いまち
2024-02-10 11:16:46
93447文字
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ティナとねじれた魔法の世界・1



閑話・王と守り人

 娘をトレインの部屋へ送った。話が終わった頃にでも、迎えに来ればいいだろう。踵を返し急ぎ鏡舎へ向かった。
(あまり拗ねてなければいいが)
 そう思いながら寮に戻ると、案の定マレウスは自室でむくれていた。原因は分かっている。昨日の式典に参加できなかった事、それと今朝の事だろう。
 正体の分からぬ娘が入ってきたゆえ、しばらくは近付かぬようマレウスに言っておいたものの、好奇心からか様子を見に来てしまった。部屋に帰そうとするも、それより先に娘がやってきてしまった。なんと間の悪いことか。
 その上、娘のあまりにみすぼらしい有様に驚き、マレウスそっちのけで娘を連れ出してしまった。それが、マレウスには除け者にされたようで面白くなかったのだろう。その結果がこれだ。
「あまり拗ねるでないというに」
「拗ねてない」
 そう言い切ると、マレウスはむつけながら続けた。その顔はまるで玩具を取り上げられた子供だ。
「僕は寮長だ、寮生を把握するのは僕の仕事だ」
「そうではあるがなぁ」
「どうしてあんな娘がいるのか、知る必要はあるだろう?」
「しかし、あやつはよく分からぬのよ。万が一、お主に何かあっては事じゃろう」
「滅多なことなんてあるものか」
 意地になりつつあるマレウスに内心苦笑する。そう思っている事が既に問題なのだが、この様子では聞く耳を持ちそうにない。

 異世界から来たというティナ・キースリンクと名乗る娘には不確定要素が多過ぎた、何を持ち、何を目的としているのか分からぬ故、我らが故郷の次期王たるマレウスを近付けさせるわけにはいかないのだ。
 かの娘が異世界から持ってきたという杖、そこからは小さな妖精たちの匂いがしていた。水の妖精の強い匂い、それと、ごく僅かな死の匂いだ。
 小さな妖精たちの怨嗟、かつて人の死の匂いと共にあった、忌まわしい匂い。それに気付いた時は少なからず動揺した。そんな物騒な物を、虫も殺さないような顔をした娘が持っていたのが、いよいよ不気味だった。
 何も知らないのか、それとも知りながらそれを持ち、我ら妖精族の目の前に持ち込んだのか分かりかねた。
 分からないといえば、もう一つ、妙な事がある。魅了の術でも使っているのか、あの娘にはいやに惹かれるものがあった。寮生らのような無防備な子供ならいざ知らず、我らのような魔法に耐性のある種族にまで効力を発揮しているのだから実に不可思議で気味が悪い。
 誘惑の術であればすぐに気付。しかし、娘が使っているのはそんな艶めかしいものではなく、庇護欲を掻き立てるものだった。愛嬌なんて次元ではない。真面に受けていたら、あっという間に懐に入り込まれていただろう。現にマレウスは娘のことが気懸りで仕方ないようだ。これは、非常に厄介だ。
 さらにもう一つ、不可解な術があった。水場で、手に掬った水を瞬時に光と共に消し去った術。娘は消し去った水から出た光を見詰めていた。じっと、何かを推し測るように。転移魔法の一種のように見えたものの、魔法の痕跡はなく、娘の魔法石には染み一つ現れなかった。魅了の術もだが、魔法でないとなると、防ぐのは容易ではない。だからこそ厄介であり、警戒すべきなのだ。

 そういった理由もあり、娘がどんな危害を加えてくるか分からない以上、警戒するに越した事はないのだ。杖のことは伏せ、娘の不可解な術についてマレウスに話す。素直に聞く素振りはするも、あまり納得していないような顔を見せた。
「魅了の魔法なんて、簡単に掛からないと思うが?」
「魔法ではないから厄介なんじゃ。現に、お主はあ奴が気になって仕方なかろう?」
 それが術中に嵌っていないと、断言できるのかと問えば、マレウスは驚いたように目を丸くした。
 どうやら、自覚はなかったらしい。男子校たるこの学び舎に女子がいれば物珍しさはあるかもしれないが、マレウスのそれは少しばかり限度を超えている。
 それに何より水を消し去った術、あれだけは本当に警戒しなければいけない。マレウスは面白そうに笑っているが、あれを真面に受ければどうなってしまうのか、まるで想像できない。何より魔法ではないのだから、防衛魔法をすり抜ける危険性が大いにあるのだ。マレウスとて、それが分かぬ愚か者ではない、ひとしきり面白がると「分かった」と素直に頷いた。
「それにしても、リリアにも分からないことがあるんだな」
「世界はまだまだ広い、ということじゃな」
 そもそも、異世界から来たというのも怪しいものだ。クロウリーや闇の鏡を欺くなど、そう簡単に出来る事ではない。そうするには余程の強い暗示を掛けるか、あるいは本当に異世界の人間でもない限り、まず、在り得ない。
 かの争いが結してからもう随分と経つ。けれど、我ら妖精族を好ましく思わぬ人間は今だいる、そういった人間が送り込んできた刺客ではないと確信できる迄、マレウスに近付けさせるわけにはいかないのだ。
「リリアがそこまで言うんだ、聞いてやろう」
「うむ、聡い子で助かるわ」
「子供扱いはやめてくれ」
 それにしてもあの娘、難解であろう術を使いながら、そんな素振りを一切見せていないのだから実に得体が知れぬ。場合によってはマレウスを茨の谷に帰す必要もありそうだ。今はまだ正体は掴めないけれど、念のため、女王へ連絡も入れておこう。
 なんであれ、警戒するに越したことはない。先の争いでも人間と侮り、散った兵士も少なくないのだから。

 娘の正体と目的、その術の全てが見えるまでマレウスには近付けさせない、そしてマレウスも近付かないようにする。それを念頭に置き、監視はどうするか考える。そろそろ話も終わる頃合いだろう、マレウスに今度は着いてこぬよう言い聞かせ、娘を迎えにトレインの部屋へ向かった。