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柚鈴
2024-02-28 13:01:32
14346文字
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でぃあぷろSeason2 精霊
解説
①プラトンのイデア論と洞窟の比喩、バークリーの「存在するとは知覚されることである」という考えを借りてきてます!idealの語源がイデアなの知ってにこにこしちゃった☺️
②前史Season2のラストをイメージしながら書いてます!
③知っちゃった共和国アイドル視点です!ノリが軽くて無責任な女子高生、をイメージして書きました。可哀想。
④Cogito, ergo sum.:デカルトの「我思う、故に我あり」です。序盤理屈っぽい話ばっかりでごめん…;;同一性の話とか過誤記憶の話とかは下調べしてから書いたつもりだけど、間違ってるところがあれば申し訳ないです!精霊パワーということで…
⑤ミザリーちゃん初出&精霊の分裂匂わせ回です。帝国精霊さん、湿度高くて可愛い。やってることは全然可愛くないですが。
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篝火のように点々と連なる鮮烈な赤が、夜更けの軍基地を染め上げていた。
風に煽られて揺れる光が、立ち尽くす少女の長い黒髪を照らす。火の手は彼女の足元まで迫り、黒い軍服から伸びた手足は立ち上る黒煙に汚れている。それでも少女は、惨めたらしいその姿に構うことなく、よく似た衣装を纏うアイドルに向けて手のひらを翳した。
戦火によって生じた混乱の渦中、仲間を見つけて安堵したのか、アイドルの表情が仄かに綻ぶ。自分よりずっと幼く見える少女に、手を差し伸べようとして──それより先に、少女が口を開いた。乾いて荒れた小さな唇から、平坦な声が漏れる。
「
怒りの日
コンフターティス
」
掠れた詠唱に呼応して、閃光が爆ぜた。少女が伸ばした指先の延長線上、軍基地を守るアイドルの鎖骨辺りに、赤い光がゆらりと透ける。灯った火種が皮膚に達するまで、瞬きひとつもかからなかった。呆然と自分の胸元を見下ろしたアイドルが、己の状況を認識するよりも先に、喉が裂けそうなほどの悲鳴を発する。恐怖、焦燥、苦痛。あらゆる感情が綯い交ぜになった、命乞いにも似た悲痛な叫び声。それが断末魔に変わるまで、さほど時間はかからなかった。
アイドルの胸元に宿った小さな炎が、舐めるように肌を伝っていく。全身を溶かすように広がる熱、焼け爛れて伸びた皮膚。炎を消そうとしたのか、それとも痛みから逃れようとしたのか──もはや意味も失った絶叫を上げながら、軍人としての誇りも投げ打って、少女が煤けた地面をのたうち回る。それでも燃焼の勢いは止まらない。転がる少女の身体を包む炎が、皮膚を、髪を、臓腑を、無惨に食い荒らしていく。崩れた身体の破片が真っ黒な炭状の塊になり、分解されて灰に変わっていく。やがて痛ましい悲鳴は止んで、アイドルの残骸を焼き続ける炎だけが、暗い空を煌々と照らして広がり始める。
そんな目を覆いたくなるほどの惨状を前にしても、元凶の少女は顔色ひとつ変えなかった。自らの引き起こしたグロテスクな光景には露ほどの関心も向けずに、凪いだ瞳で次の獲物を探している。まるで容赦のないその様に、古代のサクリファイスのようだ、と精霊は微かに口元を緩めた。破壊を己の本分だと知っている、無感情な殺戮兵器。あらゆる意志が削ぎ落とされた人形のような彼女も、もともとは普通の人間だった。家族と花を何より愛する、心優しい少女だった。今となっては誰も知らない、人間たちの生んだ悲劇の物語だ。
「最近、その子お気に入りだよね? そいつを依代にするの?」
鑑賞に来ていた片割れが、不思議そうに首を傾げた。依代──復活した神様の器を探すことが、百年という短い時間のうちに課された精霊の任務だ。砂時計の砂がほとんど落ちきった今、精霊は依代候補の選定作業にあたっていた。
「いいえ。彼女は少し、攻撃性が高すぎるので」
「ふーん。じゃあ、そのうち使い捨てられるんだ。かわいそ〜」
