佐藤
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P4 chapter6:清濁併呑

8月頃の話。行き着いた恋の形(全5話)


01.恋に触れた日

順番が、というかそれ以前に、なんかもう色々とおかしくないか。

じりじりと痛いくらいの日が差す屋外を尻目に、かと言って他に何をすることもなく、三琴は一人ただ頬杖をついていた。薄暗い図書室に彼女の他は人の気が無く、すっかり閑古鳥が鳴いている。しかしむしろそのおかげでひたすら静かにひっそりと過ごすことができているし、冷房は効いていないが外よりは幾分マシな環境だ。ぼんやりと時間を浪費するのにお誂え向き過ぎる。

(わけがわからないな…………

マヨナカテレビを観た後に足立の部屋を訪れ、諍いが生じて出し抜けに操を奪われ、更にその翌朝恋心を告白されてからもう数日になる。あまりの目まぐるしさについていけなくて、一先ず考えさせてほしいと返したはいいものの、時間を置いたところでそう容易く整理がつくはずもなかった。
なぜ、どうして、どういう経緯で――如何に問うても何一つ答えは出ず、片付けられない謎ばかり埋め尽くされていくその上に件の晩に見た切なげな足立の顔が浮かんでは消え、三琴は心なし頭が重くなったように感じた。

有り得ない、とまずもって思い込んでしまう。それはさておきもう少し考えることを進めたとして、しかし自分の何が足立を此度一連の言動へ至らせたのか、これといって思い当たることがない。確かに傍にいて心地よい間柄ではあったが、それは恋慕というよりも、ここのところはもはや既に心を許しすぎた友か兄妹のような気の置けなさであるように考えていた。それに自分はあくまで別の世界の人間であり――どれほどこの世界に馴染もうと、そもそもはあるべき存在でなく、一目では見えなかったとしても確実にどこか一線の隔たりが引かれているものと――時折朧気ながらに意識はしていた。それなのに足立はその一線を越え、あまつさえ好意を伝えるなどと明らかに単なる当り障りのない人付き合いには済まないところにまで踏み込んできてしまったのだ。
さっぱりとした、でも決してドライではない、緩やかな友好関係であることを自分も足立も好んでいたと思っていた。きっとそれはまったくの間違いではない筈だ。

……どうして、だろう)

その場の勢いでほんのちょっと魔が差した、それだけのことだと、別段何か特殊な意図があるわけではなかったのだと。そう言ってくれればどれほど楽だったろうか。そうすれば流石に昨日の今日とは行かなくともおそらくは、こんなに気まずくぎこちない思いをして、答えが出るまでは顔を合わせることを控えようだなんて思うことはなかったのに。
いっそのらりくらりと躱してしまって、馬鹿正直に考えさせてほしいなどと言うのではなかった――一瞬そんな考えもよぎったが、あの実に真剣な眼差しを前にしてその時の自分がそんな器用なことをできたとは思えないし――そもそもいくら抵抗が無駄なことと判断したにせよ、拒否しようという発想にならなかったのは多少なりとそれを許すに足る相手だったということで――いや、でも、だからといってそれがこれまでの交流で築かれた信頼からなるものだったならば必ずしも彼の意に応えられるものだとは――

(ああ、もう)

三琴が堂々巡りの思考に自分ながら呆れ果てて匙を投げた瞬間、がらりと音を立てて図書室の扉が開いた。
反射的に居住まいを正して扉の方向へ顔を向けると、チョコレート色の髪を頭の上の方で二つに結い上げた、快活げな見覚えのある美少女が自分と同じ半袖の制服姿でひょっこりと姿を現した。ばちり、不意に目と目が合って三琴は思わず息を飲んだが、少女の方は花が咲いたように顔を綻ばせた。そこにいるだけで空気が華やかになる、眩しい陽気に溢れた少女は――久慈川りせその人であった。

「やだ、ぐうぜーん!ていうか、ラッキーかも」

明るく弾んだ声を図書室の静寂に響かせ、りせはパタパタと小走りで三琴の傍らに駆け寄った。そして三琴の方は思わぬ行動に目を丸くしていたのだがそんな彼女の顔を気にすることもなく、まるで以前から度々そうしていたかのようにごくごく自然な振る舞いで話し始めたのだ。

「ねね、あなた、平和島三琴さん……だったよね。
ちょっと相談なんだけど、もし良かったら、勉強教えてくれない?」
「へ……
「いきなりゴメン、でもホンっっト困ってるの……お願い、この通り~!」

甘えた声音に、両手のひらを合わせる仕草。加えて告げられた言葉に、三琴は頭の片隅で些かのデジャヴを感じていた。



……で、このargumentの具体的な内容はthatから……ここまでで、この一文を通して見た時のSVOは、……こう」
「ふむふむ……なるほどー。じゃあ、この文は……ここが修飾で……、こう?」
「そうそう、いい感じ」
「やったっ、ありがとー!やれる気がしてきたっ」
「あはは、それはよかった」

やや大げさながら喜び意気込むりせの姿に、三琴の顔も自然と緩んだ。幅広な机の端で隣り合って座り、可愛らしい丸文字とアルファベットの並んだ一冊のノートと教科書や参考書等を広げて、二人は来る夏季休暇中の補習に向け――りせの苦手科目である――英語の課題に取り組んでいた。
勉強を教えて欲しいと言われたはいいものの苦手科目である数学だったらどうしようと考えていた三琴だったが、逆に英語は特に良い点数をマークできていたので、幸い別段問題が起きることもなく。
ほっと息をつきつつ小休憩でもしようとペンを置いたところで、待ってましたとばかりにりせがいたずらっぽく笑って口を開いてみせる。

「さっすが鳴上センパイのお墨付き。学年一位は伊達じゃないね」
「いやだな、持ち上げても何も出ませんて」
「えー、あの何でもできちゃうセンパイが紹介してくれたんだもん、ホンモノだよ!
あっ、それから、占いでも有名なんだっけ。前うちに来たとき、やってくれたよね」
「あぁ、……そうだね、そんなこともあったっけ」

りせと言葉を交わすのはこれが初めてのような気がしていたのだが、そういえば特捜隊の男性メンツと豆腐屋に行ったことがあったのだと思い出す。さらによくよく考えてみれば先刻デジャヴのあった仕草もその時のものだったのだ。
あれからもうふた月経つのだなあ、と何故かやけに感傷的な気分になる三琴に、りせはさらに続ける。
声はやや控えめで、口元に笑顔はあるものの瞼は伏せ気味で――ほんのり頬に紅の差した、何とも言えぬ照れくささを孕んだような顔で。

……ねね、ちょっと占って欲しいんだけど、……センパイのことで。」

あまりに魅力的な表情をするりせに当てられて思わず一瞬どきりと胸が騒ぎ――
恋とはかくも凄まじいものなのか、と三琴は思った。


<了>