ツキシキ
2024-04-04 19:58:41
20930文字
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★四人の王国まとめ

2作品。二次創作。カシューとクーフィア、ダン組。


思考せよ幸福定理 1/3


長編。ダン・ドレ・マーガ・ディモルダーの四人組。マーガレットが不慣れな分野の問題を考える話。
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 身体を動かすために必要な食事を行う、という意味であれば栄養剤だけで日々は事足りる。それでも私達が調理されたものを好んで食べるのは刺激が足りないからで、常に同じものを摂取し続けると味覚も満腹中枢も飽きを覚えてだんだんと効率を落としていく。
 生きるための義務的な欲求でさえこれほどまでに気まぐれでワガママなのだから、極論。
 一生同じものを見続けて、同じ人と付き合い続けることなどとても不可能だ。そう私は結論付ける。
 そして結論付けるまでもなく、そんなことは誰もが実感として知っている。
 本としか対話してこなかった私と違って。




 宿の食事は豪勢だった。王の選定試験がそろそろ終わりを迎えるということで、街も浮足立っているのかもしれない。そんな中に王子候補の、しかも評判も人望も折り紙付きのダン様が来たとなっては女将さんも気合が入ったらしかった。皿いっぱいに乗せられた骨付き肉は豪快で、付け合わせの彩りも量も申し分ない。地方だからか私の知っている調理法よりも味付けが辛いのも、まあ許容範囲だろう。
 ディ・モルダーはさっきから勢いよく肉を口に頬張って、そのままもごもごと聞き取りづらい独り言やら盛り上げやら料理の感想やらを呟いていた。品が無いと言うのもこれで何度目になるのやら、言っても無駄なら言わないのが賢い。各々適当に返したり放っておいたり、喉を詰まらせる彼に水を差しだしたりしている。
 そんな中、ダン様がピタリとフォークの手を止めた。

「おいドレ、どうした?」

 それで私は初めて壁際の席へ視線を向ける。無口なドレは食事中も話すことが少ない。だから、ダン様が何に対して疑問を呈したのかわからなかった。
 “わからない”には敏感に、私は自分のなけなしの観察眼でドレを見つめる。ドレも急に矛先が自分へ向いたことに驚いたらしく、長い前髪の隙間から少しだけ目を見開いていた。

……、何か?」
「いやだから何があったって俺が聞いてんだよ。それ」

 ダン様は一度フォークを自分の皿にかけてから、ドレの皿を指さす。まず目についたのは辺りへ飛び散った肉汁だった。肉と骨と付け合わせの菜っぱと豆がぐじゅぐじゅに絡まり合って、幼児が手で混ぜ合わせて掴み食いするような様が形成されていた。
 普段の食べ方は少なくともこんな荒っぽいものではない。食事中に窓を気にして立ち上がりかけたり長髪を邪魔そうに掻き上げたりする時はあるにせよ、基本は静かに目の前のタスクを消費していくように食べる。何度か日を共にしてようやく好物には口元を緩めることがわかったけれど、これもディ・モルダーが食事の席で指摘して初めて気づいたことだ。
 つまるところ、ドレは食べ物では遊ばない。だから何故だとダン様は訊いている。

…………あ」

 そしてドレは目の前の惨状をもってたった今、奇行を自覚したらしかった。

「す、すまない。あの、食事が不味かったわけじゃないんだ」

 慌ててドレは言い募るが、それはただの言い訳であって回答ではない。

「おん、うめーっすねこの腿肉んとことか」

 ディ・モルダーが意識してか軽口を叩き、中途半端な相槌が入って変な空白が場を支配する。なんとなく薄ら寒い空気を誤魔化すために私は水へ手を伸ばす。けれど喉を潤しても疑問は満たされない。
 “わからない”には原因が必要で、そのままだと腹の中にはずぅっと不気味なものが巣食い続ける。
 不明瞭な空気を一閃するのはいつもダン様だ。

