いまち
2024-02-10 11:16:46
93447文字
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ティナとねじれた魔法の世界・1



2.ティナとねじれた魔法学校・前編


 私はまた寝かされていたらしい。目が覚めて、いやに重たい身体を起こす。昨日、リリアさんにビーフシチューと言われ、異世界からの物体のような物を渡されてからの記憶がない。
 アレはなんだったんだろ? どう見ても食べ物じゃなかった。思い出そうとすると、なんだか気持ち悪くなってくる。もしかして、この世界の食べ物は私の体に合わないとか、そういうことなのかな。そうだとしたらちょっとマズいかも。
 いやにぼうっとして、痛む頭を押さえながら部屋を見回す。石造りの立派なお部屋に、私の背よりも大きな窓、ドラゴンの飾りが付いたクローゼット、黒っぽい机に細かい装飾がされた椅子、それに整理棚。寝かされていたベッドは天蓋つきの豪華なもので、間違ってもカボックの私の部屋ではない。
 それらを見て、改めて異世界へ来てしまったのだと思い知らされた。

(パパとママ、どうしてるんだろ)

 黙ってまる一日家に帰らなかったとなると、きっとみんなに心配をかけちゃってるんだろうな……そう考えて、へこんだ気持ちになりながらベッドから降りると、机の上に真新しいお洋服とメモが置かれていた。見るとリリアさんからで、この服に着替えて、ゆうべのパーティー会場に来るように、と書いてあった。
 いつからこれがあったのかは分からないけど、待たせたりしたら悪いから、早く着替えて行かなきゃと思ってお洋服を広げた。
 立派なジャケットにぱりっとしたシャツに、窮屈そうなズボン、どことなく昨日のユウくんが着ていたものに似た雰囲気の服だ。
 ズボンなんてほとんど着たことないから新鮮かも。慣れないネクタイに手間取りながら、どうにか着替えて、ヘンじゃないか、クローゼットの扉の裏に付いていた姿見を見てみる。
 ……ちゃんと髪を梳かさないで寝たせいか寝ぐせがひどい。直したいけど、クシを持ってないから直せるだけ直して、髪を結い直す。顔も洗いたいけど、井戸はどこにあるんだろう。昨日見た感じでは、このお城の周りには茨と石橋以外はなさそうだった。
 それなら中庭とかあるのかな? 寝起きの顔で人前には出たくないけど、それを聞くためにも、ひとまず昨日の広間へ向かった。

 ペンでお部屋に鍵をかけて、昨日よりは明るい廊下を歩く。
 あまりひと気はないけど、兵隊さんみたいな恰好をした男の子と何回かすれ違った。その子たちは私を見るとぎょっとしたような顔をした。昨日も他の人たちからそんな顔をされたけど、私そんなにヘンかな。
 ここの人たちからすれば、私は異世界の人間だ。仕方ないとはいえ、疎外感を覚えながら広間に入ると、私と同じ服を着たリリアさんと、広間の奥の玉座に妙に迫力のある男の人が座っていた。廊下にいた子たちに似たお洋服を着ているけど、マントがついていて、手袋の長さとかがちょっと違う。
……ツノ?)
 見間違いかと思ったけど、その人の頭には立派なツノが二本、生えていた。角笛にするには、少し曲がりすぎてるかも。その人はじっと私とリリアさんを見下ろしている。目が合ったから、一応会釈だけしておいて、リリアさんに声をかけた。

「おはようございます、リリアさん」
「おぉ、来たか……って、なんじゃその恰好は」

 リリアさんは呆れ顔で私を見ている。私だって、好きでこんな格好してるわけじゃないもん。さすがに恥ずかしいから、両手で顔を隠す。こんなんで隠せるわけがないんだけど。

「えうぅ……あまり見ないでください。あの、顔を洗いたいので井戸がどこか教えてもらいたいんですけど」
「井戸とな?」
「はい……
「あぁ、お主の世界に水道はないのか」
「すいどー?」

 聞き返す私にリリアさんは苦笑すると「こっちじゃ」とドアのそばで手招きしていた。さっきまで目の前にいたのに、リリアさんは昨日みたいに瞬間的に移動したみたいだった。転移装置とか、そういうものは見当たらないから、魔法なのかな? ここ、魔法の学校だそうだし。

 リリアさんについていくと、タイル作りの流しがあった。ぐねぐね曲がった鉄パイプが並んでいて、それぞれに小さなハンドルのようなものがついている。リリアさんはその中の一つの前に立つと、ハンドルを掴んだ。

「こうして捻ると……水が出る」

 説明しながらハンドルをひねると、細いパイプの先からお水がじゃぶじゃぶ出てきた。なにがおきたのか理解できなくて思わず固まってしまった。

「え、え、なんですかコレ!」
「『水道』じゃよ。いくらでも水は出るが、使い終わったらちゃんと止めるんじゃよ。止める時は逆に捻ればよいからな」
「あ、はい。え、どうなってるんですか、これ!」

