夜明 奈央
2024-05-06 08:17:56
13063文字
Public 中太小説
 

Meant To Together

中太オメガバースパロ β×α
*α太宰の運命の番っぽいモブΩが出てきますが中太としてハピエン
*全年齢程度の性行為描写(中太のみ)があります。
2023年9月1日初出



 翌日、太宰に連れられて件の取引先の邸宅を訪れた。そこはポートマフィアと古くから取引のある密輸業者で、表向きは貿易業を営んでいる。ポートマフィアとは長らく良好な付き合いを続けており、社長兼この屋敷の当主である橋本は首領の森とも懇意にしているという。
 3代前に財を成したそこは一般的には成金と呼ばれる部類ではあったが、豪奢な装飾が施された屋敷の中は成金特有の下品さを感じさせることはなかった。道中の広大な庭も丁寧に管理がされており、いつ訪れても端から端まで美しく保たれている。
 太宰が商談をしている間、中也は周囲を警戒しながらじっとその後ろで控えていた。油断するつもりはないが、殺気は一切感じない。何度も訪れたことのあるこの屋敷で不審な動きを見たこともない。
 こういう状況で中也が最も警戒するのは突発的なΩの襲来だ。橋本も太宰もαだ。誰かの策略にしろ偶然にしろ、ヒートのΩをこの場に放り込めば、2人とも被害は免れない。この場でΩのヒートに充てられる心配がないのは中也だけだ。
 何事もなく時間が過ぎ、2人が世間話をし始めた。商談がまとまったのだろう。もうそろそろお開きと見えた。
「ご連絡差し上げました通り、長期休暇で娘が帰ってきておりまして。もしよろしければご挨拶だけでもと思うのですが」
 中也が内心警戒レベルを引き上げる。反して、太宰はゆったりとした仕草でカップに半分程残っていた珈琲に手を伸ばした。
「学生さんは夏休みですか」
「ええ。残念ながらΩとして生まれてしまったので、普段はΩ専用の寄宿学校に通っていて不在にしております。太宰さんはαだと存じておりますので、もし抵抗があるようでしたら無理にとは言いませんが」
「いえいえ、そんな。部下にもΩの者は何人かいますが、抑制剤を飲んでいればなんてことありませんよ」
「もちろん抑制剤は欠かさず飲ませております」
 橋本は使用人に合図をして娘を呼びに行かせた。2人は世間話を続けながら、娘が来るのを待つ。中也は何も起こらないことを祈ることしかできない。
 やがてノックの音が響き、使用人に連れられた女性が入ってきた。真っすぐな黒髪を長く伸ばし、シンプルな白のワンピースに身を包んでいる。清楚で大人しそうな子だった。太宰とは同い年ぐらいだろう。
「長女の葵と申します」
 入口でお辞儀をする仕草は如何にも堂に入っている。こういったことに慣れているのだろう。
 しかし、顔を上げた葵は1歩足を踏み出したところで突然崩れ落ちた。後ろにいた使用人が慌てて駆け寄り、橋本も弾かれたように葵の下へ走り寄る。
 どうするべきかと太宰の方を見ると、震える手で鼻と口元を覆っている。息が荒れ、いくらか顔が赤くなっている。この症状には覚えがあった。
「ヒートだ!」
 中也が叫ぶと、橋本も気づいたようですぐに使用人たちに指示を出し始めた。太宰がフェロモンに惹かれるようにふらりと立ち上がる。中也は太宰を抱え、葵が倒れているのとは反対側の扉から慌てて飛び出した。抱えている太宰の身体が熱い。譫言のように言葉にならない声を発し、中也の服を常じゃあり得ない力で握りしめている。太宰のこんな姿は初めてで、ぞっと血の気が引く。
 他のαがΩのヒートに充てられているところは何度も見たことがある。酷い者はΩを襲おうと暴れ回る。それに比べれば、中也を引き剥がしてΩの下へ駆けつけようとしない太宰の症状は軽いといえる。が、普段の太宰に比べれば、この反応は異常だった。太宰は例え目の前に発情期のΩを放り込まれても、自力で逃げる気丈さを持っていたはずだ。
 嫌な予感がする。浮かぶ推測を見ない振りをして、がむしゃらに走った。少しでもあのΩから遠く。
 廊下を走っていると、使用人の1人に出会った。外へと誘導された先には、別の使用人の運転する車が扉を開けて待っていた。
「なるべく早く遠くに行くのが最善です。本部へとお送りいたします。運転手はβの者ですのでご安心ください。お荷物とお車は後程責任を持ってお届けいたします」
 早口で要点だけを告げ、中也たちを送り出す。何度も繰り返し頭を下げられた。
 時間が経つにつれて太宰の症状は徐々に落ち着きを見せた。
「ごめん」
「手前の所為じゃねぇだろ」
 塩らしく謝るなんて、あまりにも太宰に似合わなかった。頭を撫でてやると、何故だかやんわりと逃げられてしまった。
「これどこに向かってるの?」
「本部だが……
「中也の家にして」
 目を閉じて、はあ、と熱い息を吐きだす。それだけで意図は伝わった。ヒートに充てられた影響がまだ引かないのだろう。普段なら離れて落ち着いてしまえばそれ以上は自力でどうにかしていた。余程影響が強いのだろうと思うと心がざわめく。
 運転手とミラー越しに視線が合う。「もう着くから一旦本部まで行こう」と言うと、太宰と運転手の両方が頷いた。
「この後の仕事は?」
「あー、キャンセルする」
 そのままポケットから端末を取り出して電話を掛け始める。もう手は震えていなかったが、何度も深呼吸を繰り返していた。何に堪えているかなど考えるまでもなかった。
 電話が終わる頃には本部に到着して、代わりに心配そうな森と別の車が待機していた。地面に降り立った太宰はまだ足元が覚束ないようで、中也に肩を借りて車を乗り換える。
「体調が優れないようなら明日も休んでもいいよ。連絡はしてね」
 いつもは長々と小言を述べる森も、今日ばかりは手短に済ませた。顔には心配を露わにしている。
「太宰くんを守ってくれてありがとうね。悪いけどこの後も頼んだよ。君も明日休んでもいいからね」
 この状況ですることなどひとつしかない。森には太宰との関係を知られているとはいえ、こうもあからさまに話題に出されると気まずいものである。森の視線から逃げるように出発した。道中の車内では会話はなかった。

