【ファン風】悪趣味にも程がある

わちゃっとさせたかったファン風のお話。無自覚ファン→風子で他風子右CP(フィル風・ジナ風)食い込んでますご注意。※アン風前提のファン→風です。






実に不愉快。不愉快極まりない感情が攻撃的衝動を刺激しては外部へと発露させる。
体中を駆け巡る血潮の流れ、爪先まで研ぎ澄まされた感覚が、染みつき慣れ親しんだ、想い通りに完璧に動いていた体が今、動かすたびに大きな違和感が身を包み込む。

実際問題、風子の体の中に押し込まれたファンは苛立ちを隠さず、その感情を理不尽極まりないくらいにトレーニングルームの設備にぶつけ破壊の限りを尽くしていた。
振り抜く拳。踏み込む足。心臓の鼓動から息遣いまで何から何まで違う。自身の頭に思い浮かべるイメージとズレが生じ動く体の気持ち悪さ。
それを振り払うべく風子の姿をしたファンが彼女の拳で普通の人間であれば到底壊せないであろう頑丈な機材を物ともなく破壊した。切なく鳴く断末魔。立ちのぼる焦げた臭いが鼻を掠めるが、ファンは一切気にせず鍛えられたされど女性らしい手を眼前に持ってきた。
……
自分の手とは何もかも違う。手だけではない、筋肉の付き方、全身のしなやかさ他、細かな点を挙げればキリがない。ただ自分と負けず劣らず、絶え間ない研鑽を積み鍛え抜かれた体に目を眇めた。
感傷深く見下ろしていた視線を、自分の姿をした風子が消えていった入り口に向ける。
すぐに戻ると言って出て行ってからどのくらい経ったか。
体が戻る方法が見つかるまで組織内から出ないで下さい。そう風子に念押しされるまでもなく、ファン自身この状態を良しとしない。というか早く戻りたい。早く戻り水を差された死合いの仕切り直しをしたくて仕方なかった。

このような珍妙な事態に陥る前、更に言えばここ最近の記憶がファンの脳裏を過っていく。



随分静かになった朝食の時間。数年前であれば嫌になるほど煩わしかったが、それが一人になった途端やけに静けさが部屋の中に染み渡っていく。
「(……馬鹿馬鹿しい)」
多寡だか数十年、一人では無かった食事風景の幻覚が薄らファンの視界に入り込む。行儀のなっていない馬鹿弟子の箸との攻防戦、それを止めようとするおしめを世話した妹の制止する声が蜃気楼のように揺らめき消えた。
胸の内に仄かに広がる不快な感覚。それを無意識に誤魔化したいのかファンが餃子を頬張った。何処か味気ない食べ慣れた味。如何して味気ないのか、そんな疑問を押し流すべく今度はスープを啜った刹那──。
「ファンさんいますか!? いましたね!!」
すわ台風かと見紛うばかりの勢いで風子が慎ましく朝食を取っているファンの前に現れた。
先程まで抱いていた”らしく”ない感情が消え去ったのは有難かった。が、無表情で再びスープを啜るファンとは対照的に白い歯を覗かせ笑みを零す風子の姿に彼の思考が珍しく一時停止したのだった。
「食事中でしたか!? こいつァ失礼しました! 食べ終わったら手合わせしましょう!!」