 出てくるお水を手のひらで掬って、還元する。手元に還ってきたのは水素だけ。混ざり物のないキレイなお水のようだった。
 どうなってるんだろう、こんなのがあったら井戸からお水を汲み置きする必要ないよね。それに、キッチンや工房にあれば洗い物もすっごく楽になる。お家に持って帰りたいなぁ。
 パイプから流れてくるお水はきよ水のように澄んでいて気持ちいい。手を濯いでいると、リリアさんは「便利じゃろ?」と柔らかく笑った。

「ちょいと手を捻るだけで、いつでも清潔な水が手に入る、ありがたいと思わぬか?」
「そ、ですね。とってもすごいと思います……いいですねぇ」
「風呂もあるが、後々説明しよう。まずは顔を洗うといい」
「あ、はい。そうします」

 リリアさんに勧められて顔を洗う。お水は冷たくて、さっぱり気持ちいい。洗ったはいいけど、拭くものはないから、お行儀は悪いけど袖で顔を拭おうとしたら、リリアさんがタオルを貸してくれた。これもすっごくふかふかで、ずっと顔を埋めていたいくらい気持ちいい。このお洋服の生地もそうだけど、この世界の織物技術はすごい。

「よしよし、髪も整えておくか」

 私が顔を拭き終わるとリリアさんは私からタオルを取り上げて、宝石のついたペンを一振りした。すると、寝ぐせであちこち跳ねていた髪の毛がすとん、と整った。まるで魔法だ。……いや、魔法なんだろうけど。

「えと、ありがとう、ございます?」
「うむ。あぁ、タイも結い直すか。お主の背では裾からはみ出してしまうからな」

 そして今度は私のネクタイを蝶結びに結い直してくれた。結び方、これでいいなら楽かも。ネクタイの結び方なんてよく知らないもんね。
 ついでに、ペンは胸ポケットにしまうものだと教えてもらった。一通り格好を整えると、リリアさんは一歩引いて、私の全身を上から下まで眺めると「バッチグー、じゃな」と満足そうに笑った。
 こうやって髪や服を直してもらうのなんて子供の時以来だったから、なんだか懐かしくて、ちょっとだけ嬉しくなってしまった。本当は恥ずかしく思うとこなんだろうけど、思っちゃったのはしょうがないよね。

 身だしなみを整えて、改めて広間に戻った。相変わらずツノの生えてる人は奥でじぃっと座っている。
 さっきはツノとかお洋服にばかり目がいったけど、よく見たらとてもキレイな顔立ちをしてることに気が付いた。でも、その表情は機嫌が悪そうでちょっと怖い。キレイな顔でじっとしているものだから、よくできた彫像のような気さえしてきた。
 なんなんだろなぁ、なんて思っていると、リリアさんがその人を見上げて「拗ねるでないよ」とあやすように声をかけた。それに対してツノの人はむっとした顔になると、低い声で「拗ねてなんかいない」と一言だけ呟いて、ぱっと姿を消した。リリアさんのと同じ魔法かな?
 ……拗ねるとか、なんの話だろ?

「えと、リリアさん、あの人は?」
「いずれ紹介するよ。それ、簡単だが朝食じゃ。食べるといい」
「あ、はい。いただきます」

 リリアさんが指したテーブルの上には、ハムとたまごのサンドイッチが二切れと、マグカップに入ったホットミルクがあった。
 昨日のビーフシチューのことがあったから一瞬不安になったけど、見た感じは昨日のナニカと違って、普通の食べ物っぽい。これなら大丈夫かも? 結局ゆうべは何も食べてなかったから、食べられそうな物を目の前にして、お腹がきゅうと鳴る。
 考えてみたらもうまる一日近く何も食べてないんだよね。そう思って手を付ければ、あっという間に平らげてしまった。食べてみると、見た目の通りの、普通の美味しいサンドイッチだった。美味しかったけど、ぐぅぐぅになってる私のお腹にはちょっぴり物足りない。そんなことを思いながら空いたお皿を見ていると、リリアさんは「くふふ」と目を細めた。

「足りなんだか?」
「えぅ、そういうわけじゃ……
「なぁに、良く食べ良く眠る。実に健康的ではないか」

 そう言ってくれるのはありがたいけど、たくさん食べると思われるのは乙女心にはちょっぴり複雑かも。それに眠るっていうけど、気絶したのを寝るっていうのは違う気がする。
 私が食べ終わったのを確認すると、リリアさんは「昼にはたらふく食うといい」と、席を立った。