 中也の家に着くと、玄関扉が閉まるのも待たずに唇に吸い付かれた。部屋に入るために一旦離れさせようとするが、太宰はそんな余裕はないとばかりに縋り付いてくる。
「おい、ベッドまで」
「むり……っ、ぁ、ん、」
「後で身体いてぇって文句言うのは手前だろうが」
「ん、ぁ、も、でる」
 切羽詰まった様子で告げられて諦める。こんな太宰は見たことがなかった。限界だったのであろう。ベッドに移動する前に、結局玄関先で3回も出させた。それから先は、数えていない。

 散々出し尽くした太宰はそのまま意識を飛ばし、今は死んだように眠っている。いつもの満足そうな顔ではなく、精根尽き果てたような疲れ切った顔だった。おそらく風呂に入る程の体力は残っていないだろう。出したのは太宰ばかりで、中也も疲れてはいたが太宰程ではない。
 そのまま寝かせておくわけにもいかず、蒸しタオルで太宰の身体を簡単に清めてやった。普段は自力で風呂に行くから、こんなことをするのは初めてだった。慣れていない所為でだいぶ粗雑に扱ってしまったが、太宰は無反応に眠り続けている。
 本当に、強制的な発情状態だったのだろう。ヒート状態のΩとするセックスは、際限がないという。発情期が終わるまで、文字通り寝食を忘れて貪りあうらしい。
 中也がβだったから、この程度で済んだのだ。相手がさっきのΩなら、きっとまだ終わっていなかった。

 事情はわからないが、あのΩは突然発情期になった。橋本の策略の可能性は十分にある。しかしあの時、橋本はフェロモンの影響を受けていないように見えた。実の娘だから効かないなんて都合のいいことはこの世界には存在しない。突然やってきた発情期によって起こる近親相姦は後を絶たない。
 何故かはわからないが、あの時あのΩのヒートは、太宰にだけ絶大な影響を及ぼしていた。
 太宰はΩのヒートに対して、他のαより随分と耐性があった。今までにも何度もヒートのΩに遭遇したことがあった。それは敵組織の罠だったり、あわよくば婚姻関係をと企む同盟組織だったりと様々だったが、ここまでの症状を引き起こしたことはなかった。
 あのΩは、特別だ。それは、あのΩが太宰の運命の番だということにならないだろうか。

 αとΩには、番という制度がある。αがΩの項を噛むことで成立し、それ以降Ωのフェロモンは番のαにしか効かなくなる。発情期を迎える度にフェロモンを発し、誰彼構わず誘惑してしまうΩに比べれば、様々なリスクがずっと低くなる。番と共にあることはΩにとって何よりの幸せで、番との交合は何物にも代えがたいという。だから大多数のΩにとって、大事にしてくれるαと番になることが一番の幸福だと言われている。
 しかしαは別だ。何人でも番を作ることができるし、一方的に捨てることだってできる。もちろん、番以外のΩのフェロモンの影響だって受ける。
 それを唯一覆すのが、運命の番だと言われている。運命の番はお互い強く惹かれあい、求めあい、絶対に離れることがない。だからΩは皆多かれ少なかれ、世界にたった一人だという運命の番を夢見るのだ。ほとんど都市伝説のようなものだとわかっていても。
 運命の番の、はっきりとした見極め方を知る者はいない。けれど、太宰にだけ効くフェロモンを出すΩなんて、運命の番以外で考えられるのだろうか。

 中也はずっと、太宰に運命の番が現れることを恐れていた。世界にたった一人だというそのΩと出会う可能性は限りなく低い。生涯すれ違うことさえない者が大半だろう。
 けれど、もし万が一にも出会ってしまったら、βの自分が運命の番に勝てるわけがないと思っていたから。
 背中にひやりと冷たい刃を突き立てられたような心地だった。

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