【ファン風】悪趣味にも程がある

わちゃっとさせたかったファン風のお話。無自覚ファン→風子で他風子右CP(フィル風・ジナ風)食い込んでますご注意。※アン風前提のファン→風です。


ニコが所有している数多の研究室がひとつ。誰とも遭遇せぬよう誘導された部屋は大きく二部屋に別れ、隣り合った部屋を隔てる透明な壁と部屋の内側には不壊の特殊コーティングが施されている。
イレギュラーなことが起きない限り物理的破壊が起きない部屋の中心、ファンの姿をした風子と風子の姿をしたファンが仰向けになって手を繋いでいる光景を自分の目で目の当たりにしたニコは二人に起きている不可思議な現状に多大なる興味を抱くと同時に、隣で両手をわなわなさせ滲み出ている威圧感を隠さず、そんな二人を睨み続けているジーナに嘆息を吐いた。
「というか、なんでお前たちまで来てんだ」
「こんな面白イベント見逃したら損でしょ」
当たり前のようにいるシェンのにっこりスマイルにニコが額を押さえ、これまた屈強なシェンの腕に座るかたちで抱えられているフィルに手をずりおろし目元を押さえ項垂れた。
増えている。秘密を知ってしまったメンバーが色々増えている。他のメンバーや職員達に出会わないよう細心の注意を払い研究室に誘導したら如何だ。風子とファンだけではなく、シェンとフィルが扉向こうから現れた瞬間ニコは手に持っていたタブレット端末を床に落とした。
足元から産まれる軽くも硬い落下音。そんな状況を飲み込めず無言で固まり脱力していく己自身をニコは他人事のように捉えていた。

「まあ、まだお前らはいい。まだな……

ニコが目頭を揉み数分前に起きた出来事を押し流す。数回揉み疲れが滲む目でちらりと今度は分厚いが隔てられた部屋の様子を窺えるほど透明性の高い壁に張り付いて離れないジーナの姿にまた目頭を揉む。
かれこれ風子とファンの入れ替わり事故発生時、ニコは急遽風子から区間規制されているトレーニングルームに呼び出され赴き、視界に広がる光景の違和感にすぐさま思考をフル回転させた。
「(そういや、通信機から聞こえてた声。風子にしてはやけに突っ撥ねた言い方だったな)」
何故ファンが組織のトレーニングルームにいるのか、その疑問は目の前で起きている問題よりか深刻ではない。
決して仲間に対して向けない視線をジーナに向ける風子。苛立ちと困惑から興奮冷めやらぬジーナ。それを宥め落ち着かせようとしているファン。ジーナを除き二人から発せられる違和感の気配にニコが口元を隠す。
「あっ! ニコさん待ってました! なんか私とファンさんが入れ替わっちゃったみたいで……
「──だろうな」
話し方、ニコに対しての呼び方は風子そのもの。だが、助かったと云わんばかりの表情を浮かべているファンから出ているので違和感が凄まじい。
その後、件の二人からそれぞれ経緯を訊き情報収集及び元に戻る手立てを探す、までは良かった。
傍迷惑な現象だが解析できれば今後何かに応用や転用が可能。とかくデータがあるに越したことはない。
早速他の連中にバレない内に適当な部屋を押さえて調べるか。そうニコが独り言を呟くより前にジーナが彼の首根っこを引っ掴んだ。
「急かすな。自分の足で歩ける」
半ば諦めきっているニコは、ずんずんと大股で歩き引っ張っていくジーナの行為を責めはしなかった。
はやく二人を元に戻したい気持ちの強さからの行動だろう。フッとその場は笑っていたニコだったが、研究室の扉を潜ってからそんな微笑ましい気持ちは見事に霧散した。



「ずーっと至近距離で圧を掛けられ続けたんだぞ。呪詛の様に早口で延々と。お陰で気が散ってしかたねェ」
ファンとは違う意味で精神疲労で目から生気がやや抜けているニコをシェンはフィルを抱えていない方の手で肩をポンっと労いの意味を込め軽く叩いた。
思考と気分を切り替えべく軽く頭を振るった後、ニコはマイクのスイッチを入れた。
「何がトリガーになったか知らんが、お前たち二人は魂が入れ替わった状態にある。精神の昂りか同調か、はたまたその両方か。とにかく、そいつらが果てしなく近付いた結果起きたのが今回の事故だ」
『果てしなく近付いたって特にいつも通りの手合わせしかしてませんよ?』
透明な壁に隔たれた向こう側の部屋で仰向けになった風子の声をマイクが拾う。
「そこに自覚の有無は関係ない。事実起きてんだ」
『たしかに』