「さぁ、トレインのところへ向かうぞ」
「えと、はい」

 言いながら足早に部屋を出ようとするリリアさんの後を追う。お皿は片付けなくていいのかな、と気になってテーブルをちらっと見ると、いつの間にいたのか、銀髪の男の子が私が使ったお皿とカップを運んでいた。なんだか押し付けちゃったみたいで、悪い事をした気がしてしまった。

 リリアさんについて行って昨日のお城……校舎かな? に入る。中には同じ服を着た子たちが、揃って同じ方へ向かっていて、私たちはその流れに逆らう形で歩いていた。気になって見ていると、リリアさんが「奴らは食堂へ朝食を摂りに向かっておるのよ」と教えてくれた。

「気になるか?」
「えと、でも、あまりお金持ってないので……えぅ」
「スペシャルランチはともかく、飲み食いするだけなら金はかからんよ」
「えぇ!? なんですかそれ!」

 お金を払わなくても食べられるなんて、そんなことがあっていいのか。驚く私に、リリアさんはここが全寮制――寝泊まりしてお勉強を習う学校で、最低限の衣食住は賄われていることを教えてもらった。ここで寝泊まりすることは昨日聞いていたから知っていたけど、お食事代がいらないのは驚きだった。

「食堂以外にも、モストロ・ラウンジもあるが、金がないのであれば近付かぬ方が良いな」
「モストロ・ラウンジ、ですか?」
「うむ。オクタヴィネルの連中が経営する飲食店よ。小洒落た店ではあるが、なんじゃ、少々クセがあるからな。いずれ馳走してやろう」
「え? えと、ありがとうございます」

 よく分からないけど、食堂以外にもご飯を食べる所があるらしい。お金がどうこうってことは高いのかな? だとしたらあまりお小遣い持ってないし、行けそうにないかも。
 ……というか、私の持ってるお金ってここでも使えるのかな? そんなことを考えていたら、だんだん不安になってきた。ここにはお仕事ってあるかな。先のことが分からない以上、せめてお金は持っておきたいもんね。

 昨日までここにいた感じだと、ユーレイみたいなオバケはいるけど、魔物はいなさそうだから、魔物退治は無理そうだなぁ。とか、食堂があるならお手伝いできるかも。とか、考えていると、また知らないお部屋の前に連れてこられた。

「邪魔するぞ」
「お邪魔します……?」

 リリアさんがノックして入ると、一人用の個室、なのかな。大きな机にソファーとテーブルのセット。それに、本棚に本がぎゅうぎゅうに詰められている。ベッドとかはないから研究とかお仕事とかするお部屋なのかな。

「来たか」
「えと、おはようございます」

 机では昨日のトレイン先生(だっけ)が、書き物でもしていたようだった。手を止めて、私たちを見ると「掛けなさい」とソファーセットを手で指した。言われた通りにソファーに腰掛けると、リリアさんは立ったまま「すまぬが」と、がっかりしたような顔を見せた。どうしたんだろう。

「わしは一旦外してもらっていいだろうか?」
「できれば同席願いたいが」
「まだマレウスにこやつの事を話せておらなんだ」
……そういうことなら仕方ない。放課後、寮長会議の前に改めて説明する。その際、ドラコニアを連れてくるように」
「あいわかった、手数をかけるな。では、失礼する」

 そう言うと、リリアさんはぺこり、と頭を下げ、部屋を出て行った。置いて行かれてほんの一瞬不安になったけど、座るように言われたから、そのまま座っていると。先生もすぐに私の向かいに座って「飲みなさい」と温かいお茶をくれた。

「えと、ありがとうございます」

 お茶を受け取ると、先生は「そう緊張しなくていい」と笑いかけてくれた。そうは言ってもらっても、厳しそうな顔だからやっぱり緊張しちゃう。

「さて、君のこれからについてだが、昨夜話した通り、他の生徒と同様ここで暮らし、学んでもらう。それはいいな?」
「はい。頼れるアテとか全然ないので、住むところを頂けるだけでもありがたいです」
「よろしい。そして勉強と並行して、君たちが元の世界へ帰るための研究もしてもらう、必要な設備などは可能な限り用意させてもらおう」
「えと、はい」

 カボックに帰るための研究かぁ。ラナフレームってかなり高度な魔技術の道具だから、私にできる気がしない……けど、そうも言ってられないよね。お家に帰るためにも頑張らなきゃ。
 それに、君「たち」ってことはユウくんのもってことなのかな。そういえば、あれからユウくんはどうなったんだろう。昨日のあの様子では私みたいに寮に入ったわけじゃないみたいだし……

「次は生活についてだが、学園長が支度金を用意してくださった。生活に必要な物はこれで用意するように。領収書は不要、釣りは取っておきなさい」

 そう言って先生は白い封筒を私の前に差し出した。話の流れからするにこの中に入ってるのはお金、だよね。
 知らない人から受け取っていいものなのか迷っていると、先生に「開けなさい」と言われちゃったから、恐る恐る開けた。

