正直者の王子様 1/2
長編。カシュー→→→クー。自分が王子様なら、とうっかり夢を追いそうになるカー君の話。
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初めて書く物語なんて、荒があって当たり前だ。
王子から渡されたその紙の束を、俺は心して受け取った。ただでさえ余計なことを言いがちなこの口を、意識して引き締めながら読もう、と。
原作者に見られながら読むなんてのは落ち着かないが、王子の期待のまなざしにはどうにも弱い。
俺は、じっくりと腰を据えて文字を追い始める────。
1.
むかしむかしとあるところに、正直者の王子様がいました。
王子は誰に対しても正直者で、自分のために何かを偽ることを決してしない人でした。お勉強をさぼったらさぼりましたと言い、侍従長にそれとなくお小言を言われては、明日になれば忘れてしまうなどと言い出す正直っぷりでした。その正直さは国中の噂で、嘘つきな子どもには「正直王子を見習いなさい!」という叱り声が響き渡るほどでした。
正しくあることは決して間違いでない、そんな簡単なルールを王子は常に守り続けていたのです。
2.
そんなある日のこと。王子は貧民街の視察という名目で外に連れ出されました。その時も王子は歩き回るだけなんてつまらないと正直に漏らしては、地面に座り込む痩せぎすの人達に一睨みされていました。
裏路地には王子の興味をひくものがたくさんありました。壊れかけの木箱、割れっぱなしの壺、濁った水たまりとちらちら除く誰かの瞳。そんな荒れた光景は王城だととても見られないものであり、王子の好奇心はわくわくと掻き立てられてしまいます。ふと目を留めてしまえば最後、気づけば王子は、足元をタッと駆けた鼠に釣られるようにして、お付きの者たちを振り切って入り組んだ細道へと足を踏み出してしまいました。
全力で進み続け、勘の良い兵士の裏を取り、身軽な体でひょいひょいと進み続けた王子は、唐突な路地の行き止まりに突き当たりました。
方向転換はできませんでした。なぜなら王子は、真っ赤な瞳に射貫かれていたからです。
そこではぼろ切れを着た少女が、じっと王子を見つめていました。
少女はみすぼらしい身なりをしていてなお、とても愛らしい顔つきでした。中でも暗く輝くガーネットのような瞳は、たいそう意志が強そうで、彼女の視線を受けるだけで王子の胸は熱くなりました。
彼女の小さな薄い唇は、つっけどんに言葉を紡ぎます。
「だれ、あんた」
王子にそんな言葉をかける人など今までいませんでした。敬語の無い粗雑な問いかけを王子は新鮮に感じながら、口を開きます。
正直者の王子は全てをありのままに話しました。自分はこの国の王子であること、この街には視察に来たこと。そして少女を見てきっぱりと言いました。
「貴女、とっても汚いですね! どうしてそんなに汚いんですか?」
「喧嘩売ってる?」
「? いいえ、全然。それより答えてくださいよ」
「
……お金がなくて親がいないからよ」
「なんだ、それなら簡単だ!」
王子はそういうと、赤目の少女の棒切れみたいな腕を取りました。そしてぐいと力任せに引っ張り、少女のしかめ面も何ら気にせず無理やり立ち上がらせてしまいます。
「俺の城に行きましょう! 親はたぶんこれからもずっと用意できないけれど、お金ならあります。貴女を幸せにすることが、できるかもしれません」
「
……身なりが綺麗なことは幸せなの?」
「たぶん、半分くらいは。だってお姫様は綺麗なドレスを着ていつもにこにこ笑ってます。女の子ってみんな、お姫様になりたいんでしょう?」
「それが、幸せだって言うんなら。わたしは幸せになりたい。誰にもわたしを馬鹿にさせない、わたしを馬鹿にしてきた奴らを見返せるくらい、幸せになりたい」
「なら、俺に着いて来て。さあ行きましょう!」
王子は少女と手を繋ぎ直し、軽やかな足取りで来た道を戻っていきました。迷いかけた時は後ろの少女が道を教えてくれました。わざと間違えた道を教えることもできただろうに、イジワルせずに最後まで正しい道を教えてくれた少女のことが、王子はますます好きになりました。
だって今まで、王子の周りのはみな、正直者の王子をからかってだまして嘘ついて後ろ指を指してきたのですから。
戻った王子は城中の皆にこっぴどく怒られましたが、それでも毅然とした態度で言い放ちました。
「この子をお城に迎え入れて、一緒に暮らさせてください。そうでないと国のための勉強はもうしません」
王子の言うことは本音だということは城中の誰もが知っていましたし、王子がなかなかの頑固者だということも、とっくに知れ渡っている事実でした。ですから王達はしぶしぶその条件を受け入れました。
3.
