佐藤
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P4 chapter6:清濁併呑

8月頃の話。行き着いた恋の形(全5話)


02.光の手を取る

……あ)

真昼の神社にはセミの鳴き声と少年たちのはしゃぎ声が響き、青々として生い茂る葉がそこかしこに木陰を作り、静寂ではないのにどこか落ち着く空気があった。相も変わらぬ暑さのおかげで店先の冷凍ケースに入っていた時よりも幾分柔らかくなったホームランバーを、鳥居の陰で一口ばかり齧ったその時に、私はこの頃図書館でしばしば顔を合わせていた女の子――そしてその想い人の姿を見た。

(お邪魔したら悪いしな……素知らぬ振りするのが良い、か)

遠巻きに観察できたのは惣菜大学の店先で隣合って座り、ハートが飛んでいるかと錯覚するほどとびっきりの笑顔をしたりせちゃんと、それに優しく微笑む鳴上先輩。私からは背を向ける形で横顔しか窺えないし、何を話しているのか見当はつかないが、悪くない雰囲気なのだろうということは見て取れる。ここで下手に声をかけたところで何を言うことも無し、文字通り陰ながら応援することとしようと決め込んで私は次の一口を齧る。

「あっ、三琴お姉ちゃんだ!」

――そうしてすっかり気を抜いていたところ、出し抜けに後方から響いた声に思わずびくりと肩が跳ねた。振り返ればぱたぱたとリボンで二つに縛った髪を揺らして駆け寄ってきた菜々子ちゃんと目が合う。「こんにちは!」なんてにっこり笑って挨拶をされれば何だか心が踊るような嬉しい気持ちで満たされた。自然と口元は少し綻び、こんにちは、と菜々子ちゃんに倣って私は笑った。

「どこかお出かけ?お友達のおうちとか」
「ううん、夏休みの宿題に使う、画用紙を買ってきて……これから帰るところだよ。
お姉ちゃんは、なにしてるの?おさんぽ?」
「んー、まあ……そうね、ちょっと休憩。ああ、菜々子ちゃんもアイス食べる?買ってこようか」
「えっ、いいの?」
「勿論――……っと、あー」

小首を傾げる仕草の可愛らしさに釣られて買い物を申し出たはいいものの、四六商店の方向へ向き直ってから私ははたと踏み出しかけた足を止める。ここから四六商店へは単に南へ歩けば良いのだが、すると即ち、惣菜大学の横を通らざるを得ない。

……?どしたの?」

不思議そうに言いながら私の視線の先を追ったのであろう、「あ、お兄ちゃんと、りせちゃん!」と菜々子ちゃんの弾んだ声が聞こえた。おそらく今の二人へまでは届いていないだろうが、もしもこんなにも嬉しそうな声音で駆け寄られでもすれば、快く迎え入れてしまうだろう。そしてあまり器用な方ではない自分とは異なりこの無邪気な微笑ましさはその場にすぐさま馴染んでしまい、より和気あいあいとして温かな空気が作り出されるに違いない。

……三琴お姉ちゃん、お兄ちゃんとりせちゃんのこと、キライなの?」
「え!?いやいや全然、そういうわけじゃないよ!
そうじゃなくってね、えーっと、なんていうかさ、あそこに私が入ってもお邪魔かなーって」
「?……そんなこと、ないよ?だってこの間も、ふたりで三琴お姉ちゃんのことお話ししてたもん」

「可愛いは正義」とはよく言ったものだ――なんてしみじみしていたところに、心なしか不安げな顔をした菜々子ちゃんが思いもよらぬことを尋ねてきて――咄嗟の否定に引っ張られるような形で、大変ざっくりとした内容ではあるものの考えていたことがそのまま勝手に口から飛び出していた。
しかしそのことよりも更に私の虚を突いたのは、次いでなんてこともなく菜々子ちゃんから返された言葉だった。

「あのね、りせちゃんがね、三琴お姉ちゃんはお勉強教えるのが上手だーって。それからお兄ちゃんは、つりも上手なんだって言ってて、そしたらりせちゃんがびっくりしてて……
えっと、それで、ふたりともすっごく楽しそうだった。
今度は菜々子もいっしょに、みんなでお姉ちゃんにつりとお勉強教えてもらおうって。
だから、お兄ちゃんもりせちゃんも、三琴お姉ちゃんがいたらきっと喜ぶよ!」

ひょっとして私は――自分で思っているよりも、この世界にきちんと存在してしまっているのだろうか。
意識していないところで、意識に反して、ずっと深く関わりあおうとしているのだろうか。

まばゆさすら覚える笑顔に目を丸くしながら、そんな考えが淡く頭の中を巡って。

……そう、かな」

そうだと、いいな――と、私は小さく零していた。


<了>