「うえっ!?」

 中には10000Mと書かれた紙幣が3枚入っていた。読み方は分からないけど、コールではないみたい。やっぱり、私の持ってるお金は使えないんだと、そんな気はしていたけど、がっかりした気分になった。
 でも、そんなことよりもこの金額だ。3万なんて大金、おいそれと貰っていいわけがない。大金にヒヤヒヤしながら紙幣を封筒に戻して、先生に返した。

「こんな大金、受け取れません!」
「遠慮はいらない。……とはいえ、女性の支度には足りないだろう。不足分はサムにつけておいてくれ。学園長に払わせる」
「で、でも」
「『でも』ではない。君は子供だろう? 大人の言うことは素直に聞きなさい」
「えぅ……
「生活するには色々な物がいる。日用品や消耗品、それらを保証するのは我々大人の役目だ」

 厳しい目を向ける先生の言葉に、今朝のことを思い出す。昨日は高そうな服のまま寝かされたけど、あれはどう見てもパジャマにしていい服じゃない、ここで生活するなら、寝るためのパジャマは必要だ。それに顔を洗ったら拭くためのタオル、お風呂に入るなら石鹸だっている。
 いくらかは自分で作れるけど、その材料を用意するのだってお金や手間はいる。それを考えればもらった方がいいに決まってる。……でもなぁ、知らない人から何もしないのにお金を貰うのも抵抗があるんだよね。かといって、お金がないのにどう生活するんだって聞かれても困るんだけど。
 受け取るわけでもなく、かといってどう断るかも思い付かず、断ったところでどう生活するのかも想像できず、お金の封筒を前にどうしようもない気持ちになっていると、先生は気落ちしたように肩を竦めた。

……本来であれば、君たちはしかるべき施設で保護されるべきなんだ。しかし、我々はそうしなかった。これは、それに対する詫びとして受け取っていただきたい」

 「安すぎるがな」と先生は困ったように笑った。そうは言われても、知らない人から何もしないでお金を受け取るというのは抵抗がある。でも、と、先生の顔を見て思い直した。
 言っていることはよく分からなかったけど、私が受け取らない方が先生たちは困るらしい。それなら、ありがたく貰うことにした。この世界で使えるお金はないし、ここで生活する以上、必要なものはやっぱりほしかったから。

「えと、それじゃあいただきます。その、ありがとうございます」
「あぁ。サム――店主には話をしてあるから、放課後にでも購買部で揃えてきなさい」

 こーばいぶってなんだろ? 聞いたことないけど、話の流れからしてお店なんだろうね。あとでリリアさんに聞いてみればいいかな? お買い物をするとなると、何が必要なのかちゃんと考えないとね。

「はい、行ってみます」
「それと、少額ではあるが、毎月いくらか支給することになっている。足りないようであれば、学内のアルバイトで稼ぐように」
「えっ、お仕事があるんですか?」

 それならわざわざお金を貰わなくていいかも。食堂があるらしいから、そこで働かせてもらおっかな。おじいちゃんのお店でお仕事してたし、お料理もお給仕も一応はできるつもりだもん。それに、お店もあるなら店番なんかもできるもんね。
 なんて考えてたら、先生はちょっと険しい目をした。

「あるにはある。だが、成績が芳しくないようであれば許可は出せない。君たちの本分はあくまで勉学だからな」
……はい、わかりました」

 学校なんだからそういうものなのかな。ここでのお勉強、どれくらいできるか分からないけど、頑張らないとね。魔法の学校らしいけど、魔技術もあるかな? それなら、ちょっとは自信はあるからやっていけるかも。

「それと、だ」
「はい」
「非常に言いにくいのだが、君には『クレイン・キースリンク』という名で通ってもらうことになる」
「クレイン、ですか?」

 そういえば、ここに来た時もその名前で呼ばれたな、と思い出した。あの時は隣にいた子にせっつかれて魂の選別? を受けたけど、結局、それらしい人は出て来なったと思う。パパと同じ名前だったからちょっと気になってたんだよね。

「ああ。本来、入学するはずだった生徒の名前だ。調べたが、どの寮にも所属していなかった。その生徒の代わり……というわけではないが枠に入ってもらうことになる」
……わかりました」

 本当はパパと同じ名前の子がここに来るはずだった、でも、私のせいで来られなかった。だから、その子の入るはずだった所に私がっていうことなのかな。そうだとしたら、無理やり人の居場所を奪ったようで気分が悪いかも。なんとなく、重たい気分になっていると、先生は何を勘違いしたのか「書類上の話だ」とかぶりを振った。