正直者の王子はすくすくと成長し、後継ぎには十分と評される立派な青年になりました。中性的な童顔も人を和ませるといって好意的に受け入れられていましたし、小柄な身体も民が親しみやすいと評判です。何より王子は決して嘘をつきませんから、民からの信頼は厚いものでした。
そんなとき、隣国からお見合いの話が舞い降りてきました。国境間での緊張が高まり、国家内での武力が固められつつある最中の話です。国の存亡を左右すると言っても良いほどの誘いであり、いわゆる政略結婚の交渉でありました。
しかし、王子はそんな時であっても正直でした。
「俺には心に想う人がいます。とても結婚はできません」
たとえ王子の性格を知っていても、この時ばかりは城の者皆が総出で説得しました。しかし、王子の意見は変わりません。何も相手を愛することは無い、ただ名目上の契約を結ぶだけ。皆はそう言いますが、それすらも王子にとってはウソツキに身を落とす行いでした。
────顔を合わせて、和やかに会話をするだけだ。それなら何も嘘はついていない。
そんな妥協案に、とうとう王子は折れました。毎日顔を合わせるたびに説得してくる侍従たちにすっかりうんざりしていたからというのもありました。
お見合いは、初めのうちは穏やかでした。王子の国の者はみな、扉の内側から響く笑い声に、ほっと胸を撫で下ろしました。
しかし、正直者の王子はどこまでも正直です。
ふいに笑い声が止んだかと思うと、バタン! と大きな音を立てて扉が開かれました。そこには着飾ったドレス姿の美しい隣国の姫が、その瞳にめいっぱいの雫を溜めて立っていました。
「お父様、聞いて! 王子は私と結婚なんてしたくないそうよ!」
言うなり、姫の瞳からはぽとりと涙がこぼれました。堰を切ったように雫は溢れ出し、それを覆い隠すように姫はわぁっと顔を両手で覆います。
王子はそんな姫を後ろからただ見ていました。手を差し出すでもなく、声をかけるでもなく、ただ当然のことをしたとばかりに見ていました。
隣国の王が重々しく口を開きます。
「王子よ。我が姫マイティアと結婚したくないとは、誠か?」
「ええ。俺は生まれて一度たりとも、嘘を申したことはございません」
「ああ、そうとも、そうだろうだとも。その噂は境を超えて我が国にまで届いておる
…………」
正直者の王子の態度に、自国の者達は大慌て。隣国の使者達は殺気を露にし、衛兵の手にするサーベルは今にも引き抜かれんばかりの勢いです。そんな中にあってもなお、正直者の王子は自分の心の信ずるまま、微動だにしませんでした。
「開戦だ」
隣国の王は静かにそう言いました。
その言葉を皮切りに、戦火の狼煙が上がりました。
4.
正直者の王子がやったことは、正直に想いを口にしたことだけでした。
しかし、今や城どころか国中の者が王子を責め立てていました。
────しょせんは
政も知らぬ馬鹿正直。であれば世継ぎはほかに任せ、彼の首を献上することで隣国の怒りを鎮められはしないか。
嘘と悪意に敏感な王子は、侍従長が零す算段を盗み聞きしたその日の夜に、部屋を抜け出しました。
行先は城の門ではなく、少女の部屋でした。
寄り道などせずすぐさま城から逃げ出せば、命を長らえることはできたでしょう。けれどもそれは、王子の正直さを損なう行為でした。だから王子は命が尽きる前に、たった一人。唯一王子の信念を揺らがせない彼女に会いにいくことにしたのです。
少女の部屋の前では、衛兵と少女が言い争いをしていました。強気な少女の真っ赤な瞳は、闇夜の中でも熱く燃え上がっていました。
「なんであんな禿爺の言うこと聞かなきゃならないの? わたしは王子に着いて来たのよ。王様だろうが隣国の偉い人だろうが、どうだっていいわ」
「何を馬鹿なことを! しょせんは王子の慰み者のくせ、にっ!?」
少女が兵士の腹に拳をたたき込んだのと、正直者の王子が背後から兵士の頭を殴りつけたのは、ほぼ同時でした。
「
……あの」
「こんばんは。何の用?」
「よかったら、俺と一緒に来てくれませんか」
自分の立ち位置すらぐらついているはずの少女は、しかし変わらぬ態度で王子を迎えました。ですから王子もまた、素直な気持ちでありのままを口にしました。どこに行くとも何をするとも決まっていない逃避行に、少女は手を添えて答えてくれました。
周囲がみな剥き出しの敵意を向けてくる中、たった一つの温かな手のひらに、王子は少しだけ躊躇います。