一瞬で興味を失ったように、片割れが少女──ミザリーから視線を外す。周囲はどこも眩い炎に包まれていて、変わり映えのしない赤ばかりが並んでいる。建物や人間の焼け朽ちる音、数秒おきに途絶える悲鳴。似たような場面の連続に飽きてきたのか、彼女は先程から結った髪を忙しなく指先に巻き付けている。
「それより。依代候補は、きちんと管理できていますか?」
退屈そうに欠伸を始めた片割れに向け、咎めるような声を零す。この百年で集めた依代候補は数百体に及び、最初の廃教会では管理しきれなくなっていた。ゆえに、その一部を別の場所に移し、片割れに預けることにしたのだ。
「管理
……
? あー! うんうん、ちゃんと覚えてるよ! バッチリ教会に置いてるから!」
僅かに視線を泳がせた片割れが、任せて、と言いたげに親指を立てる。どうにも不安になる返事だが、いくら刹那的な言動の目立つ彼女といえど、神様からの命令を疎かにすることはないだろう。
「お願いしますね。あとは、最後の仕上げを残すのみですから」
この数年で繰り返してきた実験が功を奏したおかげで、依代候補の調達手法は確立された。神様が宿るにあたって邪魔となる、少女の自我を葬ることが可能になった。依代の役割は、神様の器だ。必要となるのは、純粋な肉体のみ。そこに数滴でも少女の思念が残っていると、異物である神様を拒絶して、魂が混ざらなくなってしまう。だから不純物たる少女の自我は、欠片も残さず潰さなければならない。精霊にとって都合のいい、空っぽの人形を作らなければならない。
燃え盛る炎の向こうに、虚ろな眼差しで殺戮を続ける少女の影が映る。誰も彼も、殺し尽くしたい。祖国に復讐したい。そんな願いを抱く彼女は、典型的な失敗例だ。憎悪の感情が強く残りすぎていて、ただ破壊を繰り返すだけの装置と化してしまった。記憶も意志も失ったとはいえ、これほどまでに元の人間の感情が残っていると、依代にするのは難しい。
跡形もなく自我を消すためには、やはり本人にそう願わせるのが最善なのだろう。取り返しのつかないことをした、いっそ死んでしまいたい。この世界のどこにも居場所がない、今すぐ消え去りたい。そんな希死と絶望を抱えた少女たちは、いとも容易く身体を開け渡してくれる。中でも綺麗に自我を消せるのは、特定の個人に強く執着している人間だ。相手は死んだ、愛する人はお前が殺した──そんな偽の記憶を植え付ければ、驚くほど簡単に絶望して、自我を手放してくれる。そうした個体を複数揃えて値踏みして、依代を選定するのがもっとも費用対効果が高い。今のままでも十分数は揃っているが、保険をかけてもうしばらくは候補集めの日々が続くことだろう。
すべての準備が整えば、あとは運命どおりに滅びを待つだけだ。精霊は姿を消して、世界に幕が下ろされる。神様の望むがままに、終着が訪れる。
「
……
つまんないね」
断続的な悲鳴に目を細めて、冷めきった表情で片割れは告げた。興が削がれたような眼差しのまま、ふらりとその場を後にする。瞬く間に黒煙が立ち込めて、彼女のいた空間を薙ぎ払った。いつもの気まぐれだ。そう理解しているはずなのに、妙に心が波立って仕方ない。落胆したような彼女の声音が、耳にこびりついて離れない。
片割れの意図を汲み取れないのは、今に始まったことではなかった。この世に生を受けてから百年弱、二つのメトロノームがずれていくように、彼女を別の存在だと感じることが増えた。それでも些細な差には目を瞑って、気付かないふりを続けてきたけれど──誤魔化し続けて溜まった歪みが、とうとう臨界点に達した。彼女は、かつての片割れではない。薄々抱いていたそんな違和が、ついに決定的になったような気がした。
──それでも、精霊の為すべきことは変わらない。
一人が二人になったところで、神様から与えられた使命が揺らぐわけではない。それは片割れだって、重々承知しているはずだ。これまで通りに任務を果たせるのであれば、自我の分裂など瑣末なことにすぎない。
そう自分に言い聞かせながら、片割れの消えた空間に視線を送る。夜をも遮る灰色の塊は、まるでかつての怪物のようだった。
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