「君の名前を軽んじるわけではない。君のことは姓で呼ぶよう生徒たちに伝えはするが、あくまで任意だ」
「えと、はい」
「こちらの事情に巻き込み、申し訳ない。……ところで、同じ姓のようだがこの名前に覚えはあるだろうか?」
「んと、パパの名前と同じですねぇ」
「父君の?」
「はい。でも、ここに来るはずだったってことはないと思います……

 パパ、今年で36歳だもんね、来るとしても先生としてかな。……といっても、パパの教え方ってあまりうまくないから、それもないと思うけど。もしかして若い頃のパパと間違えて連れてこられた、ってこともあるのかな?
 ……なんて、つい考えちゃったけど、そんなことないよね。パパと間違えるうんぬん以前に世界が違うんだもん。うん、ないない。
 先生は考え込むような顔をすると「もう少し調べてみよう」と頷いた。
 ないとは思いつつ偶然なのかな、なんかの間違いなのかな、ぐるぐる考えながらお茶を飲んでいると、先生は「あぁ」と声を上げた。

「それと、君の持っていた道具についても調べたいのだが、貸してもらえるだろうか?」
「えと、こっちに来る原因になったやつですよね? 大丈夫です」
「よろしい。では、夕方にでもシュラウドを名乗る者に向かわせる。彼に渡してくれ」
「シュラウドさん、ですね、わかりました」

 ふんわりした言い方がちょっぴり引っ掛かるけど、調べてもらえるならありがたいかも。
 ラナフレームについてはママに色々教えてもらったけど、難しすぎてよく分からなかったんだよね。そして先生はもう一枚封筒を私の前に出した。さっきのお金の封筒より二回りくらい大きい。

「話は以上だ。あとはこれをヴァンルージュに渡しなさい」
「はい、わかりました」
「そろそろ始業時間だな、教室に行きなさい」
……えと、どこでしょう?」
……。案内しよう」

 先生はため息を吐きながら立ち上がった。……お金のこともだけど迷惑、かけちゃってるね。これ以上迷惑をかけないためにも頑張って帰る方法を探さなきゃ。
 「ついて来なさい」と先生がドアを開けると、廊下で待っていたのか、リリアさんがいた。聞くと用事が済んだから迎えに来たんだという。先生は少し驚きながら、私を「でぃーぐみ」の教室に連れていくようリリアさんに言った。

「うむ、任されよ」
「それと、放課後彼女を購買部に連れて行ってくれ。買い物代は持たせてある」
「あいわかった」
「では、キースリンク、また後で」
「あ、はい。お邪魔しました」

 お部屋に戻る先生にお辞儀をする。授業が終わったらリリアさんとこーばいぶってところに行って、その後は寮に戻ってシュラウドさんにお守りを渡す、と。うん、忘れないようにしないとね。
 いつの間にかずいぶんと人が増えてきた廊下をリリアさんと歩く。寮にいた時も思ったけど、男の子ばっかりだ。ここが学校なら女の子もいるよね? どこにいるのかなぁと不思議に思いつつ、リリアさんにトレイン先生とお話したことを話しながら教室に向かった。

 +++++

「しかし困ったのう」
「困る、ですか?」

 教室に向かう道すがら、リリアさんは眉根を寄せた。なんでも、私がこの世界の物事についてあまりにも知らなさすぎて、授業どころではないかもしれない。そのためにも、お世話役が必要かもしれないのだという。けど、リリアさんはリリアさんで授業があるから、ずっと一緒にいるわけにはいかない。さて、それならどうしよう、ということらしい。

「えぅ……ごめんなさい」
「なに、謝ることではないよ。分からぬことも多かろうがすぐに慣れよう」
「そ、ですか?」
「分からぬことがあれば誰かに頼るといい。お主であれば快く聞いてもらえるだろうよ」
「はぁ、イイ人たちばっかりなんですねぇ」

 私ならってどういうことだろ。なんにせよ、親切な人たちだからってあまり甘え過ぎないように気を付けないとね。……いや、悪い人になら迷惑かけていいってワケじゃないんだけど。
 リリアさんは心なしか曖昧に笑ってみせると「とはいえ」と続けた。

「誰彼構わず頼れと言われてもお主も困ろう。任せられそうな者がいるか見てみないとな」
「ご迷惑をおかけします……
「なぁに気にするでない。と、ここがお主の教室だな」

 リリアさんは「1-D」と書かれたお札のついた扉を指さした。今日からは毎日この教室に通うことになるのか。異世界の学校の教室なんてどんなお部屋なんだろ。それに魔法の学校っていうとどんな子たちがいるんだろ? ちょっと楽しみで、少し緊張する。

