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柚鈴
2024-02-18 17:19:51
23129文字
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でぃあぷろSeason2 有志合唱SS
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④夜明けと蛍
幽霊なんて、信じていなかった。
ほとんど永遠みたいな星々から見下ろせば、ひとの命なんて泡沫と同じ。波に呑まれて、風に吹かれて、瞬時にぱちんと弾け飛ぶ。跡形もなく。溶けて消えて、見えなくなって、世界のどこにも残らない。消えてしまった蝋燭の炎や、街中に紛れた海の匂いみたいに。ひとは、灰にさえなれないのだ。意思を持った浮遊物として、この世に残れるはずがない。命の終わりと一緒に、魂に似た部分が霧消する。そうしたあとは、肉体なんてなんでもないのだ。かつてひとの形をしていただけの、ただの容れ物。どこかで焼かれてどこかに埋められて、いつかは目に見えない粒子に変わって世界を巡る。知らない誰かの一部になる。そんな不確かで移り気なもの、命と呼べるはずがない。ただの有機物のかたまりだ。もしくは生物学的なヒトの残滓だ。思念はない。そこに、命はない。ひとをひとたらしめているもの、魂とか心とか呼ばれるもの。死んだらそれは、どこにもなくなってしまうのだ。残るものなんてない。亡骸が残っていたって誰もラザロにはなれないし、未練があっても現世には留まれない。ずっと、そう思っていた。幽霊なんて、いないはずだった。
「
……
ユウ、ハ?」
発した声が掠れた。目が眩むほどの光を湛えた暁の空が、呼んだ名前を端から焼いてしまったみたいだった。朝焼けを透かして、白い長髪が靡く。向かいの部屋のカーテンは、閉め切られて重く凪いでいた。ユウハは、そこにいた。紺色のカーテンの先で、眠っているはずだった。だから、きっと白昼夢だ。朝に弱い彼女が、ここにいるはずがないから。夜の終わりに居心地悪く揺蕩うように、少女の姿が宙に浮いている。上に向かって伸ばした右手は、虚しく空中を掻いた。夢だという証明か、それとも反証か。ここにいるはずのないユウハが、柔らかに微笑む。その身体は、空気に溶けるようにして透けていた。
「久しぶり、シノ」
変わらない声が、歌うように告げる。震えた空気はすぐに元の姿を取り戻し、静寂が二人の間を満たした。引き攣った喉が、言葉を奪った。ベランダの淵に、朝露が落ちる。だってそんなの、まるで幽霊みたいだ。確かめたいことはたくさんあったのに、泣き出しそうな臆病が邪魔をした。なんで。どうして。そこに続く言葉も分からないまま、疑問符だけが頭を巡る。空気を揺らせば、そのままユウハが消えてしまいそうな気がした。風の吹く日に浮かべたしゃぼんだまのように。黙り込んだシノに眉を下げたユウハが、微かに口元を動かした。何かを呟くように。それは声にはならなくて、歌よりも儚く消えてしまう。息の詰まりそうな眼差しだけが本物だった。少しずつ、ユウハの姿が遠ざかる。まるで天に還るみたいに、高く昇っていく。屋根まで飛んで、壊れて消えた。幼い日に歌った無邪気な童謡が、ふと脳裏を過る。心臓が焦げつくような痛みを訴えた。ユウハの姿が遠のいていく。どこまでも高く、透明になっていく。朝の訪れに溶けるように。
「待って、ユウハ
……
!」
ようやく吐き出した声が、シノの背中を押した。ベランダから身を乗り出して、ユウハを引き止めようと必死に手を伸ばす。浅い呼吸のせいか、冷たい汗が首筋を伝った。見上げた先の表情は読めず、それが悲しくて躍起になる。ユウハの足下を指先が攫い、ふっとシノの爪先が浮いた。空へ昇っていく風船の紐を、掴み損ねたみたいだった。体重を支えるものが消えて、かろうじて保たれていたバランスが崩れる。心臓が宙ぶらりんになったみたいな浮遊感。届いた。そう思えたのは一瞬だった。無慈悲な重力が、シノを現実へと引き戻す。生きている証拠のような自由落下。ユウハの影は地面になくて、諦めに似た感傷が胸を衝いた。朝焼けに透けるユウハとの距離が、段々と遠ざかっていく。ユウハ。ユウハ。悲しげにこちらを見下ろす彼女の表情だけが、瞼の裏に焼きついた。また、離れ離れになるのかな。暮れていく意識の隅で、そんな嘆きが零れる。でも、もしもユウハが幽霊だったら、きっとすぐに会える。今度こそ、二度と離さない。そんな祈りを最期に、しゃぼんだまが弾ける。
──そこで、目が覚めた。
瞼の端に、涙の跡がこびりついている。机上のスケッチブックが、シノを手招いた。嫌な夢を見た気がする。ユウハが、どこにもいなくなっちゃう夢。覚めることが出来て、ほんとうによかった。まだ指先に残ったままの恐怖を拭ってほしくて、シノはベランダの先に目を向けた。今日も、ユウハはシノを迎えにきてくれる。早く話を聞いてもらおう。夢でよかったって言ってもらおう。瞼を焦がすような光を湛えた明け方の空が、撫でるようにレースのカーテンを揺らす。朝の眼差しを透かしたそれは、まるで幽霊みたいに見えた。
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