正直者の王子様 2/2
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「カーくん、ずるいわよ」
帰って早々、俺はクー隊長になじられてしまった。ツンと吊り上がった眦が明らかな怒りを示している。クー隊長は小柄だから怒っても迫力は、正直あんまり無いけれど、怒るを超えて拗ねられてしまうととても手がつけられなくなる。
「ずるいって何がですか」
「王子に! 何かもらってたでしょ!」
「えっ? 見てたんですか」
「あっ」
俺が素直な疑問を口にすると、クー隊長はぱっと手を口に当ててみせた。素直すぎて、なんともクー隊長らしい。俺はつい笑いをこぼしてしまって、でもそれは賢くない行動だった。
「いっ、いいでしょわたしのことは! 偶然よ偶然! それよりどうなの、王子と何話してたのよっ!」
決して馬鹿にするような意図はなかったが、クー隊長はどうしてもそういう空気に敏感で、風で煽られるように勢いもヒートアップしてしまう。こうなったら子ども扱いは逆効果、宥めるとまずいのは目に見えている。俺だって隠し事はしたくないわけで、でも濁したい部分もあって、とにかく困る。それでも葛藤に葛藤を重ねて一部分だけをどうにか掬い取る。
「えーと。まあ、その
…………おとぎ話を?」
「
…………なにそれぇ」
俺が(表面上は)素直に答えると、クー隊長は明らかに興ざめとばかりに肩をすくませた。何を想像していたのかは知らないが、ご期待には応えられなかったらしい。
しかし、クー隊長はくるっと身をひるがえすと、不意にボソボソと独り言を唱え始める。
「うーん、でもわざわざカーくんと話すくらいだし、王子っておとぎ話好きなのかしら
……王子候補だし、情操教育とかでよく聞いてたのかもしれないし
……それで、ヒロインとか
……お姫様、を、望んでたり
………」
「クー隊長。人前でブツクサやるのやめたほうが良いですよ。不気味なんで」
「ぶっ、ぶぶ、不気味ぃ!?」
しまった、と気づいたときには遅く、クー隊長はまたしかめっ面でこちらを睨みつけてきた。言わないのが賢さだとわかっちゃいるが、言わずにはいられない。
それにしても俺はクー隊長を怒らせたり呆れさせたりしてばかりだな、とも思う。
王子と一緒にいるときのクー隊長は、瞳を輝かせてぴぃぴぃと小鳥みたいにお喋りして、楽しそうにしているくせに。たとえ王子が何もしていなくたって。
「ずるいのは王子ですよね。王子だ、絶対」
「ハァ? さっきから急に失礼すぎよカーくん」
「ふん、どーせ俺は失礼千万ですよ。不敬罪ですよ」
冗談めかしたつもりで言ったはずなのに、言葉が外に出ると途端にそんな気になっていくのだから不思議なものだ。気づけば唇を尖らせてしまい、なんだかクー隊長の顔もまともに見られない。
俺の面倒な空気を察してか、クー隊長もやれやれと言いたげな吐息を漏らした。
「もう、なんなのかわからないけど
……王子を悪く言うのは、たとえカーくんでも許さないんだからね」
「わかってますよ、そんなことくらい
……」
ふてくされてもこの扱いなのだから、拗ねたってなにも良いことが無い。
頭の中に浮かぶ、顔つきだけは精悍な王子を内心で睨む。笑おうが黙ろうが荒ぶろうがふんぞり返ろうが、何をしてもクー隊長にかまってもらえる王子は本当にずるい。
そう、王子は。
……その時思いついてしまったとんでもない世迷言には、あの王子の物語がかなり影響していた。そして何を血迷ったか俺は、やけになった気持ちのまま半ば雑に、その仮定を吐き出してしまう。
「例えばですけど、クー隊長。俺が王子候補だったとしたら、クー隊長は俺に着いて来てくれてましたか?」
それはたぶん、触れてはいけない領域だった。
だってそれを考え出してしまったら最後、絶対に叶わない、クー隊長の抱いている夢よりもずっとずっと望みの無い未来を夢想してしまう。叶わないことがわかりきっている夢なんて、ただの絶望だ。
王子はずるい。俺が見まいとしてきたことを、いともたやすく体現して、こんな未来もあったかもしれないと、無駄な夢を目の前に持ってくる。それはもうなんだか無神経なくらい、ずるい。
馬鹿な与太話にしては俺の空気が重すぎたんだろう、クー隊長がその小さな体でこちらを覗き見ようとする。その仕草は可愛らしいけど、俺はまだ素直に目線を合わせられない。
「
……ねえ、カーくん。今日のカーくんおかしいわよ」
「重々承知ですよ。だからもう、妙な俺につ、付き、付き合うと思って答えてくださいよ」
「ええ~
……なんなのよまったく。まあ、ほかならぬカーくんの頼みならほんの数分くらいやぶさかじゃないけど
……」
そう言いつつも嫌そうな顔でぶーたれる辺り、クー隊長も俺に負けじと正直者だ。クー隊長はまた一人で口をもごもご動かす。そして彼女なりに都合の良い理論が組み上がったところで、ぱっと顔を上げた。
「カーくんが王子様だったら、よね?」
「そうですけど
……」
「無理!」
ザクッと。
無遠慮すぎるその一言が深々刺さって、ありえもしない仮定に浮き足だっていた俺を確かに地面へ突き落とした。
……そこまで言わなくたって!