「どうして来てくれるんですか、俺なんかと」
「あんたが初めにそう言ったから。一緒に行けば、幸せになれるんでしょう?」
「
……俺は、今は
……」
「今はどうでもいいの。あの時のあんたは本当だった。わたしなんかを拾ってくれた、あんたなんかに付き合ってあげる。さあ行きましょう」
呻く兵士が起き出す前に、二人は手を取って駆け出しました。
そもそも逃げる気などなかった王子に抜け道などありはしません。少女の手を取る行為は道連れだと知っていながら、王子は黙って手を繋いでしまったのです。王子はそんな考えを改めて口にし、素直に少女へ懺悔しました。
しかし少女はどこ吹く風、それがどうしたと言わんばかりに王子を見返します。
それでも自らの不実を呪った王子は、教会へ向かいたいと乞いました。少女は神など信じていませんでしたが、王子の行きたい場所が彼女の行きたい場所でした。
教会へ行くには城を抜け出さねばならず、それはとうてい叶わないことでした。
城内を隠れ、窓を割り階段を転げ落ち、ほうほうの体で走り回った二人でしたが、とうとう外に出ることは叶いません。やがて二人の体力は尽き、追っ手の持つランタンの明かりが後ろから迫ってきました。
幸福の道をたどり切れなかった王子は、最後の最後に本音の泣き言をこぼします。
「俺はあなたをお姫様にしてあげたかったんです。本当に、ほんとうに」
そう言う王子に、お姫様になれなかった不幸な少女は笑いました。
「ありがとう、王子。たとえ叶わなくったって、あんたの言葉はほんとうよ。それだけで、わたしはほんの少しだけでも、生きていこうと思えたの。だから
……素敵な夢を、ありがとう」
二人の後ろには自国の処刑人が迫っていました。けれども、恐れることなど何もありませんでした。
二人の目の前には、きらきらと輝く夢物語がいつまでも、いつまでも残っていたのですから。
おしまい。
◆
「死んでるじゃないですか!」
一言目にそう叫んでしまったのは、致し方ないところだろうと思う。
王子は
……おとぎ話上の理想形で耽美な王子ではなく、一人の個性ある人間としてこうして俺達とともに旅をしている王子候補様は、何を言っているとばかりに無表情で俺を見つめ返してきた。さすがに第一声が否定なのはまずかったかな、とも思ったけれど、やっぱりまず言いたかったのはこれだったので許してほしい。
「いやまあ確かに死んでるとは明言されてませんけど
……どう考えてもバッドエンドじゃないですかこれ
……」
王子はぷうと頬を膨らませて抗議してくる。そのつもりはなかったらしい。
一応は、一通り読んだ。俺らしからぬ俺が好き勝手する気恥ずかしさで死にたくなったけれどもなんとか読んだ。ところどころ言いたいことはあったしそもそも主役がわりとひどい目に合っていたりしたけれども踏ん張って読んだ。
それにしても
……物語のモデルになるって、恥ずかしい。せっかく書いてくれた王子の手前そんなことはしないけど、そっと土に埋めてしまいたくなるくらいには恥だ。なんかこの、物語の中の少女がわりとクー隊長っぽい、気がする、のは不覚にも嬉しかったけれども。
突き返すように紙の束を渡すと、王子は受け取るなり笑顔を向けてきた。その眼差しにはおそらく期待とかいう言葉が当てはまるんだと思う。でも、俺は斯くこの物語の如く、どうしようもない正直者である。だから当然、素直には喜べないという微妙な顔も隠せない。
「王子ってもしかして俺のこと馬鹿にしてます?」
そう尋ねてみると、王子は心外なとばかりに首を大きく横に振った。いやいやとこちらも目で追及するが、王子はインドアらしからぬ華麗なステップで俺の視線を避けていく。こういう仕草を急にし出すから全く、この人はどこまで本気でどこまでふざけているのかよくわからない。
ともあれ、完全なる善意でこんな話を作ったのであれば、それはそれで逆に問題だろうとも思う。
「いやーなんていうか俺今、王子にクー隊長への気持ちぶっちゃけたの、めちゃくちゃ後悔してます」
「
…………!」
「そんなショック受けたみたいな顔されても。本音ですし」
相手は不服とばかりに腕を前で組み、言外の抗議を示す。かといってこちらも撤回はできない。素直なその、うん、恋心、みたいなものを弄ばれたような感覚は、どうにも許しがたいものがある。
まあ、王子も心根が良い人ではあるので。ネタにしてやろうとかそんなんじゃなく、俺の普段の相手にされなさを見てのことというか、せめて物語の中では叶えてやろうという気遣いからなのかもしれないと、思わなくもないのだけれど。
