いまち
2024-02-10 11:16:46
93447文字
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ティナとねじれた魔法の世界・1



閑話・守り人の憂鬱


 娘の監視こと監督を任せられそうな寮生はいるだろうか、そう思い教室を覗いていると、聞き馴染みのある大声と共にセベクがやってきた。その大声に驚いたのだろう、娘は小さな悲鳴を上げ飛び上がった。
 振り返ってみると、あからさまに充実した笑顔のセベクがそこにいた。マレウスを教室まで送ってきたのだろう。昨夜シルバーとそんな話をしていたのを遠くに聞いた覚えがある。
 その上わざわざ声を掛けに来たのかと聞けば、セベクは娘と同じクラスだという。これは実に都合がいい。それならばと娘の監督を頼んでみれば、聞き分けの良いあ奴にしては珍しく、護衛の任に重きを置きたいと渋られた。けれど、二度頼んでみれば、嫌々だろうに引き受けてくれた。やはり、素直な良い子だ。
 二人が教室へ入るのを見届けて、セベク宛にメッセージを送る。複雑な事情を抱えた人間ゆえ、気付いた事があれば些細な事でも報告するように、と。
 メッセージが娘の目に入り、警戒されては困る事もあり、あえて詳細は省いた。それに娘は我らに徒なす存在やもしれぬと懸念を伝えようものなら、何かと視野が狭くなりがちなセベクのこと、マレウスのためと娘を排除しに掛かるのは想像に難くない。抽象的な指示とて、なんだかんだ言っても聡い子だ、良いように読み取って、うまく全うしてくれるだろう。ありもしない行間を勝手に読むきらいはあるものの、そうそう勝手な事はしない筈だ。
 ただ、妖精族の血を引くあ奴の目にあの娘がどう映るのかが気懸りではある。娘に篭絡される不安は無きにしも非ずではあるが、ただの人間よりはずっと得られるものは多いと思いたい。後々、娘に対しどう感じたか聞いてみよう。
 懸念が杞憂である事を柄にもなく祈りながら、自身の教室へ向かった。

 一限目が終わり、スマホを見ると早速セベクから報告が届いていた。
「異世界人を名乗る女でした」
 ……うん、知ってる。
 わざわざ女と伝えてくる辺り、知らなかったのだろうか。昨夜は一緒に寮まで来ていた筈だが、そこで気が付かなかったのだろうか。
 一目見れば判るだろうに、と思い、まさかと思い至る。セベクは今の今まで、娘が視界に入っていなかったのではなかろうか? セベクには人間を下に見る傾向がある上、娘とは頭一つを超える程の身長差があるから、仕方のない事と云えばそれまでかもしれない。が、この見落としを見逃すわけにはいかない。今後のためにも、注意力を培って貰う必要がありそうだ。弱いふりをした刺客など、ごまんといるのだから。
 拍子抜けしたものの、こうもきちんと報告してくる真面目さは実に可愛いものだ。それ以外に報告はない事から、娘に対し感じるものはなかったのだろう。感情が表に出にくいシルバーと違い、セベクは気持ちが揺らげばすぐ言葉にも態度にも出るから分かりやすい。
 引き続き娘の様子を見るよう、ついでに昼休憩には大食堂で待っているから娘を連れてくるよう伝えた。すぐに返事はきた。「承知しました」と返ってきたのを確認して、次の授業を受けに魔法薬学室へ移動した。

 早くも昼休憩だ。マレウスには弁当を渡し、食堂には近寄らないよう確と言い含めてから食堂へ向かった。二人は既に着いていたようで、食堂の隅で忙しなく周囲を見回していた。大方こちらを探しているのだろう。
 そんな二人に声をかけると、娘はまた驚いたように飛び上がった。娘を預かり、セベクに一時の暇を告げると、浮き浮きとした足取りで出て行った。マレウスの所にでも行くのだろう。実に分かりやすい。
 浮かれ調子のあ奴とは真逆なもので、娘はどことなく不安げにセベクの背を眺めている。さて、その表情はどんな意味をもつのだろう? 様子を探りながら、娘に「食事はわしと」と伝えると少しばかり表情が綻んだ。

 ――その無防備とも云える面を見ただけであれば、素直な可愛い娘と思えただろう。

 けれど、奇怪なものを持つ者だと気付いてしまえば、その愛らしさをそう思える事が、得体の知れぬ恐ろしいものに思えてしまう。
 こちらの気付きを悟らせてはいけない、態度を崩さぬよう、細心の注意でもって娘と昼食を摂った。食事中と云うものはどんな生き物でも隙の出来る時だ、この間に少しでもこの娘の正体が掴めればいいが。

 食事を済ませ、恐縮する娘を教室まで送った。

 残念ながら、娘自身について収穫は芳しくなかった。異様な大飯食らいである事、想定していた以上に物を知らない事くらいしか判らなかった。もう少し尻尾を掴めると思っていただけに、落胆は大きい。会話のうちに一度だけ鎌を掛けてみたものの、はぐらかされただけで終わった。これがただの天然ボケであればどれほど安堵できただろう。
 食堂では腹が減り気が立ってる者も多い中、娘の周りだけは比較的穏やかに見えた。女と云う事もあるのだろう、娘に対し柔らかな態度をとる者は少なくなかった。これはある意味では当然の事だ。
 生徒どころか職員、果てはゴーストまでもが男しか居らぬこの学園に若く、見目の悪くない娘がいれば、動揺もすれば、下心の一つでも湧くというもの。とはいえ、娘自身はそんな周囲の態度に気付いてはいなかったようではあるが。
 それはいい。問題は食堂で働いている小さな妖精たちが娘に興味を持っているような素振りを見せていた事だ。彼らが人間に興味を持つのは珍しい。しきりに娘を見ては何やら話していた。そんな様子から察するに、やはりあの娘は妖精族に対して何かしらを持っているのだろう。
 当の娘はそんな妖精たちに気付いてかいないでか、友人を探しにとテーブルへ目を向けていた。
 ……果たしてその「友人」は「何」を指しているのだろうか。それがただのクラスメイトであればいいのだが。