「さて、うちの寮生の一人でもいればいいが」

 そう呟きながらドアを開けるリリアさんの後ろから、私も一緒に中を覗いた。教室は昨日通された段々のお部屋の半分くらいの広さだった。あのお部屋のように席は段々になってるけど、昨日のお部屋ほどじゃない。
 けどやっぱりというか、カボックの学校よりハイソな雰囲気のお部屋だった。授業で使うのであろう小物、大きな黒板や机一つとっても高そうで、見ていると本当にここにいていいのか、場違いなんじゃないかという気がしてくる。
 教室の中では、生徒であろう子たちが楽しそうにお喋りをしていた。ここでお勉強をするってことは、あの子たちともお友達になるのかな? 知らない人たちばかりで、誰も私のことは知らないで、そんな環境でうまくやれるか不安になってきた。……それに、ここにも女の子らしい子はいない。この世界って女の子が少ないのかな?
 不思議に思ってると、後ろから人の気配を感じた。教室に入るのかな? ここに立ってたら邪魔になるかも。どこうかと思うより先に、とてつもなく大きな声が真後ろから聞こえてきた。

「リリア様! おはようございます!!」
「ぴっ!?」

 大声なんてものじゃない、殴りつけてくるような轟音だ。思わず体がびくついた。ついでに教室にいた子たちも一斉にこちらに目を向けた。振り返ると、昨日迷子になってたセベクくん……だっけ? が、やたらキラキラした顔で立っていた。リリアさんは動じる様子もなく「あぁ、おはよう」とニコニコしている。
 さすが長生きしてるであろう人なだけあってか、肝が据わってるなぁって感心しちゃった。そういえば、昨日知り合いだって言ってたっけ、それならこの大声にも慣れっこなのかも。

「朝から元気がいいようで何よりじゃ。ときにセベクよ、お主はこのクラスなのか?」
「左様です」
「おぉ。なら、一つ頼まれてくれぬか?」
「はいッ! なんなりとお申し付けください!」

 リリアさんの言葉にセベクくんはいやが上に目を輝かせた。仲良しさんなんだなぁって、ちょっと羨ましくなった。
 そっか、セベクくん同じクラスなんだ。偶然とはいえ面白いなぁ、なんて思っているとリリアさんは私の腕を引いてセベクくんの前に出した。

「こやつ、キースリンクの面倒を見てもらいたい。ちぃと事情があってな、設備の使い方一つよぅ知らぬのよ。こやつがここでの生活に慣れるまで……頼めるか?」
「え? えと、よろしくお願いします……?」

 リリアさんの言葉にセベクくんは笑顔のまま固まった。何か言いたげに口を開きかけは噤んで、と何度か繰り返すと、ものすごく苦しそうに「ですが……」と漏らした。
 嫌そうにしているのがひしひしと伝わってくる。そりゃあ、そうだよね。新しい生活が始まるっていうのに、人の面倒を見ろなんて言われて「はい、やります」なんて言えないよ。なのに、リリアさんは気にするでもなく「聞けぬのか?」とそれはそれは残念そうに肩を落とした。それがなんだか演技じみてるというか、わざとらしい感じがする。
 けど、セベクくんはそう思わなかったようだった。はっとした顔をして、昨日のような涙目になって「とんでもございません!」とまた大声で叫んだ。……本当に、頭に響く大声だ。

「リリア様の命に背こうなど思うはずもございません!!」

 セベクくんの大声に空気がビリビリ震える。そのせいで、教室の中から外から視線を感じた。イヤな目立ち方をしちゃってるみたい。けど、セベクくんはそんな周りの様子に気付いていないでか、泣きそうな顔で続けた。

「ですが、僕は若様の護衛をするために入学をしたのです! それなのに――
「いや、勉強をせんでどうする」
……言葉の綾です」

 呆れ顔のリリアさんにセベクくんはしょんぼりと身を竦ませた。そんなセベクくんにリリアさんはさらに「そもそも、わしとシルバーで間に合っておるよ」と言うと、セベクくんはいよいよ泣きそうになった。
 ワカさま? の護衛ってどういうことだろ。私の他にも面倒を見なきゃいけない子でもいるのかな? だったら頼るのは悪い気がする。そうは思ったけど、二人の間にどんな事情があるのか知らないから、口を挟むのも気が引ける。実際、ここのことなんて何も分からないから、頼れる人がいるのはすごく助かるんだけど……でもなぁ、セベクくん、すごくイヤそうなんだよねぇ。それなのに無理強いするのはやっぱり悪いと思っちゃう。
 そんなことを考えていると、リリアさんがすっと目を据わらせてセベクくんを見た。……昨日のような、怖い目だ。

「それに、こやつの世話も我らが為になることよ。……これでも頼めぬか?」

 さっきまでのゆるっとした雰囲気とは一転して、ちょっぴり怖い、というか真剣な顔になるリリアさん。セベクくんもそれに気付いてか、キリッと表情が引き締まる。なんというか、本当に忙しない子だな。

