黒竹
2022-05-30 21:16:19
13769文字
Public VOCALOID
 

アンダンテでは遅すぎる

【ルカミク】
「フォルテッシモじゃ強すぎる」の続編。
嘘はどこまで嘘なのかなっていうお話。



 初音ミクは雷が恐くない。
 しかしながらこの雷はさすがに首をすくめざるを得ない。
「まったく、来るなら来るで前もって連絡してきたらいいじゃない! 呼ばれてもいないのに押しかけてくるなんて、しかもあんな大騒ぎして……!」
「騒いだのはお客さんたちでわたしじゃないもん……
「原因を作ったのはミクでしょ!」
「ふに……
 自宅に帰るなりどっかとソファに沈み込み、重々しいため息を吐き出したと思ったらお説教が始まった。ミクは反省の意思を示すためにソファではなく床に正座している。
「そもそも、なんで急に押しかけてきたの。私の同窓会なんてミクの知り合いもいないし関係ないじゃない」
…………
 幹事が自作自演でルカを救って自分のものにしようとしていたのを阻止したのだ、と言ったところで信じてはもらえないだろう。まがりなりにも過去の想い人だし、過去は往々にして美化される。そして彼は、接した限り好青年だった。狡猾なだけで。引き際もちゃんとわきまえていた。
 質問には答えずに、反抗の意思だけ尖らせた唇で示す。捻り上げられた。「いひゃいいひゃい」稀代の歌姫に対するものとは思えない仕打ちである。
 解放された唇を揉みながら上目遣いに見つめる。媚びているわけではなく抗議の視線だ。冷ややかに見返された。
「結局、同窓会は収集つかなくなるし、お店にも迷惑かけちゃうし……。あとで謝りにいかないと」
 額に手を当てて難しい顔をするルカ。別にルカが謝る必要はないのだが、保護者としての責任を感じているようだ。
 ルカがクールダウンしてきたのを悟って、ミクはさりげなく彼女の隣に移動した。正座で足がしびれてきていた。
 ひとしきり怒って落ち着いた様子のルカが横目でミクを見やる。しゅんと頭を垂れている少女の佇まいを眺めて、ルカの口元が複雑に歪んだ。
 怒っているのだというポーズを続けたいが、いかんともしがたくミクが可愛いのである。
 どうしようもない。
 そんな葛藤を気づかれたくなさそうだったのでミクは気づかないふりをして、今度はさりげなくルカの手をとった。
「ごめんなさい」
……もう、いい」
 ポーズも限界だったのか、ルカがこれで手打ちとばかりにつぶやく。
 長い桃色の髪の内側を這うように、首筋へ腕を回す。キスをしようとしたら避けられた。目を合わせてこない。じっと横顔を見つめる。視線は前髪に隠れている秀でた額から上向きに伸びるまつ毛、すんなり通った鼻筋をすぎてつややかな唇に至り、そこでルカの我慢の限界がきた。
 回っていた首が戻る。じゃれあうでもない、愛しさを伝えるでもない、温度のないキスを交わし、離れると彼女は切なげに眼差しを揺らしていた。
 初めて唇を重ねた時の気持ちをもう思い出せない。
 彼女は覚えているのだろうか。
「ルカさん」
「ん……?」
「好き」
 告げると、彼女はますます切なげな顔をした。
 もうずっと、こんなことの繰り返しだ。
 意図が噛んで、絡んで、結果は意図せぬ撹乱で。
 待っているのに、構っているのに、から回っている。
 ぎゅっと抱きついて首筋に顔をうずめた。
「好きだよー」
「はいはい」
「ほんとに大好きー」
「ありがと」
 ひっくり返った神託は何一つ信じてもらえない。『信じてはならない』と定義されているとでも言うように、彼女は頑なに少女の言葉を信じない。
 誰でもなく何でもある少女に対する偶像崇拝だった。教義その一、少女の言葉はすべて嘘である。
 唇も、肉体も、言葉も、彼女はなにひとつ受け取らない。そうさせたのは自分だ。自業自得だ。それをいまさら後悔したところで遅い。
 どうしたらいいんだろう。
 どうしたら、本当に彼女が好きなのだと判ってもらえるんだろう。
 思わずため息をつくと、耳元で聞きつけたルカがうん?と視線を寄せてきた。
「あ、おなかすいた? お昼も食べてないんでしょ?」
「ちがう……や、おなかはすいてるけど」
 空腹を意識したせいかタイミングよく胃袋が鳴ってしまってごまかしきれない。「なに食べたい?」「お寿司ー」贅沢な、と苦笑しつつもルカは出前を頼んでくれた。
 宅配寿司が届くのを待つ間、ミクは例のパズルゲームをし始めた。この前のステージはクリアできたのだが、それより格段に難しい局面に挑戦中なのだ。今のところクリアできる見込みはない。
「ああ、また駄目だった……。ルカさーん、ハートちょうだい」
「はいはい」
 隣のルカが送ってくれたハートが届く。軽快な電子音と共に復活したハートのアイコンを眺めながら、こんなふうに気持ちももらえたらいいのにと益体もないことを考える。
 「くださいな」「はいどうぞ」で手に入って、しかも目に見える。フレンドのハートはいともたやすい。
 けれど、本当にほしいハートはこれじゃない。
 気持ちも目に見えたらいいのに。形とか、大きさとか、動きとか、そういうものが相手にそのまま伝わったなら、きっと簡単に本当を伝えられる。
 違うことを考えていたらゲームは当然のようにゲームオーバで、「ていっ」腹いせにスマートフォンを放り投げる。ただし割れたら困るのでカーペットにそっと。
 その様子を半ば呆れた笑顔で見ていたルカが、広げていた雑誌を閉じてミクの頭をなだめるように撫でた。
「それにしても、さっきのミクのおなかの音、けっこうすごかったわね」
「まぜっかえされたっ」
「はっきり聞こえるくらいだったんだもの。そんなにおなかすいてた?」
「そういうわけじゃないんだけど……
 腹の虫の音量なんて自分で調整できないんだから仕方がない。
 そこで気づいた。
 目に見えなくても、耳に聞こえるものはある。
 そしてそれは、嘘のつきようがないものだ。
「ルカさんルカさんっ」
「なに? ハートはもうあげられないわよ?」
「ほしいの」
 だから、とさらに言い募ろうとするルカを制して、彼女の手を取る。
 取ったその手を自身の左胸に当てた。
「どう?」
「小さい」
「予想通りの答えだよルカさん」
 なんの説明もなしに聞いたらそう来るだろうとは思っていた。
 今度はルカの髪に手を潜らせて引き寄せる。抱きくるむように耳を胸に当てさせれば、さすがに通じたのかルカがおとなしくなった。
 誰でもなく、なんにでもなれる初音ミクはつまり。
 恋する少女にも、なれる。
「あのねルカさん」
……ん」
「わたしは、ルカさんが好きだよ」
 聞こえる? ささやくように問いかける。好きだと、その言葉を口にした瞬間に鼓動が速まったのが自分でも判った。
 きっと伝わる。
 音楽シーンを駆け上がり、彼女を救うために走り、そして今、鼓動がはやる。
 初音ミクは走ってばかりだ。
 そしてこれからも走り続けるだろう。いつかは息切れを起こして立ち止まり、歩くようになるかもしれない。
 そんな時、隣に彼女がいて、「ずいぶん遠くまで来たね」と笑い合えたらいい。

 その終着点がきっと、初音ミクが手に入れるオリジナルだ。