「俺が言えたことじゃないかもしれませんけど
……王子ってかなり人付き合い不器用ですよね。こういうの、怒る人はとんでもなく怒りますよ。例えば、」
と、言葉を切って改めて思いなおしてみる。クー隊長は
……案外喜びそうだ。なんならリクエストやシチュエーション指定までしそうな勢いだ。妄想片手にずいずいと前に進み出る姿が見て取れる。
ならジャン
……は嫌と言うに言えず困り顔でうつむいてしまうかもしれない。付き合いの短い人ならそんなジャンの顔すらも恐ろしく見えるかもしれないけど、少なくとも王子は笑って受け流してしまうだろう。となれば他の人、他の人
……。
「ほら、えーと、セイ様とか」
あの村での演説を聞くに、セイ様もロマンチストではあるんだろうけど、他人が訳知り顔で踏み込むと相当怒り狂いそうでもある。自叙伝くらいならやらかしてもおかしくないけど。
「だいたい、王子はどうなんですか。人のこと書く前に、自分のこと書いたらいいでしょうに。王子候補の書いた自伝!みたいな。わりとウケるかもしれませんよ?」
そう振ってみると、王子は例の真面目くさった顔で眉間に皺を寄せた。思いがけず案が検討されてしまうのかと冷や冷やした矢先、ふっと王子の口元が緩む。
それは面白い名案に辿り着いたというよりは、ずっと意地の悪いもので。もっと言えば、人が陰で漏らす嘲りの笑いととてもよく似ていた。俺に対してではなくきっと、王子自身に向けて
……。
迂闊に伸ばした手で不用意に相手の傷を触ってしまう、俺も人のことは言えない。
「あっ
………。あの、俺、」
何か言わなければ、と思いながらその何かが掴めないままの俺を、王子はじっと見つめ返す。そして、一度視線を落としてから、俺のために書いてくれたのであろう紙束を指して、指先で大きくバツをつける。最後に小首を傾げられ、ようやく王子の問いたいことの察しがついた。
「
……いえ、ダメなんかじゃないです。嬉しくもあるんです。自分が主人公って、なんていうか、ちょっと恥ずかしいけど気持ちいいじゃないですか。なんでもしてやれるぞーって感じとか」
「
……!」
「俺は俺のこと、まあそこそこ好きですし。そうじゃなきゃこんなわりと厳しい人生やってけませんし。
それにこういうの読むと、わからなくもないんですよ。クー隊長が、そういうのにあこがれる気持ちって」
「
………」
「いやまあ死んでるのはどうかと思いますけどね!」
俺が冗談めかして言うと、王子は声の出ない喉で笑い声のような吐息を漏らした。ガッツポーズをしてみせたのは、おそらく、次はハッピーエンドにしてやるという意気込みだろうか。さすがに二度も主人公になるのは肩身が狭いので、今度はそういう花形が似合う人を主人公にしてほしい。
「と、そういえば王子。まさかなんですけど、その『正直者の王子様』の話、他の人に見せちゃいませんよね?」
俺がそう問いかけると、王子は渡した紙束と自分の手のひらを交互に見つめ、ゆっくり一本分の指を折って数えて見せた。
「
……ジャン?」
脳内にいた二人の候補のうち、こちらであってほしいという方を口にする。幸いにして予想は当たった。幸いにして。ほんとうに。
「やっぱりその話没収させてもらいますね」
「?」
王子は不思議そうに紙束を俺へ返してくれた。というより、王子はもともと俺にくれるつもりだったらしく、どことなく満足そうな表情を浮かべている。
自分が主人公(仮)の物語なんてむずがゆくって仕方がないが、拡散を防ぐにはこっちでもらい受けるしかない。とはいえ燃やしたり無くしたりするのも躊躇われて、手にした束は結局自分用の荷物袋にぎゅうと突っ込んでしまった。
贈り物をもらったにしては少々手荒すぎる俺の扱いを、王子は咎めるどころかにこやかに見守っていた。まんざらでもないんだろう、と言われているような気がする。認めるのも癪だったけれど、それも俺の自意識過剰だと言い切れなくはなかった。
そうして、青春の香りがする会話をいくつかしてから、宿のそれぞれの部屋に戻ろうと王子と別れたところで。
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次ページへ続く
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