「このセベク、謹んでお受け致します!!」
「では、任せたぞ。スマホは持っておろう? 詳細は追って伝える」
「はっ!」
「ではな、キースリンク。教室ではこやつに頼るといい、わしの弟子ゆえ遠慮はいらぬよ」

 リリアさんの言葉にセベクくんはいよいよ得意げな顔を見せた。さっきまでの泣きそうな顔が嘘のよう。リリアさんのお弟子さんらしいし、お師匠さんのことをすごく尊敬していて、頼られて嬉しいとかそんな気持ちかな? 想像だけど。私もパパやママに頼られたら悪い気はしないもんね。ちょっと分かるかも。
 なんとなく納得していると、どこかからか鐘の音が聞こえてきて、廊下にいた子たちが慌ただしく教室へ入って行くのが見えた。

「おぉ、もう予鈴か。じゃあの、二人とも励むんじゃよ」
「はいッ!!」
「えと、待ってください」
「む?」
「えと、これ。先生がリリアさんに、だそうです」

 去ろうとするリリアさんに先生から預かった封筒を渡した。忘れずに渡せてよかったってちょっとほっとした。リリアさんは封筒を受け取ると「確かに」と頷くと、いつものように姿を消した。
 リリアさんを見送るとセベクくんは足早に教室に入って行って、私もその後に続いた。席はたくさんあったけど、黒板に席は決まっていないから、各々授業の受けやすい席に座るようにと書いてあった。
 それならと、とりあえずセベクくんの隣に座った。教壇がよく見える一番前の席だ。セベクくんはおっきいから後ろに座る子は見辛そうだなって、ちょっと思った。

「えと、セベクくん、よろしくね……?」
「こんなはずでは……しかしリリア様の命……

 なんとなく落ち着かなくてセベクくんに声をかけてみるも、聞こえていないのか難しい顔でブツブツ言っている。リリアさんには「喜んで引き受けます!」って感じだったけど、実際はイヤイヤだったのかな。
 やっぱり断ればよかったかな、そううっすら思いながら改めてセベクくんを見る。いやに真剣な顔で、昨日学園長さんが持っていたのと同じような薄い板をじっと見ていた。
 あれ、なんなんだろ。見たことのない素材で、表面もまた見たことのない光を放っている。気になるけど「見せて」なんて言える雰囲気でもない。よく見ると他の子たちも似たような板を使ってるみたい。リリアさんも持ってるのかな? 後で聞いてみようかな。

「いいか! 人間!!」
「ぴっ!?」

 いきなりの怒鳴り声にびっくりしてしまった。見ると、セベクくんが私を睨みつけている。さっきまでお喋りしていた子たちもセベクくんの声に驚いたのか、急に静かになると、私たちをちらっと見ては目を逸らしている。けど、やっぱりというかセベクくんは周りの目を気にするふうもなく大きな声のまま続けた。

「若様の護衛たるこの僕が! わざわざ貴様のような人間の面倒を見てやるんだ、感謝しろ! そして、くれぐれも足を引っ張るんじゃない! いいな!!」
「へ!? えと、ありがとう、ございます?」
「なんて女々しい、貴様それでもディアソムニア生か!」
「うえぇ!? えう、ごめんなさい……
「なんて不甲斐ない……なぜリリア様はこんな人間を……

 セベクくんは板に目を戻すとまたブツブツ言い出した。……女々しいもなにも、私、女の子なんだから女々しくてもいいんじゃないかな。
 それにしても、わざわざ人のことを「人間」なんて呼ぶってことは、やっぱりセベクくんもリリアさんと同じように人間じゃないのかな? 昨日会った時もそんな感じがしたし。でも、リリアさんほど強い力は感じなくて、なんだかぼんやりしてる。弱いのとは違う、曖昧なような……なんだろう、この感じ。

 なんなのかなぁと考えていたら、ふいに向かいの席の子と目が合った。途端にその子はいけないものでも見たような顔で目を逸らした。そんな反応に、あぁ、やっぱりと気持ちが沈むのを感じる。
 そんな目で見られるのは今に始まったことじゃない。昨日からずっと変な目で見られてばかりなものだから、いやでも自覚してしまう。寮でも廊下でも、すれ違う人、顔を合わせた人からは私を避けようとしている雰囲気が見てとれた。
 そういう目で見られるのは仕方ないと思う。だって私、異世界の人間なんだもん。そりゃあ受け入れられないと思われるよ。
 思われるのはしょうがないけど、なんで私が異世界の人間だって分かるんだろ? 見た目はここの人とそんなに変わらないと思う。同じ服を着てるし、歩き方やしゃべり方だって周りと違うとは思えない。
 もしかして、手配書みたいに「こいつは異世界人です、注意」みたいなおふれでも出てるのかな? だとしたら、すっごくイヤかも。