……んで」
ニコの分析に納得して頷く風子。元に戻るなら早くしろの態度を崩さないファン。その二人が一緒に仰向けになって寝ているだけではなく手を重ねている状況を唯一良しとしないジーナの口からぽろり不満が零れた。
震えている唇から零れた声音もまた震え、微かなものであろうとも高性能なマイクは彼女の言葉を透明な壁向こうに届ける。
ファンの姿をした風子がジーナの様子を気に掛け上半身だけ起こした。目くじらを立て睨みつける様に風子がぎょっとするも、その流れ弾はものの見事にニコに当たる羽目になる。
「なんで風子ちゃんと素手で手を繋いでいるの!? 私だってまだ素手で繋いでもらった事ないのにズルイ!!」
後方にいるニコに振り向き様、人差し指を突き付けるジーナの目にはほんのり涙が浮かんでいる。宛ら自分もして欲しいと強請る子供そのもの。
≪不変≫の力を使ってないだけまだマシか、と距離を詰めてきたジーナにぽこぽこ甘んじて叩かれているニコは胸中呟き。
「(ボクも素手で握手してもらった事あるけど黙っておこう)」
シェンはジーナからそっと視線を逸らした。
そんなジーナを宥めるのも落ち着かせるのも放棄したニコは後頭部を雑に掻き説明を続けた。
「手っ取り早いのは同じ状況を再現する事だが──。風子、その時と全く同じ気持ちで同じ事出来るか?」
『無理ですね。今の私ファンさんの体なんで勝手が違って上手く動けないと思います』
「だろうな。で、今回は別方向からアプローチを掛ける。風子上半身寝かしとけ」
『はい』
「まずは素肌同士の接触。簡単に言えばお手軽にお前らの繋がりを強め次の段階に行きやすくさせる」
『次の段階って?』
「オレがこれから調合したガスを充満させる。人体に影響が出ない麻酔ガスみたいなもんだ。眠りにつく瞬間、意識が途切れるか途切れないかを維持しろよ」
『つまり寝落ち寸前を保てばいいわけですね』
「その認識で構わねぇ。抱く感情はシンプルであればあるほど同調しやすくなる。──行くぞ」
ニコの合図を皮切りに無機質な部屋に響く排出音。無味無臭だが、充満していた空気とは違う気体濃度が増すにつれ、ファンの姿をした風子の瞼が早くも閉じかかっている。
朦朧する意識が後ろへ引っ張られ、体の感覚が曖昧になっていく。眠りたいのに眠ってはいけない状況が一番眠気を誘う。
如何にか上瞼と下瞼がくっ付かないよう抗っている様子を風子の姿をしたファンが目だけ動かして見続けていた。大きな目を瞼裏に隠すことなく眺め続けていれば、ファンの視線に気付いたのか不意に風子が顔を向け寝惚けながらに笑みを浮かべる。
自分の顔ながら腑抜けた面だ。風子の姿をしたファンの眉間にやんわり皺が刻まれる寸前、ぼんやりとファンの中にいる風子の姿が顔つきが重なり見えた。とても穏やかな面持ちにファンが目を瞠り、繋ぎ握っている相手の手の力が僅かばかり強まるのを感じた。
「離さないでください、ね……
ファンの鼓膜奥に入り込む風子色の声。聞き馴染みのない柔らかで強さとは対極にある声はファンの頭蓋奥で延々と響き。
「──嗚呼、離さん」
武骨な男の手とは違う鍛えられているも女性らしさを失わない手を固く握り返した。



