【あずまこ小説集】

文字数少なめ(500~1500字程度)のあずまこ小説をまとめました。




【笛の音】


どうしよう。

すっきりと晴れ渡った空の下で、真琴は困り果てていた。

「キミ可愛いね。ここら辺に住んでる子?連絡先交換しない?」

真琴より少し年上くらいの男が買い物帰りの真琴を呼び止め、一方的に話しかけ続けて五分ほど。知らない人に話しかけられても応じないこと、と安栖に言われているため罪悪感を覚えつつも無視しているのだが……

(どうしよう。この人しつこい。ずっとついてくる。怖い……

一切反応することなく家に向かってまっすぐ歩く真琴は、まとわりついてくる男に恐怖を感じた。……待って。このまま家に帰っていいのだろうか。この様子だと家の中にも入ってきそうな気がする。そうはならないだろうと思いたいが、嫌な予感は払えなかった。早く追い払わないと。
そこでふと思い出す。以前安栖から「困ったらこれを使うように」と渡されていた物があったのだ。
真琴は足を止めて、カバンから小さな白い笛を取り出す。

「んー?何その笛?おしゃれだね」

男が顔を近づけてくるのに一瞬怯えた真琴だが、すぐに笛を吹く。しかし、何も音が響かない。かろうじてスゥー……と空気の抜けるような音が聞こえるくらいだ。
予想より音が鳴らなかった笛に男は困惑する傍らで、真琴は凛とした面持ちで前方を見つめる。それでいい、と安栖は言っていた。それさえ吹けばいつどこにいても助けに行けると。

「おい、そこのお前。真琴から離れろ」

突如カランコロン、と下駄を鳴らすような音と地を這うような低い声が背後から聞こえた。
気づいた男がおそるおそる振り向くと、感情の消えた顔で佇む安栖が目と鼻の先に立っていた。

「ひ……っ!」

一瞬で恐怖に顔を染めた男は即座に逃げようとしたが、安栖は男の首根っこを掴んで阻止する。その場でバタバタと暴れる男にさらに顔を近づけて耳打ちする。

「二度と真琴に近づくな。もし破ったら命の保証はないと思え」

冷えきった声で釘をさすと、安栖はあっさりと男を解放した。急ぎ足で逃げ去っていく男の背中を見ることもなく、安栖は真琴をぎゅっと抱きしめる。

「怖い思いをさせて悪かった。すまない」
「ううん、大丈夫。おとうさんが来てくれたから平気」

よしよしとあやすように頭を撫でてくれる安栖の手付きに顔を緩める。

「この笛を持たせてくれてたおかげだよ。本当にすぐ助けに来てくれてびっくりした」
「俺にだけ聞こえる特別な笛だからな。呼んでくれてありがとう」

真琴に渡した笛には安栖の霊力が込められている。笛の音は風として、空気に乗って安栖の元へ運ばれていく。それを辿った先に真琴がいる、単純な仕組み。
今回はたまたま近くにいたからすぐに駆けつけることが出来たが、遠い場所にいたら……と思うと肝が冷えた。

「真琴」
「ん?」
「次からは変な人がいるなと思ったらすぐに笛を吹くんだぞ」
……? わかった」
「よし。じゃあ帰ろうか。その袋持つからちょうだい」

安栖は片手に買い物袋を持ち、もう片手は真琴の手を繋いで歩き始める。真琴は一瞬だけ泣きそうな表情を浮かべた安栖を見逃さなかったが、今は機嫌良く鼻歌をうたっている。何も言わない方がいいかもしれない。そう思うことにした真琴は、安栖の手をぎゅっと握り返して、帰路に着いた。