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黒竹
2022-05-30 21:16:19
13769文字
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アンダンテでは遅すぎる
【ルカミク】
「フォルテッシモじゃ強すぎる」の続編。
嘘はどこまで嘘なのかなっていうお話。
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やってしまえばこっちのもの、というのがミクの信条だ。己の信念に基づき、色々と行動を起こしてきた。色々と。それこそ信念通り文字通りのことすら。
ミクの持っているキーホルダーには巡音と表札のかかったマンションの一室に入れる鍵がついているが、これもまた信念のたまものだった。つまり勝手に作った。スペアキーのしまいかたが適当すぎると思う。机の引き出しを開けたら偶然見つけてしまったのだ。その前に小物いれとかキャビネットとかも開けたけれども。
当然、合鍵を無断で作られたことにルカは怒ったが、怒っただけで取り上げはしなかった。そうなる自信があった。彼女はこの部屋がミクにとってどんな役割を負っているか理解している。
すでに、リビングのソファはミクのおしりの形にへこんでいたし、食器棚の二段目の左端には常にスカイブルーのマグカップが置かれている。
特に用事はなかったけれど、ロリポップがなくなってしまったのでミクは合鍵を使うことにした。
主のいない部屋で、ミクはパーカを脱ぎ、ハンガーにかけ、眼鏡を外してケースにしまい、長い髪をうなじで一つにまとめる。
やかんでお湯を沸かし、キッチンの上にそなえつけられた棚から紅茶葉の缶を取り出す。少し背伸びをしないと届かないのは彼女との身長差が影響している。棚はソファと違ってどれだけ干渉しても自分に馴染むことはない。そのバランス加減が心地良い。
茶葉を深皿に入れてお湯を注ぐ。茶葉が開くの待つ間に小鍋へ牛乳と水を入れて火にかける。沸騰しそうになったら火を止めて開いた茶葉を投入。時間つぶしにスマートフォンでゲームをしながら三分待つ。
良い具合に紅茶が抽出されたら、茶こしで濾してグラニュー糖をくわえて出来上がりである。
インターネットで調べたおいしいロイヤルミルクティーのいれ方を律儀に実践した渾身の一杯をリビングに運んで、ソファに座ってひとくち。うぅん、と唸る。
手順も分量も間違いないはずなのに、ルカが適当に作ったミルクティーの方がおいしい。
「
……
やっぱり愛情が最高の隠し味かな
……
」
渾身の一杯ならぬ懇親の一杯。
真面目くさった顔で冗談を言ってみるが、誰も聞いていないので意味はなかった。その事実がミクの胸に軽く効く。
しかしながら、これはこれでおいしいのでミクはカップを傾け続けた。「このロイヤルミルクティーを作ったのは誰だ!」と叫んだところで自分自身だし。
ルカがなかなか帰ってこないので、ミクはスマートフォンでゲームを始める。世間で大人気のパズルゲームである。しばらく調子よく進んでいたのに、何度チャレンジしてもクリアできないステージが現れてしまった。プレイ可能を示すハート型アイコン、その最後のひとつがあえなく砕ける。
「ああぁ
……
」
うめき声を洩らしながらゲーム画面を閉じて、別のアプリを呼び出す。登録した相手とメッセージのやり取りができるそれで、ルカのアイコンを選択してメッセージを送信。『ルカさん、ハートちょうだい』ゲームに使うハートはフレンド登録した人から一日一回もらえるのである。ちなみにルカはゲームに興味がなかったがハート目当てでミクに登録させられた。
十数分して、ハートがプレゼントされたと通知が届く。よし、と再度チャレンジ。
せっかくルカがくれたのに、結局クリアできなかった。他のフレンドからはもうハートをもらってしまっているので、あとは時間経過で回復するのを待つしかない。
リズムゲームは得意なんだけどな、負け惜しみを口の中で転がしつつ、ミクはスマートフォンをテーブルに放る。
フレンド。手のひらほどの画面に表示されていたその言葉に、苦いものを覚える。フレンド、リスト。
画面の中では仕事仲間も学校の友人も巡音ルカもみんな『フレンド』だ。お友達一覧。一律の横並び。
そしてルカが持っている端末でも、ミクは『フレンド』として扱われる。