わめいて逃げ出したい気持ちの俺に、クー隊長はまた口を動かそうとする。発せられる鈴のような声が、俺の希望とか明るい未来とかをしっかり削り取っていくんじゃないかと、気が気じゃない。
けれども、響いた声は呆れや失望ではなく、
「だってカーくんが王子になっちゃったら、私の部下が一人減るじゃない。駄目よそんなの、いてくれなきゃ困る」
とても、とても日常的な口調だった。
晴れたら空は青いし、王子は血筋で決まるし、猫はにゃあと鳴くし物語のヒロインは誰よりも可愛い。そんな当たり前のことが当たり前に成り立つんだと、証明するまでもなく伝わるような声だった。
「
…………」
俺が、王子にふさわしくないとか。
例え王子だとしても、俺じゃ力不足とか。
そういう回答が降ってきて、俺の頭をガツンと殴りつけるんだとばかり思っていた。
なんてこった。
想像以上に世界は、俺に優しい。
「クー隊長は、俺がいないと、困るんですか」
驚きから覚めやらぬまま、もしかするとこれはあの物語よりも俺の都合の良い妄想なんじゃないかと疑いつつ確かめる。クー隊長はなんだか変な顔をして、やっぱり当たり前のことのように断言する。
「そりゃそうでしょ。この旅だって、わたし一人じゃその。まあ、ちょっとは厳しいかなって時も、うん、あったと思うし。一人でもできはしたけど」
「はは」
「そこ笑うところじゃない!」
「あは、はは。違うんです、すごい嬉しくって」
わりと情けないことに泣きそうだった。頬は熱が出たみたいに熱くって、胸はうるさいくらい音を立てて、限界になった熱を冷ますように涙がこみあげてきて、でもさすがにそれは気合で止めないといけない。笑うところじゃない以上に、泣くところじゃない。
だから俺はへらへらして、真剣すぎるその言葉が重くならないように、軽口めいてそっと言葉を唇に乗せる。
「じゃあ、クー隊長が困らないように。俺はクー隊長が望む限りずっと、傍で支えてあげますよ。なんてったって、頼れる部下ですからね」
「
……ん。ほんと、しっかりしてよね」
幸いなのか不幸なのか、クー隊長は俺の宣言なんて気にならないみたいに横柄な態度で頷いて見せた。この人は、偉そうにすることと威厳を出すことをちょっと取り違えてる節があるように思える。
でも、それでいい。それがいい。そうじゃなきゃ、クー隊長はクー隊長じゃないのだから。
そこまで考えて、また俺はへらっと笑みを深くした。
────お姫様にしてあげられなくたって、いいじゃないか。
王子の書いてくれた物語の中で、俺じゃない俺がエールをくれる。
そもそもクー隊長をクーフィアさんだなんて呼ぶ未来、俺には想像もつかないのだ。
だからきっと、これがお似合いの。
嫌われ者な正直者にとっての
精一杯な物語なんだろう。
~END~
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