柚鈴
2024-02-28 13:01:32
14346文字
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でぃあぷろSeason2 精霊

解説
①プラトンのイデア論と洞窟の比喩、バークリーの「存在するとは知覚されることである」という考えを借りてきてます!idealの語源がイデアなの知ってにこにこしちゃった☺️
②前史Season2のラストをイメージしながら書いてます!
③知っちゃった共和国アイドル視点です!ノリが軽くて無責任な女子高生、をイメージして書きました。可哀想。
④Cogito, ergo sum.:デカルトの「我思う、故に我あり」です。序盤理屈っぽい話ばっかりでごめん…;;同一性の話とか過誤記憶の話とかは下調べしてから書いたつもりだけど、間違ってるところがあれば申し訳ないです!精霊パワーということで…
⑤ミザリーちゃん初出&精霊の分裂匂わせ回です。帝国精霊さん、湿度高くて可愛い。やってることは全然可愛くないですが。


「真実の愛って、なんだと思う?」
 空想の世界に耽溺したロマンチストじみた問いかけに、精霊の半身は呆れたように目を細めた。足元に伸びた大理石の床には、錆びた赤銅に似た色の血痕が点々と散っている。硬い靴裏で散々踏み躙られ、乾いた跡になって張り付いたそれは、まだ微かに惨劇の匂いを残していた。埃の積もった聖職者の墓場には、少々似つかわしくない話題だ。だが墓場の作り手である精霊にとっては、場所と話題のミスマッチなど取るに足らない些事だった。精霊はいかなるときでも、刹那の快楽を追い求めている。カミサマに逆らう意思が芽生えないよう、そういう風に造られたからだ。だから何にも憚られず、常に己の望みを叶えようとする。否、望みと呼ぶには些か儚すぎるかもしれない。瞬きの隙間に消えてしまうような衝動性の欲望を、精霊は丹念に掬い上げるようにして生きている。だから精霊の片割れが愛の話を持ち出したのも、文脈のない気紛れにすぎなかった。
「どうして、そんなことを聞くんです?」
 答えを探すよりも先に、尋ねられた側の精霊は反射のように応答した。筋書きの決まった芝居のように、淡々と言葉が流れていく。永遠のような時間を潰すための、溜息の代わりみたいな会話。意味はないし、意義もない。物理法則に従って、虚しく空気が揺れるだけだ。
「この間見た、アニメ……?に出てきた! 愛してるから、愛してる形のまま終わらせたくって、愛する相手を殺すんだ! すごく嬉しそうに、幸せそうに。人間って変なの!」
 邪気のない笑顔を浮かべて、話を振った精霊が言葉を続ける。有史以来の悲惨な戦時下にも関わらず、向こうの国では娯楽に身を浸す余地があるらしい。巨大な欺瞞が作り上げた、束の間の幸福だ。可憐な少女たちを騙して続けられる平和は、きっとそう長くは保たない。人知れず葬られた偶像の亡骸が、いずれ真実を暴き出すだろう。そうして綱渡りのように成り立っている人間たちの娯楽から、半身は貪欲に知識を吸収しているようだった。特に史実を元にしていると謳うアイドルアニメがお気に召したらしい。すべてを知っている精霊からすれば、出来損ないのパノラマを眺めている感覚に浸れるからだろう。
「愛する人を殺すのが、真実の愛? それが一方的で傲慢な押し付けでも?」
 朗らかに旋律を紡ぐように、片割れが問いかける。一片の悪意もないその眼差しには、人間が蜻蛉の死骸を目にしたときのような、ささやかな慈愛の色さえ滲んでいた。彼女は少し、人間が好きなのかもしれない。救いようのない惨さと愚かささえ、愛おしく思い始めているのかもしれない。
「さあ、分かりませんが。そういう人間が本当に愛しているのは、自分自身なのでは?」
 愛する相手が人間でも、偶像でも、幻影でも。「××を愛している自分」という虚像を、何より愛しているのではないか。だからその対象が、形を変えたら困るのだ。愛したいと思える形でなくなったなら、折角生み出した虚像も儚く霧散してしまうから。自分が愛せる形を保ち続けてくれないと困るのだ。だから、殺すという選択をした。相手が死ねば、その印象が塗り替えられることはないから。思い出は汚されないまま、愛せる形で残り続けてくれるから。ここまで大切に育ててきた愛情が擦り減って、床に落とした卵のように割れてしまう前に、自分の手で始末をつけようとした。そうすれば、ずっと愛する虚像を守り続けていけるから。愛した人との愛しい記憶に浸って、唯一無二のアイデンティティを失わずに済むから。生まれた意味も生きる理由も見失うことなく、ファッション悲劇を纏っていられるから。
「彼らにとって大切なのは、愛する人そのものではなくて。自ら手をかけて育んできた愛情──あるいは、その愛情を抱いた自分自身こそが、守り続けたい対象なのでしょう」
「愛情は、目には見えないのに?」
 心の底から不思議そうに、半身が尋ねる。人間はいつでも、形のないものばかりを求める。存在を証明出来ないものばかりを追い続ける。正義。真理。意志。幸福。理性。愛情。誰の目にも見えないものを、当然のように受け入れている。「存在する」という仮定を共有して、何十世紀にも渡るごっこ遊びを続けている。子供のお遊戯と何ら変わらない。
「形のないものだからこそ、欲しくなるのかもしれません。所詮はすべて、自己満足の範疇なんでしょうけれど」
 人間の生なんて、初めから終わりまで自己満足のようなものだ。身勝手に産み落とされて、仮初の意志を信じて生きている。形を変えるには大きすぎる世界の中で、自分なりの理由を見出そうと生きている。幸せを求めるのも、苦しみに耐えるのも、何かを生み出すのも、神を信じるのも、すべては自分が報われるためだ。いつの時代も人間は、壮大でちっぽけな自己満足の中に生きている。誰かを愛するのも、愛している人を殺すのも、愛する人のために死ぬのも、結局は自分のためだ。

