんらかの見える成果が欲しいのも頷ける。それが数字という分かりやすいもので示された時、いくら他の要因があったとて、いちばん目についてしまうも仕方ない。
 放送日当日、ヴァッシュはバイトが入っていて一緒に視聴することはできなかった。親しい人間が出ているという欲目もあるかもしれないが、ヴァッシュの演技もドラマの内容も悪くない出来に見えた。劇中歌で緩急をつけ、盛り上がるシーンでのカメラアングルも惹きつけられるものだったと言える。この放送を見て、きっとヴァッシュはもっと恋愛を軸にした作品に出る機会が増えるのだろうという嬉しいようなどこか複雑な気持ちさえ生まれたというのに。世間の反応は違ったらしい。
 しょぼくれた声の「おかえり」や「いただきます」を聞くと、ウルフウッドの方まで同じように気分が沈む。元気を出せなんてストレートな言葉をかけてもヴァッシュには効果はないだろう。そのことが分かっていたウルフウッドはひたすらに考えた。ヴァッシュの笑顔を取り戻せる出来事。場所。人。なんでもいい。
 ヴァッシュの次の休日が木曜日だというので、ウルフウッドはその日に有給を取った。同居を始めてからふたりで買い物へ行ったことくらいはあるが、予定を合わせて遊びに行ったことはない。困らせてしまうだろうということは承知の上で行きたいところを聞いたが、案の定ヴァッシュは思いつかないの一点張り。結局、行先はウルフウッドの独断で決め、ヴァッシュには内緒にして当日を迎えた。

「こういうところ来るの何ぶりだろ⁉ レムやナイブズと来て以来だから七、八年ぶり?」
「たまにはええやろ」
「なんか意外。君がこういうところに連れてくるなんて」
「いろいろ忘れられるんちゃうかと思ってな」
「いろいろ?」
 訝し気な顔をしたヴァッシュの背を押し、チケット購入済の列へと並ぶ。開園時間まであと十分。浮き立つ人々の表情をきょろきょろと見回し、ヴァッシュは自然と笑みを浮かべた。誰かが笑っているとつられて笑う。ヴァッシュはそういう男だ。行先の候補はたくさんあったが、ウルフウッドのいちばんの目的は、ヴァッシュの曇った表情を晴れさせること。どうやら判断は間違っていなかったらしい、とウルフウッドはヴァッシュに隠れてほくそ笑んだ。

 開園と同時に人の波がドッと流れ込み、押されるままに園内へと入る。十代の頃に一度来たことがあるレベルのウルフウッドは一応予習を兼ねてホームぺージや会社の同僚などから情報を得ていたが、園内に入ったあとはヴァッシュの好きにさせようと決めていた。
「うわ、アレおいしそー! キャラクターの形のチュロスだ!」
「まず乗り物とちゃうんか?」
「えっ? 順番なんてどうでもいいじゃん! アレ食べよ!」
 ここ数日の落ち込みようはなんだったのかと拍子抜けしてしまうくらい、ヴァッシュは明るかった。無理をしているようにも見えない。
 購入したチュロスを食べながら、乗りたいアトラクションへの道を行くが、その途中でまたヴァッシュがフードワゴンの前で足を止める。今度はチキンの餡の入ったダンプリング。ウルフウッドに拒否権はない。これから上下左右に揺られるアトラクションに乗ろうとしているところへ正気か? と言うのを呑み込んで、笑顔の止まらない男を眺めながら同じものを胃に収めた。無性に煙草が吸いたい。今吸ったらきっとうまい。だがここは全面禁煙だ。今日一日、ヴァッシュの笑顔と引き換えに禁煙を余儀なくされる。健康になってしまったらどうしてくれる、と心中で皮肉りつつ駆け足で先を行くヴァッシュを追いかけた。