「調子が悪いわけじゃないんだな?」
「あ、ああ」
「皿取り換えるか?」
「かまわない、責任もって、頂く」
「そーかい」

 ダン様の言葉はいつも端的で、私でも理解ができるくらい意図が明確だ。だから、私はむやみやたらと藪を突くことなく理解する。ドレ自身も自分の奇行の答えを持っていないのだ。
 続く食事が気まずくなるかと思いきや、妙に気負っていたのは私だけだったらしい。用さえ終わればダン様はいつも通り大声で水のお替りを要求したし、給仕はにこにこと愛想がよくてディ・モルダーの軽口にも割り増しで盛り上げ返してくれた。ドレもやっぱり淡々と、まぜこぜになった食事を義務のように口へ運んでいく。
 なんだか納得したように流れていく食事の席で、私だけが“わからない”を飲み込み切れずにいる。



◇◇◇



「ねぇ、なんでだと思う?」
「それをなんで俺に訊くかねぇ?」

 ディ・モルダーは宿のベッドに腰かけて髪の毛をがりがり掻く。
 私達一向に与えられた部屋は二つで、例のごとくダン様と護衛役のドレが同室になった。本人と別れたのを良いことに、ディ・モルダーに先ほどのドレの奇行の理由を聞いてみたけれど返事は芳しくない。

「だって本人に訊いたってわからなさそうだもの」
「俺だってもっとわっかんねぇわ。ドレの旦那……旦那?がたまーに変なのはいつもんことだろうに」
「そうだけど」

 一応、この旅を始めたころからダン様の口を通じて、ドレの妙な癖に理由があることは聞いている。詳細は省かれていたけれど必要十分な情報ではあったから不満はない。
 ただ、今日のあれはどうも毛色が違う気がするのだった。けれどドレは単純なディ・モルダーや裏表のないダン様と違って自己開示が少ないから、理解が人よりずっとやりづらい。

「どうしてディ・モルダーは気にならないの? “わからない”って気持ち悪くない?」
「や、別に? てかむしろ他人の事情聞く方が嫌じゃね?」
……情報はあるに越したことはないと思うけど」
「あー……そーゆー発想ね。俺とは逆だ」

 ディ・モルダーは一度言葉を切ると、そこに邪魔くさい何かがあるみたいに、自分のお腹辺りへ視線を落とした。

「なんかそういうの、重いんすわ。しんどいし、俺馬鹿なんで、他の人んことで頭使う余裕ないし」
……そういうものなの?」
「そういうものなの。俺はね」
「だって……弱みを握っとくほうが後々楽じゃない」
 
 抑止力は大事だ。先手を打っておけば殴られずに済む。私みたいな人間は力業に持ち込まれたらもう仕舞で、予防線は何十本張っても足りやしない。
 攻撃にはリスクはつきものだから、私みたいな小物に対してリスクを払う人間はそういないと思う。けれど実際問題として、私はドレどころか、ダン様やディ・モルダーに殴られただけでもきっと一発で倒れてしまうのだ。
 彼らはそんなことしない。と、言い張るには私は臆病すぎる。

「マーガは人のもん握っとくのが楽で、俺は楽じゃない。それだけっしょ」
……人それぞれ。結局そこに行き着くのよね」

 この手の問題で私はいつも落第する。



 人それぞれ、で納得出来たら話は楽だ。でもその言葉は体のいい放棄の言葉のようにも思えてならない。私とあなたの間に線を引いて完結してしまうのなら、そもそも人は輪の形を成すはずがないのだから。
 知らず眉間に皺が寄っていたようで、ディ・モルダーが私を見て苦笑した。

「まーたむつかしいこと考えてら。その辺はそっちに任せるんで、ファイト」
「はぁ。私もたまにその気楽な姿勢を見習うべきなのかしら。即却下するけど」
「却下するんかい」

 はは、とディ・モルダーは声をあげて、気の抜けた身体をベッドにそのまま落としてしまう。よくよく時計を見ればもう夜も更けそうだった。でも私はやっぱり思考の放棄に耐えられそうもなくて、ディ・モルダーに背を向けて部屋のドアノブに手をかける。

「本人に訊いてくる」
「へーい。俺寝るんで戻ったら適当に電気消しといて。おやすー」
「了解。おやすみ」

 相手のほうも見ずに答えて部屋を出る。それで気を悪くされないだけの関係ができている。と、思う。思いたい。
 たぶん私も、ディ・モルダーとドレとダン様、あの三人以外の事なら“人それぞれ”という魔法の言葉で全て終わらせられるんだろう。
 終わらないのは繋ぎたいからだ。動機はシンプルに限る。


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