彼女とは恋人同士ではない。では友人か、と言われると難しい。ああでも。ミクは自嘲気味に考える。フレンドではあるのかな。本質を全くついていない、十六歳が思い浮かべるのは適切ではないドライな名称。無意識にミクは下腹部を撫でる。
ベッドのスプリングがきしむ音は、もうそろそろ馴染みそうだった。
ロイヤルミルクティーを飲み干した頃にルカが帰ってきた。「惜しい」「え?」おかえりより先に言われた台詞の意味が判らず、ルカが間の抜けた表情を浮かべる。
「もうちょっと早く帰ってきたら、ミクちゃん特製ミルクティー飲めたのに」
「
……
あ、そう。それは残念だわ」
全然残念がっていない口調でいなされた。少し顔が赤い。
「ルカさん、お酒飲んでる?」
ここにあの青年はいないから先生とは呼ばない。
ルカが肩をすくめた。「判る?」
「食前酒で軽めのワインが出たから一杯だけ。もう、これだから嫌なのよ、すぐ顔に出るから」
唇を尖らせる彼女を、ミクは可愛いと思うのだけれど口にはしない。
「昼間からお酒飲むなんて不良だー」
「ばか」
こつんと優しく額をたたかれる。「夜だったら飲まないわよ」言外の意味にミクがかすかに右眉を上げる。
「ほんとかな」
「嘘ついてどうするの」
「あのお兄さん元カレでしょ?」
わざとにんまり笑って言ってやると、彼女は虚をつかれた顔をして、それから今日に疲れた顔になった。
「違う」
「うそー」
「ほんと。
……
片思いだったもの」
はん、とミクが胸中で鼻を鳴らした。なるほど。同窓会で見せ物になるのを引き受けた理由はそれか。
冷蔵庫からミネラルウォータを持ってきて呷るルカのまつ毛が気まずげに震えている。それから、右手で耳たぶに触れた。
その手を、ミクが捕まえる。
同じ仕草をしないで。
そのまま引き寄せていたずらのようなキスをした。一瞬ひるんだルカが身を引きかけたけれど、思い直したのか首を傾ける。
「お酒臭い?」
「全然。顔はまだ赤いけど」
食前酒なら一口で終わるような量だろう。ワインを飲んだことはないけれど、祝賀パーティーに呼ばれてグラスを見たことならある。あんな程度で酔っ払う人をミクは知らない。
だから平気、とさらに唇を重ねた。アルコールは感じられない。ロリポップの甘い匂いもなくて、それは少し残念だった。
そっと彼女の腰に這わせる指先は良い具合に馴染んできている。見よう見まねだったそれが自分自身のものになっていく感覚をミクは嫌いではない。
「どんな人?」
「え?」
「一緒にいたお兄さん」
鼻先が触れ合うくらいの距離で聞くのは不適切な質問だったかもしれない。けれどミクは気にしない。巡音ルカを傷つけることに初音ミクは躊躇しない。そういう信念。
視線をさまよわせていたルカは、信念に押されて観念したのか、伏せ目がちになりつつ答えた。
「真面目、な人だったかな。勉強ができてよく教えてもらってた」
「運動は?」
「得意ではなかったと思う。特に球技が苦手で、そうそう、バスケットのドリブルがすごく下手だったのよね。あ、でも反復横跳びだけは速かったな。おかしくない? 走るのも飛ぶのも駄目なのに反復横跳びだけすごく速いの」
口を開くたびにほぐれていく彼女の表情を見つめながら、ミクは子供らしい無邪気な笑みを浮かべている。
「手先も不器用だったし、音楽なんて全然で。クラス対抗の合唱コンクールがあったんだけど、私が伴奏でね。勉強教えてもらう代わりに、放課後ふたりで練習したのよ。音感はあまりないんだけど、低くて綺麗な声してたなあ。コンクールが終わった後、お礼にってクッキーくれたりしてね」
ここまでくるとさすがに閉口した。
「告白しなかったの?」
「え、してないしてない。だってほんとにただのクラスメイトで、向こうは私のことなんてなんとも思ってなかったし」
閉口したままなので声にはならなかったが、ミクは突っ込まずにいられなかった。ルカさん、それほぼ確実に両思いだったよ。
ミクの知らないルカの物語。楽しい思い出と実らなかった恋の話。
あの彼も彼女のフレンドリストにいるのだろうか。自分と同じように横並びで、しかしミクが持たない思い出を持って。
彼が持たず、己が持つ彼女の経験。それは本質からほど遠い。
けれどミクにはそれしかないので、「もういい」唇を塞いでベッドに誘った。
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