【ファン風】悪趣味にも程がある

わちゃっとさせたかったファン風のお話。無自覚ファン→風子で他風子右CP(フィル風・ジナ風)食い込んでますご注意。※アン風前提のファン→風です。

はじめにシェンが抱いた気持ちは単純な物珍しさだった。
険しい山岳地帯を縄張りとしている猛虎が人里に降り闊歩している。そんな幼少期から変わらず見慣れた後ろ姿を自身が属している組織内で見付ければ興味が嫌でも嫌じゃなくても湧くというもの。
鍛えられた背中から垂れ下がり歩くのに合わせ揺れ動く三つ編みの尻尾。そこはかとなく普段よりヒリついた雰囲気が柔らかい気がしなくもないが、気にせずシェンは気配を消して背後に忍び寄る。
「(風子さんが此処の場所を教えた時からいつか来ると思ってたけど……)」
思ったより早かったな。一人納得するシェンの脳内は、事あるごとにボスの名前をフルネームで叫び彼女との死合いを望み続ける育ての親であり師である≪不老≫の姿で犇きあっていた。
瞬く間にシェンの面持ちが渋くなるも、あともう少しの距離まで近付いた彼の瞳は子供のような純粋さを宿している。
殺意も何も無い。ただ驚かすだけに繰り出した空を切るシェンの拳を≪不老≫の否定者であるファンは必要最低限の動きで拳を避けるだけではなく払い除けたのだった。
体を拳の軌道に合わせ半回転することで躱し、拳を放つ相手と拳をねめつけるファンの姿がシェンの口角をつり上げさせる。
相変わらずのおっかなさ。たった一動作の凄みだけで周囲を漂う緊張感がグッと増し──、ふわり舞っていたファンの三つ編みが重力に引かれ再び垂れ下がるのに合わせ漂っていた緊張感が呆気なく霧散した。

「シェンさん!? あー吃驚した。急に後方から気配を消して近付いてくるから誰かと思った」

四六時中眉間の皺が消えることのないファンが安堵したと云わんばかりに胸を撫で下ろす表情や姿もそうだが、その普段から決して聞かない聞きなれない言葉遣いがシェンの体に感じたことのない寒気を駆け抜けさせる。
「え、ジジイ気持ち悪い。なに? 風子さんとの手合わせで頭でも打った?」
シェンは自分の内側から湧き上がる想いを素直に舌先乗せ言葉に綴れば、これまた今まで見たことのないリアクションを目の前にいるファンが取った。
両手のひらを前に突き出して頭を左右に振う。その至極似合わない仕草にシェンの表情が引きつる。
「たしかにファンさんと手合わせをしましたけど、特に頭は打っていないかなあ」
此処にきて後ろ姿を見た時からシェンの中に燻っていた違和感が勢力を拡大する。
今も目の前で後頭部を掻く動きもそうだが、ファンの厳めしい顔付に見知った人の面影がチラつき過っていった。
「──もしかして、風子さん?」
「わっ! すごい! よく分かりましたね」
自信なく指した人差し指。そんなシェンに風子だと言われたファンの目が当てられた喜びに瞬き、そのあまり見ない見慣れない正直見たくなかった姿にシェンの口から「わー」と気の抜けた声が間延びして漏れていった。



幼き頃から横に並んで歩く機会が殆ど無かった故に今自分の隣を穏やかな空気を纏い歩くファンの姿にシェンから未だに違和感が抜けない。もっともファンの姿ではあるものの、中身が風子なので正確に並んで歩いたカウントには入らないが。
「つまり……。ジジイとの手合わせ中、如何いうわけか分からないけど中身が入れ替わったってこと?」
「そうですそうです」
ファンの姿をしている風子から聞いた事の顛末は実に信じ難いものだった。
これはシェンの主観になるが、風子が拠点とする場所を良くも悪くもファンに知られてしまった為、一定の間隔を開け組織内に押し入っては彼女と手合わせをしていたらしい。
しかも、風子も風子でファンに対して自由に出入り可能の許可を与えているのか何なのかで、風子が組織内にいる場合に限り実質上好きな時に襲来しては満足するまで手合わせして帰っていく、らしい。
「(ジジイ……)」
深い溜息を吐くシェンに気付かず、ファンの姿をした風子は話を続ける。
ファン襲来に置いて緘口令が意図的に敷かれ、彼が組織内に訪れているのを知っている者は片手で足りる程度。特に円卓メンバーにはひた隠しにしていたという。
「どうしてボクたちには内緒なの?」
極々当たり前なシェンの疑問。その理由を知らないわけではないファンの姿をした風子の目が分かり易く泳ぎ、やんわり答えるのをお断りするべく開いた口に合わせ彼は≪不真実≫を発動させた。

──オレがお前たちの仲間になったと勘違いされたくないからだ

一言一句。こういう時に限ってファンらしい声色と言い回しをする風子にシェンは目元を手で覆い天を仰いだ。
「(ジジイッ!!)」
此処までくれば不器用とか素直じゃないレベルを疾うに越している。いっそ諦めろと胸中愚痴らずにはいられないシェンの隣でファンの姿をした風子は秘密にしていた事喋ってしまい一人慌てふためいていた。



「で、そのクソジジイ今どこにいるの」
「あ。それはですね……
精神的な疲れが癒えてきたシェンは行き先を聞かず、ただファンの姿をした風子について歩いていた。
そして、恐らく目的地であろう場所が近付くにつれ何かが豪快にぶつかる衝撃音が天井や壁を震わせ小さな塵をパラパラと零していった。
言い表し難い嫌な予感にシェンの額から冷や汗がじんわり滲む。大きく開かれたトレーニングルームの入り口から見える鬼神の如き威圧感を放つ後ろ姿、シェンは自身の抱いた嫌な予感は間違いではなかったと思い知らされるのだった。
「謀ったなあ!! 出雲風子!!」
「いや、今アンタが風子さんだよ」
「あ゛?」
大声を出して叫ぶ者が憤りに身を任せ振り抜いた拳がサンドバッグにめり込むなり、サンドバッグが断末魔を上げ腹の中の砂をばら撒き、その短いサンドバッグ人生に幕を下ろした。
シェンの冷静な突っ込みを背中で聞くなり、熱気を立ちのぼらせている風子──の姿をしたファンがやおら振り返り彼女の大きな瞳がシェンを射殺す勢いで睨みつけた。
今後見ることがあるか如何か。青筋を立てた風子の面持ちは確かにファンの面影があり、自分の横にいる困った笑みを浮かべているファンの姿にシェンは本当に二人が入れ替わったのだと改めて理解したのだった。