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柚鈴
2024-02-18 17:19:51
23129文字
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でぃあぷろSeason2 有志合唱SS
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⑥みまま
静寂に満ちた伽藍堂の部屋に、涙色に似た月明かりが掠めた。不自然に瞼が重くて、誤魔化すみたいに瞬きを落とす。睫毛に溜まった水滴が、はらりと零れた。頬を伝う液体に温度はなくて、まるで他人事みたいだった。濡れた視界に掻き消されるように、明かりが消える。微かに軋むような音を立てて、背後の扉が閉じられたのが分かった。いや、扉は初めから閉じられていた? 数分前のことが思い出せなくて、胸を掻きむしりたくなるような切迫感に駆られる。ひとりぼっちになってしまったようで、いてもたってもいられなくなる。閉じ込められている、という自覚が生んだ衝動。先の見えない暗闇のなか、徐々に輪郭が結ばれていく。光のない部屋に目が慣れて、ぼやけた肖像が意味を持ち始める。部屋の中央には、一人の少女が立っていた。凛と背筋を伸ばして、泣き出しそうに俯いている。気丈にも気弱にも見える奇妙なアンバランスさを帯びた彼女の姿は、「孤独」という言葉をそのまま絵に描いたかのようだった。孤高ではない。寄る辺なく彷徨っている、悲しいひとりぼっち。凍えるような夜の海に、今にも流されそうに立っている。止まない雨に打たれながら、曇天の下に佇んでいる。そんな類の孤独だった。肩口に切り揃えられた髪が、闇に溶けるように揺れる。宝物を抱きしめる子供のように、少女の手には砂時計が握られていた。下を向いたままの少女が、僅かに言葉を滲ませる。聞いて。ミアの耳元で、誰かが叫んだ気がした。聞いて! 受け入れて! 無視しないで! 我儘みたいな声に背中を押されて、思わず少女に一歩近付く。硬い床に反響して、足音が響いた。その音が合図だった。何もなかったはずの部屋に、突如として質量が増す。進もうとした道が塞がれて、爪先が何かを蹴る。背筋が粟立つような、嫌な感触がした。靴の裏が温い液体に濡れる。水よりも粘度の高い、纏わりつくような感覚。深い夜に呑まれた部屋では、すべての色は灰色に転化する。それでも否応なしに、液体の色が察された。薔薇よりも深い赤が、瞼の裏に焼きつけられる。闇に包まれた視界に、凄惨な予感が飛び込んでくる。目を逸らそうと視線を下げた先で、開いたままの双眸と目が合った。感情のない水晶玉のような、透明な半球。端からじわじわと濁っていく。動かなくなった、少女の身体。打ち棄てられた亡骸。そう理解するためには、しばらくの時間を要した。あれも、それも、これも。静謐な部屋を満たす、少女たちの骸。溢れ出した液体に塗れているものもあれば、朽ちかけて白い塊が覗いているものもある。恐怖で身が竦んで、逃げ出しかけて、気が付いた。光を失った少女の瞳に、ミアは見覚えがあった。長い髪を一つに結って、意志の強さを示すように口元を引き結んでいる。虚ろな暗闇を反射するだけの双眸に、ミアは気付けば駆け寄っていた。レイラ。ミアに夢を叶える力をくれた人。世界で一番、憧れのアイドル。見間違うはずがない。だけど、どうして。シトリンの瞳を開いたまま、レイラに似た少女は静かに呼吸を止めていた。心臓の辺りに開いた傷口から、止まることなく血が溢れ出している。レイラさん。レイラさん! 呼びかけようとして、声が出なくなって。せめて瞼だけでも閉じようと、彼女の顔に手を伸ばしかけて。幼い声が、脳を揺らした。
「もう一回」
砂時計の少女の声だ。そう気付くのは容易だった。部屋の中心に立った彼女以外には、僅かな生の気配もなかったから。狭い部屋に反響して、呪いのような短い言葉が何度も繰り返される。
「もう一回」
「もう一回」
「もう一回」
彼女の声を合図にするように、言葉が放たれるたび部屋が圧迫される。積み重なった亡骸が増えていく。べしゃり。くぐもった音を立てて、小さな部屋に無数の死が溢れていく。どの少女も、ミアの知る面差しをしていた。音も匂いもなく、死体が灰になって崩れていく。床を濡らす液体だけを残して、骨だけが残る。様々な死の形を、繰り返し見せつけられる。理解の及ばない光景に、心臓が痛いくらいに警鐘を鳴らした。静けさが反転した耳鳴りが止まない。もう一回。もう一回。もう一回。何度も何度も何度も何度も、呪いのような声が繰り返される。空気が震えるたびに、立ち眩みのように視界が歪んだ。思考が掻き乱されて、逃げ出したくて、叫び出したくて。だけどその場に縫い止められたように、足が動かなかった。部屋が揺れる。そこにあるはずのない光が、視界の隅にちらつく。自分も、ああなるのだろうか。足元に無数に転がった、無惨な亡骸に転じるのだろうか。無情な声は絶え間なく繰り返されて、徐々に視界が狭まっていく。目の前の景色が収縮して、暗転する。先の見えない暗闇に、何もかもが飲み込まれていく。
瞼の裏に灯った光が、ミアに目を醒させた。変わらず視界は暗いままで、眩暈がしそうになる。目の前を塞いだ分厚い扉に、呼吸が重くなった。先程までと変わらない部屋だ。泣き出したい心を堪えて、ぎゅっと両手を握りしめる。ひんやりとしたガラスの感触に、心臓が冷たくなった。下を向いて予感を確かめようにも、固定されたように首が動かない。閉ざされたままの扉から、目が離せない。深い海の底へと落ちては沈んでいくような浮遊感。欠け始めた満月の影の部分は、きっと同じ痛みを覚えていることだろう。自分が削られていくような恐怖と焦燥。誰か、気付いて。私はここにいるよ。ほとんど無限に近い死が重なった部屋の中、ひとりぼっちで立ち尽くす。誰かに観測されなければ、少女たちの死は確定しないのだろうか。見つけてほしいような、見つかりたくないような、不均衡で矛盾した衝動。叫び出す代わりに、唇から零れたのは呪い。
「もう一回」
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