思い出すだけでも腹立たしい長期潜入任務を終えたファンのもとに風子は時間を見つけては手合わせにやってきていた。
何てことはない。ファンが住んでいる家の場所はとっくに知られており、風子は其処に近付かないようにしていただけのこと。
それがただ”手合わせをして一本入れられたら仲間になってください”を何回も諦めず風子がしに来ているだけのこと。
ファンが幾度も「あの時ばかりの約束ぞ」と追い払ったところで風子は気にせず次の日もやって来た。
「もしかしたら、手合わせしている内にファンさんの気が変わるかもしれませんし。それまで私は来るのを止めませんから」
勝気な笑みを浮かべ現れ続ける風子に若干の疎ましさをファンが抱くも其れは兎角不快なものではなかった。
二人の間に張り詰める空気が、構えひとつから心が昂り血沸き肉躍る感覚が、追い掛けずともやってくる。そんな新しい日常生活の一部になりかけた時、ファンのもとにぱたりと風子が来ない日々が続いた。
些かタイミングの問題かと思い、ファンは自宅を留守にする時間を極力減らし、金斗雲に乗って現れる風子を見逃さんと空を見上げる時間が増えた。
だが、待てど暮らせど風子は現れなかった。実に手放しがたい何なら日常生活の一部と化して欲しいと無意識にファンが思い始めた頃、待つのを止め昔のように追うに転じた。

黒斗雲に乗り風子が拠点にしている場所に赴くも、開く気配のない固く閉ざされた扉を前にファンは腕くみをして仁王立ちする。流石に勝手に開くとはファン自身も考えていない。何故ならば以前訪れた際は風子の後に続き組織の中に入ったからだ。
此方を監視しているカメラを一瞥した後、ファンが組んでいた腕を解いた。
……壊すか」
決して脆くはないであろう分厚い扉に向かって拳を構えた途端、何人たりとも通さんと無言を貫いていた扉がやや焦り気味に其の大口を開いた。この際、誤作動でも意図的でも構わない。扉が開いた理由を深く考えず、ファンが扉を潜り組織内へと入っていった。
前来た記憶を頼りにファンが廊下を歩いていれば、正面からこれまた先の扉以上に焦った面持ちで風子が駆け寄ってきた。ズレたニット帽を被り直す暇も惜しいようで、弾む息を隠さず対面する風子の瞳にはありありと疑問の色が浮かんでいる。
「ファンさんどうして!?」
普段より些か幼さを感じる風子の瞳に映り込むファンの表情はうら悲しい冬の景色を彷彿させるものだった。
「キサマはオレとの約束を違えるのか」
「約束……? あ」
一拍置いてから約束の内容を思い出した風子が、ファンからそろり視線を逸らしては自身の人差し指同士をくっ付けては離すをくり返す。
「ちょーっと、他のことが立て込んでておりまして……
「ほう?」
「明日! 明日行くつもりだったんですよ!?」
約束を破る気なんて無いです。逸らしていた視線を戻して懸命に訴えかける風子にファンが彼女を値踏みするが如く細められた目で見下ろした。それに思わず風子はたじろぐも、今度は細められたファンの目がやおら彼女から逸らされた。
「──今後オレが赴けばキサマは死合うのか」
「おも? ……! します!! 私が組織内にいる時に限りますが、いれば必ずします!!」
「その言葉、噓偽りはないな?」
「ないです!! これっぽっちもないです!!」
食い気味に答える風子にファンの口角がつり上がる。普段の立場と違い優位に立っているが故かファンが提示する注文を風子は全て受け入れた。
その日を境にファンは一時味気なかった食事が美味いと感じるようになった。