「それじゃあ、その自己満足が叶わなかったら? 変わっていくことを止められなくて、愛せなくなったら?」
 指先を遊ばせるように、精霊が言葉を紡ぎ出す。愛していたものを、愛したかったものを、愛せなくなってしまったら。精霊は痛いほどに、その顕著な例を知っている。カミサマも、その似姿である人間も、結局は同じなのだと思い知らされる。この世界はカミサマの心臓の縮図なのだと再確認させられる。
「指をさして、笑うんですよ。あの葡萄は酸っぱいに決まってる、って」
 届かない木の上を眺めて、孤独な狐は吐き捨てた。その仮定を合理化と呼んだのは誰だったか。本当はそれが欲しかったのに、元々はそれが大事だったのに、手に入らないから見下すのだ。愛せないから他責するのだ。瘡蓋になれない傷口を、痛くないふりで誤魔化すように。
「それって、なんだか心中みたい」
 そう告げたきり、片割れは口を閉ざした。彼女の言葉の意味を掴みあぐねて、暫く思案する。愛した心と一緒に、対象を自分の中から消してしまうからだろうか。それも、愛かもしれませんね。真意が分からないままに、適当な言葉を返す。片割れが何を考えているのか、徐々に分からなくなってきている。果てしなく長い時間をかけて、精霊という自我が剥離を起こしている。それが仄かに恐ろしくて、見ないふりをした。そうすればすぐに、不安の影は消えてくれたから。カミサマが命じているみたいに。精霊が一人でも、二人でも、何も変わりはしない。精霊という存在の前提からして、共通項は残り続ける。刹那主義に身を浸しながら、世界を見下し滅ぼそうとする。カミサマを裏切ったこの世界は、見るに堪えないほど醜く歪んでいる。それが、眠りについた創造主の意志だ──なんて。目に見えないものを信じているのは、人間も精霊も同じだった。そう定義しないと語れないものがある以上、存在すると仮定する以外に方法はないのかもしれない。この世界は滅びるべきものだ。そう願ったカミサマだって、酸っぱい葡萄を見ていたのかもしれない。ふと浮かんだそんな思考に、乾いた笑みが浮かんだ。それがどんな類の表情なのか、自分でもよく分からなかった。冷笑だろうか。失笑だろうか。それとも自嘲だろうか。答えを求めて窺うように、隣に立った精霊に視線を向ける。無意味な瞬きが跳ねた。扉の閉じられた廃教会は、高い窓から降り注ぐ月光のみに照らされている。長い睫毛に瞳が翳って、片割れの表情を読み取ることは出来なかった。