 教室に戻り、スマホを見るとシルバーからのメッセージが届いていた。やはりセベクはマレウスの元へ向かったらしい。三人は購買でパンを買い、昼食としたようだった。購買の物とは、と僅かに思ったものの、セベクもいたのだ、あれだけの弁当では足りなかったのだろう。次はもっと大きな弁当箱を買っておこう。どれくらいの大きさの弁当箱であれば食べ盛りの子供三人の腹を満たせる料理を収められるだろうか? 考えながら始業を待った。

 5限目は魔法史だった。授業が始まる前にトレインから授業を抜ける許可を取り、娘の教室へ向かった。今朝方頼まれた通り、娘の生活用品を揃えに購買へ行く為だ。自身が娘を持つ身だからか、どうにもトレインはあの娘には甘いように感じられる。だから何という訳ではないが。
 一年生の教室の並ぶフロアに着くも、もうほとんどの生徒は出ていったのだろう、ひと気はあまりない。
 さて、娘は言い付け通り大人しく待っているだろうか。D組の教室へ向かってみると、話し声がドア越しに聞こえてきた。娘以外にも残っている生徒がいるのだろうか? 何の話をしているのだろう、耳を澄ませてみるも、娘の声しか聞こえてこない。
 見た目のわりに確りしているようではあったが、夢との境が曖昧なタチなのだろうか。不審に思い、そうっと中を覗くと、火の妖精と風の妖精が娘と向かい合っていた。

「えぇ、そんな所を通るんですか?」

「えうぅ……ありがとうございます、近付かないようにします」

「えと、それ私が聞いてイイお話なんですか?」

 妖精たちと何か話をしているようだけれど、娘の言葉からは話の内容が読めない。
 これは厄介だ。小さな妖精の声は儚く、人間はもとより、我ら妖精族でさえも彼らの声は鈴の音のようにしか聞き取れない。それなのに、あの娘はどうだ。翻訳機たる鈴を持っていない娘は、楽しそうに彼らと言葉を交わしているように見える。
 何ゆえ小さな妖精と言葉を通わせられるのか、娘の持つ不吉な杖の事もあり、怪しさは募るばかりだ。いずれにせよ妖精族に干渉できる事は確信できた。薄ら寒いものを感じながらドアを開けると、二人の妖精は姿を晦まし、娘は驚いた目をこちらに向けた。
 驚かせたかと娘に問えば、大丈夫だとかぶりを振って、ばつが悪そうに妖精たちがいた辺りに目を向ける。後ろめたさでもあるのか、そんな表情だ。
 あまりうかうかはして居られぬ。結論ありきで動けば事を仕損じるとは判るものの、この娘はあまりにも怪しいが過ぎる。正直これ以上娘と接していれば、絆されるのではないかと、柄にもない不安が過った。
 購買部で目を丸くする娘と荷物を受け取り、そのまま寮へ押し込んだ。後でまた来るから大人しくしているようにと言い付けて。

 それから娘を寮に押し込んだその足で、馬術部の勧誘場所である運動場へ向かった。セベクから娘の今日一日の様子を聞いておきたい。あ奴からは放課後は馬術部の見学に行く、と聞いていたから恐らくそこにいるだろう。
 向かってみると、馬を連れたリドルとシルバー、それと早速入部届を書いているのであろうセベクがいた。
 手続き中悪いが、と声をかけるとリドルとシルバーは怪訝そうな顔を見せた。そこでセベクに用がある事を伝えれば素直に納得してくれた。入部届を書き終えたセベクを他の者に変に気取られぬよう、声が届かない程度の距離まで連れ出し、娘について思った事、気付いた事はないか聞いてみた。
 セベクは逡巡したふうを見せると「落ち着きのない女ではありました」と思う以外は何も感じなかったらしい。セベクがこう言うのであれば、娘の術は純粋な妖精族のみに効くのだろうか? 訓練ばかりである種の情緒面の発達が遅れている可能性も在りはするのだろうが、絆されてないのであればそれに越した事はない。
 考えていると、セベクは徐ろに「それと」と付け足した。娘から微かではあるが、甘ったるい匂いと火薬のような臭いがしていた、と。
 どういう事だろうか。甘ったるい匂いは、まぁ、分かる。あれくらいの年頃の娘はそういった匂いがするものだ。しかし、火薬となると急にきな臭さを覚えてしまう。昼食時に気付けなかった事を悔やみながらセベクに礼を言い、その場を離れた。

 今日の授業が終わればマレウスを連れ、娘の話をしにトレインの元へ向かわねばならない。その後にマレウスを寮長会議に出席させる。寮長会議の間であれば、娘はマレウスに接触する事は出来ない筈だ。その間に決着を着けよう。そう決めて、マレウスの教室へ向かった。
 マレウスには兎に角、今日はうろつかず大人しくして貰わねばならない。窮屈な思いをさせて悪いとは思う。しかしそれもまた王の務めとして耐えて貰う他ないのだ。