『おい、気分はどうだ』
夢現、朧気で曖昧だった意識がニコが確認をする声に引き戻される。一度たりとも眠気を自覚しなかったファンの体感時間は瞬く隙も無かったが、風子をはじめとする面々はそうではないらしい。
寝ぼけまなこで目元を擦る風子の姿を視界に捉えるなり、ファン自身も四肢の末端から体の中心へと意識を向け目出度く元の体に戻ったことを確認した。血の巡り、筋肉の収縮、何の澱みなく神経が張り巡らさせ認識できる感覚に懐かしさを覚える。
そして、≪不運≫の力を発動させないため、手袋か布を巻き素肌を晒さない風子の手に直接触れ握っている。何も阻むものがない熱と柔さに名状し難い衝動がやおらファンの握っている手の力を強めた。
揃え畳まれた五本の指が造作もなく風子の手の甲を隠す。親指が人差し指に触れてしまうほど大きさの違いを実感したが、そこから華奢であるイメージは欠片も湧かなかった。ファンの長年鍛えられた厚くなった皮膚越しからでも十二分に分かる。親指の腹で風子の手の甲を撫で伝わる肌触り。一朝一夕で身につくものではない弛まぬ研鑽を積んできた努力の賜物たる感触にファンが薄っすら口元に弧を描いた。
『元に戻ったのならさっさと部屋から出てこい』
「ふぁい」
緊張感なく欠伸を噛み殺した風子が体を起こす。しぱしぱする眠たい眼、覇気のない声にて隣で寝ているファンに対して起きてください、なんて促す前に顰め面の彼は体をとっくに起こしていた。
気分はこれがないと眠れないぬいぐるみを掴んでいるよろしくファンの手を繋いだまま彼を引き連れ隔たれていた扉を二人揃って出た瞬間、風子は閉じかけていた瞼をカっと開けた。
「だめっ! ジーナちゃん来ちゃだめっ!」
言うが否や咄嗟に抱き着いて来ようとするジーナを躱す為、床を蹴れば風子の動きに合わせ繋いだ手を離さずファンも共に飛んだ。眠気もついでに彼方へ飛んで行った。軽やかな身の熟しでの着地は音すら静かで、何なら勢い余って壁に頭から突っ込むのをギリギリ回避したジーナの手がダンっと壁に突いた方が大きかった。
「(へぇ。よく合わせてくるじゃん)」
心底詰まらなそうな顔付。繋いでない方の手を背中に回している割に寸分の狂いもなく風子の動きに合わせるファンにシェンが静かに微笑む。
幼子の駄々こねと大差ないジーナは風子に触れたくて彼女を追いかけ回し、不変の力を駆使しても元の体に戻った二人を捕まえることは叶わず、最終的に研究室を壊すつもりかとニコの怒号が飛び渋々追い掛けるのを一応止めたのだった。
苦肉の策、風子が手袋を付けている方の手でジーナと手を繋いだ。ぷっくり頬を膨らませ不貞腐れているも繋がれた手は解くつもりは毛頭ないらしく、手を握った上でジーナは風子の腕に抱き着いていた。
「さて、問題はこっからか」
その後、ニコの手配で他のメンバーに気付かれぬよう専用ジェット機へ乗り込み組織所有の名もなき無人島に来たまでは良かった。

