【ファン風】悪趣味にも程がある

わちゃっとさせたかったファン風のお話。無自覚ファン→風子で他風子右CP(フィル風・ジナ風)食い込んでますご注意。※アン風前提のファン→風です。


「ジジイ、とりあえず座りなって」
……オレに構うな」
「はいはい」
実に覇気のないシェンを突き放す言葉。本来付き添いなぞ必要としない足元はやや覚束ない。
半ばシェンに誘導されトレーニングルームに設置されているベンチに腰を下ろした途端、風子の姿をしたファンの胸の奥に閊える名状しがたい不快感が精神的疲労を引き連れその存在感を増していく。言葉に出来ない蠢き続ける正体不明のナニカを忌々しげに苦々しく舌打ちするファンを見下ろすシェンの眼差しは何か言いたげなものだった。
「私、お水持ってきますね!」
傍から見ればぐったり疲れてベンチに腰かけている様に、ファンの姿をした風子が飲料水を取りに行くべく踵を返した。間髪置かずシェンの「お願い」を背中で聞きつつ、風子がトレーニングルームに備え付けられてある冷蔵庫へと向かう。
常時中身を補充されている巨大な冷蔵庫はトレーニングルーム入り口横にあり、手慣れた動作で冷蔵庫の扉を開け目当てのペットボトルを取り閉めた際──、音や気配を全く感じさせず静かに佇んでいるフィルの姿に風子の体が忽ち凍り付く。
開けて閉めたら其処に居ました、そんなマジック染みた登場の仕方に中身は風子であるがファンの細い眼が丸く見開かれた。
目と目を合わせ見詰め合う数秒間の体感時間は恐ろしいほど長い。
刹那の時の中、風子の脳内が記憶を巻き戻し再確認を始める。ファンが組織に訪れている為、緘口令を敷いているのは勿論のこと、円卓メンバーや他の事情を知っている者達が鉢合わせぬよう区間通行を制限する指示を飛ばしていた。
やはり、ちゃんとしているやっている。ならば何故フィルは区間通行を制限している所謂立ち入り禁止区間に立ち入れたのかという疑問が風子の口からまろび掛かった。
因みにシェンと鉢合わせてしまったのはファンであり風子である彼女が制限している区間を移動するのに合わせ規制が緩んでいたところをテールゲートよろしくうっかり入ってしまったという話である。
ペットボトルを掴んでいる手が小刻みに震え、めきょりとへこむ音と感触が指先に伝わる。
何か言わなくては、この現状を上手く乗り越える言い訳を何か言わなくては。ファンの姿をした風子の口がはくはく動いているのをフィルの新緑色の無垢な瞳が眺め続けていた。
終わりの見えない睨めっこ。それはトレーニングルーム奥にいる二人の気配を視界端に捉えたフィルが其方へ向かうべく顔を逸らせた事で終わりを迎えた。
軽い足取りでフィルが風子の姿をしたファンとシェンの元へ向かう。
「あ、待ってフィルくん! そっちの私は私であって私じゃないから!」
咄嗟に風子がファンの声帯でフィルを呼び止めた。聞き馴染みのある口調の聞き馴染みのない声音にフィルの足が止まりやおら振り返る。
「すごいフィルくん≪不感≫なのにものすっごく戸惑ってるのが分かる! 気がする!!」
無感情の無表情。相変わらず新緑色の瞳は凪いているが、自分を呼び止めた相手と自分が駆け寄ろうとしていた相手を交互に見比べ、無言で幼く小さな指先を同じく交互に指差した。
そうそう、と。ファンの姿をした風子がフィルに近付き腰を屈め頷く。結局変に誤魔化さず如何してこうなってしまったかは定かではないものの、何故か二人の精神が入れ替わっているのを話せば、納得してくれたのか新緑色の眼差しを逸らさず頷き返してくれた。
次いで皆には内緒だよ、と風子が言う前にフィルは小さな人差し指を自身の口元に当てる。なんて利発な子。
ひとり静かにじーんとしていれば、シェンの気遣う声が風子に掛けられた。風子の意識と視線がシェン達に注がれ、腰を伸ばすと同時にペットボトルを掴んでいない手がフィルの体を徐に抱き上げる。
「(あれ、この体もの凄く自然にフィルくんのこと抱き上げられた? それだけ馴染んだ動きだって、こと?)」
無意識で動いた風子本人が驚き、片手で抱き上げられたフィルは相変わらず無感情な大きな目で風子を見つめ続けている。今更下ろすのもアレなので、ファンの姿をした風子はフィルを抱きかかえた状態でシェン達のもとに戻って行った。
「また秘密知っちゃったメンバー増えたね」
「面目ないです」
「もう如何とでもなれ……
愛想笑いに近しい顔で出迎えるシェンにファンの姿をした風子は肩を竦め、力なく持っていたペットボトルを風子の姿をしたファンに手渡し、ペットボトルを受け取ったファンは半ば投げやりになりつつ蓋を開け乾いていた口の中を潤した。
さてはて如何しようか。そんな空気漂うトレーニングルームで、フィルだけは綺麗に三つ編みされているファンであり風子の尻尾をそっと掴み揺らしていた。