 このまま馴染めなかったらどうしよう。そう思ってもやもやしてると、また鐘の音が聞こえてきて、あちこちでお喋りしていた子たちが席に着いた。
 それからほどなくして、おっきな猫を抱えたトレイン先生が入ってきた。ということは、ここのクラスの担当? なのかな? 知ってる先生だからちょっとだけ安心した。

「おはよう。私は君たちの担任である、モーゼズ・トレイン。こっちは使い魔のルチウス。主に魔法史等文系教科を担当している」

 先生は教壇に立ってぐるりと教室の中を見回した。やっぱり厳しそうな目だ。

「まずは君たち一人ずつに自己紹介をしてもらう。名前と出身地それと一言、挨拶でも意気込みでも好きなことを語りなさい。では出席番号1番から、エーリヒ・アイン」
「は、はいっ!」

 そうしてみんなの自己紹介が始まった。呼ばれた子はその場に立って、先生に言われた通り名前と出身地、それと頑張りますとか得意なこととかを話した。色々な国の名前が上がったけど、聞き覚えのあるところは一つもなかった。それにしても、本当に男の子ばっかりだ。

「次、14番キースリンク」
「へ? えと、はい!」

 なんとなく聞いてるうちに私の番が回ってきた。呼ばれたから立ったけど、どうしよう。
 異世界から来ましたって言っちゃっていいのかな。皆の視線を感じて、すごく緊張する。それから、あちこちからヒソヒソ話をしているのが聞こえてくる。こんな中で、うっかりヘンな事でも言って、もっとイヤな空気になったら困るかも。だから何を言っていいのか、いけないのか、先生に聞こうと目を向けた。

「あの、何を言えばいいんですか?」
「さっき言った通りだ、好きに喋りなさい」

 と、いうことは異世界から来たってことも言っていいのかな? みんながみんな私が異世界人だって知ってるとはいえ、そんな事を言うのは抵抗がある。なら、他の子たちと同じようなことを喋っておけばいいかな。これ以上ヘンな目立ちかたとかしたくないもん。

「えと、ティナ・キースリンクです。カボックから来ました。その、よろしくお願いします」
「彼女についてはまた後程説明する。次、15番――

 これでよかったのかな? 席について、また他の子たちの自己紹介に耳を傾けた。席に着く間際、セベクくんが驚いたような顔で私を見てたけど、どうしたんだろ? 気になったけど他の人がお話してるのにお喋りするのはよくないと思って、気にしないようにした。

 そうしているうちに全員分の自己紹介が終わった。次はなんの話をするんだろう、なんて思っていると先生と目が合った。そういえば、後で私の話をするって言ってたっけ。そのことかも。

「キースリンク、こちらへ来なさい」
「あ、はい」

 相変わらずヘンな物を見るような目線を感じながら、先生の隣に立った。好意的とはいえない視線を一斉に浴びて、とても居心地が悪い。

「皆も気付いているだろうが彼女は――

 そうして、今朝のお話したようなことを皆に話した。
 私が異世界から来たらしいこと、ここでみんなと一緒にお勉強をすること、困っているようなら助けるようにということ、学園の方針でできれば姓で呼んでもらいたいこと。
 トレイン先生のお話に対して、教室にいる子たちの反応は様々だった。驚いてる子、興味なさそうな子、ニヤニヤしてる子、怖がってる子。……異世界から来たっていっても魔物とかじゃないんだけどな、みんなと同じ人間なんだから怖がらないでほしいなぁ。

「えと、よろしくお願いします。その、分からないことが多いので、教えてくれると嬉しい、です」

 最後に改めて挨拶をすると、少しだけ、教室内の空気が和らいだのを感じた。先生は小さく頷くと「以上だ」と話を切って、私に元の席に戻るよう言った。席に戻ると、セベクくんはより難しそうな顔をしていた。

「貴様、異世界の人間だと? それを信じろと?」
「えと、うん。リリアさんは信じてくれたけど」
「バカな」
「ほんとだもん。……多分だけど」

 セベクくんはすごーく疑うような目を私に向けると、顔をしかめて先生の方へ目を向けた。普通、そうだよね。すんなり信じてくれたリリアさんの方が変わってるというか、寛容が過ぎるんだと思う。
 それはそれとして、さっきからセベクくんからの当たりが強い気がする。もしかしなくてもだけど、私嫌われてるのかな? 人のことを「人間」なんて尖った言い方をしてるし、もしかしたら人嫌いなのかもしれない。昨日は一緒に寮に行ったし、同じ寮で、同じクラスで、だから仲良くできるかもって思ったけど、今のセベクくんの怒ってるような顔を見ると難しそうだと感じた。
 それなら、できるだけ早くここでのことを覚えて迷惑かけないようにしないといけない。授業の受け方や学園生活について説明する先生の言葉を聞きながら、私はひっそり決意を固めた。