風子とファンから離れた位置、すぐさまジェット機に乗り込める距離で待機しているニコ、ジーナにシェンとフィル。
その彼らの視線の先では終わりの見えない舌戦が繰り広げられていた。握った手を離さず向かい合うシュールさ。ニコは呆れ、ジーナは口元をぎゅっと結び、シェンは噴き出すのを抑えず、シェンの腕の上に座るかたちで抱えられているフィルは無表情で眺めている。
「ファンさんは≪不老≫の否定者で≪不死≫じゃないんです! 死ぬのでやめて下さい!」
「死なん!」
「死んじゃいます!」
「死なんと言ってるだろう!」
「死にます!」
「くどい! オレは死なん!!」
「いいですか? 今の状況って髪や一瞬素肌に触れたのとはわけが違います。接触時間、接触面積、好感度、どれも前とは比べ物にならない。いくらアナタが頑丈であっても死なない保証なんて何処にもないんです!」
……ッ」
双方一歩も譲らない膠着状態。ビキビキとファンの額には血管が浮かび上がり今にも拳が飛んできそうな気配に風子もまた手を繋いでない方の拳を突き出し身構え始めそうになるのを必死に抑え込んでいた。
どれだけ風子が懸命に説得を試みても一向に首を縦に振らない師匠の姿に弟子シェンがちょっとした悪戯を仕掛けた。
「風子さーんっ!」
フィルを抱っこしていない方の手をメガホンの要領で口元に寄せ叫ぶ。
「なーにー!?」
くわっと目を見開き顔を向け若干キレつつ返す風子に気にせずシェンは続けた。
「今のジジイって初めて会った時よりどうなのー? 好きの気持ち増えてるー?」
シェンのあまりにも場違いな質問にファンとジーナの顔が勢いよく彼の方向へ向けられ、隣でややぐったりしているニコが「もう問題増やすな」と訴えるようにシェンを睨み、変わらず凪いた表情のフィルは何処か楽しそうに笑っているシェンを仰ぎ見ていた。
阿呆なことを抜かす馬鹿弟子に鉄拳を食らわせなければ気が済まない。風子の手を握っていない固く握られた拳がファンの感情に合わせ小刻みに震え、いっそのこと手を繋いでいる相手を引き摺ってでも距離を縮めようとした刹那──。隣から深く息を吸い込む音を耳が拾う。

「当ったり前じゃないですか! だから困ってるんです! 死んでほしくないんです!」

ファン程ではないが大声で素直な気持ちを叫ぶ風子にファンの目がやおら見開いたかと思いきや。
「なら、さっさと終わらせろ」
何の躊躇なくニコが古代遺物≪魂の口径≫を使用した。
「は?」
自分の意思とは関係なく突っ伏す己自身の体を見上げるファンの魂は現状を飲み込めず困惑し、繋いでいた手を離すなり流れる動きで脱力しきっているファンの体を風子はファイヤーマンズキャリーで運び始めた。
「おい待て出雲風子、オレの体を持ってどこに行く」
「ファンさんはそこにいて下さいね」
もう一度風子を引き止めようとしたが、頭上からただならぬ気配が降り注ぎ魂化したファンが空を仰いだ。
赤く燃え盛る砕けた嘗ての地球の欠片たち。空を裂き大地を轟かせ地面を穿ち抉っていく。ファンを中心に降り注ぐ、常人では到底立ち向かう事も敵わない圧倒的な力。それが及ぶ前に風子たちはジェット機に乗り込み離陸した。
小さな無人島を跡形もなく消し去っていく隕石群が落ち着く頃、元無人島があった海域を旋回するジェット機からその様子を眺めていたシェンはその豪快さに口笛を吹き、間髪置かず隣に座らせていたファンの体に魂が戻った瞬間、やや理不尽ともいえる八つ当たりの鉄拳を久方ぶりに食らうのだった。
結構本気の鉄拳にシェンは大袈裟に痛がり、それを真向いの席にフィルを膝上に乗せ座っている風子が真剣で仄かに悲しみ宿る眼差しをファンに向け問い掛ける。
「これでも死なないって言いきれますか」
それはファンにも彼女の隣でひとつの島が消えた事実を目の当たりにして驚愕しているジーナにも言っているように聞こえた。
凛とした声音。片時も逸らされない風子の瞳からファンが視線を彼女の手元に落とす。震えてはいないが、強張っている素肌を手袋に隠した手に目を眇めた。
風子の膝上に抱えられているフィルも風子が変に力を張っているのに気が付いているのか、新緑色の無垢な瞳が彼女を見上げ小さく幼い手で彼女の上着を掴んでいた。
隠しきれない恐怖心を抱いている風子を知っても尚、ファンは一切臆することなく言い放つ。
「全て砕けばよかろう」
『人、やめてんのか』
操縦席に座っていたニコはどうしても突っ込まずにはいられず突っ込み、ファンの言葉を聞いた風子は大きな目を更に丸くさせたあと小さく笑いそのまま大声で笑いだした。
いい具合に力が抜けた風子の目には笑い過ぎたという理由で薄っすら涙が浮かび、その姿を詰まらなそうな目で一瞥してからファンは黒斗雲とはまた違う空をジェット機の窓から眺めたのだった。