立ったまま待つのは疲れるでしょ。シェンのその一言にファンの姿をした風子が「それもそうか」という顔をしたかと思いきや、どっかりベンチの真ん中に座っていた風子の姿をしたファンを端に追いやる姿にシェンは思わず噴出すのを片手で抑え込んだ。
相手は自分の体なので遠慮せずにやっているのか、はたまた元々の性格ゆえの行動なのか。自分が座る分まで開けてくれた彼女に礼を言い腰を下ろすシェンだったが……。フィルを何てことのないように膝上に抱え直す風子に対して、もの凄く不満げに顔を歪めているファンの対比に我慢できず遂には噴出してしまった。
「そういえば、この件に関してボクら以外の他のメンバーにはまだバレてない? 大丈夫?」
大きなたんこぶを頭にこさえたシェンが風子に問い掛ける。
シェンが己自身とフィルを指差すのを見るなり、風子は天使が通り過ぎるのを見送ってからある種開き直っていると云わんばかりのとてもいい声で返した。
「いますよ。あと二人」
「いるの!?」
「はい」
「よりにもよって、こんな面白い時にバレるなんて流石ボス」
「たまたまですってば! 一人というかニコさんなんですが、今解析をしてもらってて私の方から前もって伝えてあります」
「もう一人は?」
「ジーナちゃんです、うぅ……タイミングの問題できちんと情報統制はされていましたが、区間規制が間に合わず……。しかも、丁度私とファンさんの中身が入れ替わった時に来ちゃって……!!」
「そこまで来ると芸術点高いね」
風子が苦笑を零している傍ら、ファンが不服な面持ちでしてペットボトルのキャップを締めた。
へんてこな光景にも大分慣れ始めた。ひとり頷くシェンだったが、気落ちしている風子の頭を慰めているのかフィルがよしよしと撫でているという、傍から見ればファンが撫でられている光景に幾度目かの笑い出したくなる気持ちをグッと抑えているが、大半を抑えきれず体が小刻みに震えてしまうため意識を逸らすべく話題を振る。
「そういえば彼女の姿見当たらないけど?」
「あ。ジーナちゃんなら、」
風子の言葉を遮るかの如く、通信機の無機質なコール音が鳴り響く。鳴っている通信機は風子の姿をしたファンの首元からで、ファンの姿をした風子の指がちょいちょいと操作方法をファンに教えた。
無視するわけにもいかず、ファンは教えられた通りに指先を動かしてコールに出た。
『風子』
「オレは出雲風子ではない」
ファンが風子の声帯で即否定をするのを想定していたのか、ニコは特に何も突っ込まず、また風子がファンの声帯で代わりに話をし始めるのにもとかく気にしていなかった。
身を乗り出しエンブレムを象った通信機に話しかける風子にファンは思いっきり眉根を潜め、その身をやや彼女からズラすように傾けていた。
「私とファンさん、元に戻れそうですか?」
『当たり前だ。準備も整ってるはや、』
『はやく来て風子ちゃんっ!!』
突如割り込んできたジーナの大声がファンの耳を劈き、すぐ隣で聞いていた風子にも耳鳴りを齎した。
興奮を隠さず急かす声音。とびっきり切羽詰まった様子が通信機越しに伝わってくる。
通信機の向こう側にいるニコと、トレーニングルーム側にいる風子がそれぞれジーナを落ち着かせようとするが焼け石に水。
そして、下手に何かを言った途端火に油を注ぐのを察してかファンは先の発言以来固く口を閉ざし聞き役に徹していた。