佐藤
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P4 chapter6:清濁併呑

8月頃の話。行き着いた恋の形(全5話)


03.本音の居場所

「そういや足立、平和島さんはどうした。呼んでこなかったのか?」
「えっ、あー、ハイ。ここんところなーんか忙しいみたいで。まー夏休みですし、そもそもこれといって会う機会もないんすよね~」

咄嗟に口を衝いて出たのはとんでもないデタラメだ。三琴が忙しくしてるかどうかなんて知らないし、会う機会がないと言うよりも意図的に会わないようにしていると言ったほうが正しい。
(だって、「待ってほしい」と言われたら、こっちは黙って待つより他にないじゃないか)
もう幾日も前になるのに、あの時の情景は未だ露ほど褪せず、今もリアルに頭の中をちらつく。正直言えばその度に胸に締めあげられるような苦しさが、もやもやとした気持ちが立ち込めてきて敵わない。
そんな僕の虚言には気付かずに、堂島さんは寿司桶に箸を伸ばしつつやけに真面目くさった顔をしていた。いかにも新鮮といった透明感のあるまぐろの赤身が醤油皿に運ばれていく。

「そうか……折角だから、もし都合が合えばと思ったんだがな。また今度、何かうまいもんでも改めて用意するか」
「おっ、良いっすね!そんじゃ次はステーキで……
「馬鹿野郎、お前のためにやるんじゃねえ。
……しかし、身体壊したりしてねえか……ちょいと心配だな」
「平和島なら、この間会いましたよ。りせに頼まれて、最近ちょこちょこ勉強に付き合ってるとか」

ああ、息苦しい――そう思いながらも薄っぺらな冗談をすらすらと口にしてその場凌ぎをしようとしていた僕は、唐突に横から飛び出してきた鳴上くんの言葉にぐらりと揺らいだ。
(今、なんて言った?)
ざわざわと俄に騒ぎ始める内心を悟られないように、取り敢えずすぐそこにあったグラスを手に取り渇いた喉を潤した。
この間っていつだ、一体どこで、何をして。謎の焦燥感が思考回路を駆け巡る。鳴上くんの整った顔に浮かぶ微笑みは至って柔らかくて、なんだか無性に憎たらしくなってくる。

「りせが夏休み中に補習受けることになったらしくて、だけど俺は丁度その頃陽介から『ちょっとバイト手伝ってくれ』って言われてて――
最初は単に成績優秀だし対応も丁寧だしって平和島を紹介したんですけど、思ったより仲良くやってるみたいで。二人とも楽しそうに喋ってましたよ」
「あのね、菜々子も!お兄ちゃんと、りせちゃんと三琴お姉ちゃんと、四人でいっぱいお話したよ!
それからね、今度はみんなで、さめ川でつりするって約束したの!」
「ほう、そりゃあいい。詳しい事情までは聞いちゃいねえが、一人暮らしって話だったからな……
長期の休みにゃ心細いこともあるだろうと親心みてえなもんがあったが、要らん世話だったか」
「そんなことはないと思いますよ。叔父さんが心配してた、なんて言ったら恐縮はしそうですけどね」
「ハハ、あり得るな。まあ、もっと気楽にうちへ来ていいんだと次会った時にでも伝えてくれ」
「オーケーです。しっかり言っておきます」

明るい期待に弾む幼い声の無邪気さが酷く羨ましく、どっしりと落ち着いて深みを持った声の穏やかさが酷く羨ましい。生憎どちらも自分には備わっていないのだ。そして如何に胸がざわめき騒ぎ立てようとも今はただただ待ち続けるしか許されない。
お預けを食らった犬畜生にでもなった気分で僕はいくらの軍艦を口に放り込んだ。勿論まったく満たされた気はしない、それどころかもやもやは悪化する一方だ。もし自室で一人だったなら寿司を黙々と咀嚼しながら思い切り顔を顰めていただろう。……否、だとしたら三琴の近況を人づてに聞くことはなかったのだから、そもそも顔を顰めることにはならなかったのか?……わからない。

「そうだ、平和島も誘うつもりなんですけど、来週皆でお祭りに行こうって話になってて。
天城が菜々子となんだか良い約束してるみたいですよ」
「!
……あのね、お父さん。菜々子とおまつり、行ける?」
「ああ、……そうだな。一緒に行こう。任せろ、何が何でも時間取ってやる」

折角の機会だからな、と言って堂島さんは温かな笑顔を滲ませながら菜々子ちゃんの頭を撫でた。菜々子ちゃんは言うまでもなくとても喜んでいるし、それを眺める鳴上くんも嬉しそう。すぐ目の前があまりに幸せな場所過ぎてもはや今の僕には上辺だけとしてもついていけやしない、物凄く遠くの景色を見ているような感覚さえする。

「足立さんは、お祭り行く予定ですか?」
「え?
……うーん、僕、人混みってどーも苦手でさー。一緒に行こうっていう相手も特にいないし……
ま、その日は僕が堂島さんの分も頑張るとしますか!」

緩やかな空気に息が詰まるほど焦がれて、たまらず僕はまたもや真っ赤な嘘を吐いていた。
――……果たして三琴が返事を告げに来た時、僕はそれがどんなものであったとしてもきちんと素直に受け止められるのだろうか。


<了>