 結局、三件フードワゴンを回ったあとに揺られたローラーコースターは一生記憶に残るものとなった。さすがのヴァッシュも気分が悪くなったのか、美しく整備された花壇の見えるベンチに座り、ぐったりとウルフウッドの肩にもたれかかっている。グループで楽しんでいる人、一人で楽しんでいる人、デートを楽しんでいる二人。どの人たちもそれぞれの楽しみ方をしていて、ヴァッシュはじんわりと幸福感に浸る。
 ふと、頭上で微かに息の漏れる音がして、ヴァッシュは首の向きを変えウルフウッドを見上げた。そこにはヴァッシュが笑うのにつられて口角を上げる男。カチリとパズルのピースがハマったかのように、あぁそうか、とヴァッシュは合点がいく。
「あのさ、ウルフウッド。おれ、元気だよ。別にそんなに落ち込んじゃいない」
「よう言うわ。落ち込んどるようにしか見えんかった」
「珍しく遠出しようなんて言い出したの、もしかしておれのこと心配してくれた?」
……………
「沈黙は肯定と受け取るよ」
……なんやいつもみたいに笑っとっても、違うような気がして引っかかっとった」
 頑なにウルフウッドは心配という言葉を使わなかったが、いつもと違うと気づいてくれただけでヴァッシュには充分だった。
「ありがとう」
……しゃべる余裕があるんやったら次の乗り物行くで! たっかい入園料払っとるんやから元取らな!」
「え~っ、こういうのは元を取るとかそういうんじゃなくて、好きなように楽しんだもん勝ちなんだぜ?」
 ヴァッシュはベンチから勢いよく立ち上がり鼻を鳴らす。
「知ったような口利きよってからに。おどれかて来るの久しぶりなんやろ?」
「うん、中学生ぶりかな?」
「ワイと似たようなもんやな」
「じゃあさ、次はこの一番奥のエリアに行って、ショー見ようよ!」
 園内マップを片手に駆け出したヴァッシュの背を追いながら、ウルフウッドは緩む口元を手で押さえた。

 ✧

 一日中遊び倒し、あっという間に夜になった。最後は園内レストランのテラス席の一角で、ビールジョッキを掲げて乾杯。食べて、歩いて、見て、乗って、飲んで。十二時間がたったの一時間に感じるほどに、一瞬で過ぎ去った。
 歩き続けて酷使した脚をブラつかせ、ヴァッシュはぐいぐいとジョッキをあおる。閉園まであと一時間を切っていた。
「あー、楽しかった! ビールも美味ぇ~! でも明日はフツーにバイトなんだよなー。一気に現実って感じだ」
「あぁ、それな。金曜日のバイトなしにしてくれって連絡きたで」
「え? なんで君のところに?」
「メリルの嬢ちゃんから」
「どうしてメリルの連絡先知って……? あぁ、この前書類を持ってきてくれたんだっけ? でもなんで君のところに?」
「トンガリは予定の管理が甘いから、やて」
「なんだよ、それ」
 確かにヴァッシュは時々約束の時間を勘違いすることがあるのでぐうの音も出ない。鼻の下にビールの泡をつけ膨れっ面をする男に対し、ウルフウッドは肩を竦めた。
「ま、明日はゆっくりしとき。ちなみにワイは仕事終わりに会社の飲み会あるから遅くなるわ」
「はいはーい、元気だねぇ、楽しんで」
 煌びやかに光り輝く園内を眺め、ヴァッシュは今日のことを思い返す。おそらくウルフウッドはいつもなら躊躇わず言うようなことも抑えてくれていたように思うし、ヴァッシュがしたいようにさせてくれた。長いようで短いこの一日を、きっとこの先何度でも思い出すけれど、ひとつだけ後悔していることがある。
――写真、もっとたくさん撮ればよかったな。なんか遊ぶのに夢中でさ」
 建物やショーの写真は何枚か撮ったが、一緒にここを訪れた記録――ツーショット写真は一枚もない。
「せやな。まぁ、また来ればええんとちゃう?」
「また来るの? ふたりで?」
「おどれがどうしてもワイと来たいっちうなら考えてやらんこともないで」
「んーとね、キモイね」
「こんガキャ」
「同い年だろ!」
 園内を出たのは閉園一分前。次に来る時は今日の教訓を活かそうと心に決め、半ば夢心地でテーマパークを後にした。