風子との手合わせの数が両手で間に合わなくなり始めた矢先の出来事。
普段以上に熱が入り拳を交り合わせていれば奇妙な違和感が二人を襲う。ファンは己の視界に自分の姿が映り込むや否や体中を駆け巡るズレから動きが鈍くなり、同じく違和感を感じているものの突き出した拳を止めることが出来なかった己自身の拳が腹部にめり込んだ。
全力で振り抜かれていないとはいえ、拳に圧迫された肺から空気が赤い血と共に吐き出され勢いよく体が吹き飛ばされた。
「(なんだ、これは? そこにいるのはオレ、なのか?)」
数回床を転がりうつ伏せに倒れ込み、低くなった目線で未だ困惑している己自身の姿を見遣る。
「あれ? なにコレ? 私が私を殴った……え?」
ぺたぺたと顔を触っていた手を眼前に持ってきては眺め、首を捻り自分の姿を見ていた──ファンの姿をした風子はトレーニングルーム入り口で佇んでいるジーナの存在をワンテンポ遅れて気が付いた。
微動だにせず視線を立っているファンと倒れ込んでいる風子をそれぞれ見た瞬間、ジーナの心の中からどろりとした熱く黒い感情が湧き上がった。
「ジーナちゃ、!?」
ファンの姿をした風子がジーナに声を掛けようと伸ばした手ごと、ジーナは不変の手を使いファンの姿をした風子を壁に押し付ける。その力は壁に放射状の罅を作り、徐々に罅は深く広がっていった。
ファンの姿をした風子がめげず声を掛けたくとも顔を押し付けられロクに声も出せずにいる。
「(ジーナちゃんの力これほどまでに強いなんて……!!)」
壁に走る亀裂でだけではなく骨が軋む音を体全身から聞こえ始めるが、ファンの姿をした風子が諦めずジーナに視線を送り続けていれば、ファンの姿をした風子の目が見開きあらん限りの声を張り上げた。
「ジーナちゃん! よけて!!」
ファンの姿をした風子の声にジーナの眼光が更に鋭くなる寸前、彼女に影が掛かった。影が掛かった先、やおら見上げれば先程まで倒れていた風子──、風子の姿をしたファンが今まさに彼女に向かって飛び掛かり回し蹴りを食らわせようとしていた。
「な、んで……?」
守ろうとしていた人が自分を攻撃しようとしている姿に困惑の声を漏らしたジーナの唇は戦慄き、≪不変≫の力で防御する事も忘れていた。
ジーナの瞳に映り込む風子の姿をしたファンの瞳は昏く澱み、顔からは一切の表情が削ぎ落されている。
自分の体ではない、勝手が違い過ぎる。されど、風子の姿をしたファンはジーナが自身の姿になった風子を壁に押し付け攻撃する光景に何故か全身を駆け巡る血潮が沸騰し、その感覚をさも他人事のように感じていた。
思考や感情といったものがかなぐり捨てられ、ただただシンプルな衝動が風子の姿をしたファンを包み込む。床を蹴り飛び上がるのに合わせ、体を捻り下半身強いては蹴り振り抜く足に力を乗せる。
幸い反撃はおろか防御態勢を取らないジーナを蹴り飛ばすのは容易だった。
「ジー、ナちゃんっ!!」
ジーナの意識が風子の姿をしたファンに向けられたことで、ファンの姿をした風子の拘束が弱まり僅かに出来た隙間から身を捩り脱出すると同時にトレーニングルームの床を思いっきり前へと蹴った。たった一歩されど一歩、強く踏み込んだ足元が浅く床にめり込むも、疾風の如き速さで風子は間一髪自分の蹴りが彼女に当たる前に防ぐことが出来たのだった。
「すごい、あの距離をたったひと蹴りだけで縮めた。流石ファンさんの体って思っている場合じゃない! ジーナちゃん大丈夫? 怪我してない?」
……風子ちゃ、ん?」
未だ呆然としているジーナを庇ったファンの姿をした風子は彼女が怪我をしていないことに安堵し、すぐさま眉間に深い谷間を形成している自分と向き合った。
「ファンさん。これは私とアナタとの手合わせです。彼女を巻き込まないで下さい」
「分かっている、……分かっている」
風子の姿をしたファンは自分のした行動自体を何故か釈然としていないのか殆ど自分に言い聞かせるかたちで二度同じことを言葉として吐き出した。
その後、急遽呼ばれたニコは話を聞くなりジーナに首根っこを掴まれた状態で引っ張られて行き、すぐ戻りますと一言残して風子がトレーニングルームから出て行った。

ぽつねんと残されたファンは、じわじわと死合いが中断されてしまった苛立ちからトレーニングルームに置かれている機材に止まらぬ衝動をぶつけていったであった。