Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
黒竹
2022-05-30 21:16:19
13769文字
Public
VOCALOID
Clear cache
アンダンテでは遅すぎる
【ルカミク】
「フォルテッシモじゃ強すぎる」の続編。
嘘はどこまで嘘なのかなっていうお話。
1
2
3
4
5
6
珍しくミクの方が早く起きた。どうもルカは寝顔を見られるのが恥ずかしいらしく、いつもアラームが鳴る前に目を覚まして、ミクの髪や背中を撫でたりスマートフォンでネットニュースを見ていたりするのだが、今日はそれより先に起きてしまった。たまにしか訪れない機会なので熟睡しているルカの顔を覗き込む。小さく開いている唇に軽く唇で触れて、胸も揉んだ。どちらもふにふにしていた。
時刻を確認するとアラームの二十分も前だった。眠りが浅かったのかな、と口の中でつぶやいて、ルカを起こさないようにそっとベッドを抜け出す。
フローリングの床をペタペタ鳴らしながらリビングに入ると、それほど離れていない位置からバイクのエンジン音が聞こえた。あ、と気づいてドアポストをチェックする。やはり、封筒が一通入っていた。ちょうど睡眠が浅くなったタイミングで投函され、その音で目覚めたらしい。
封筒のサイズや紙質からただの手紙ではないことは見て取れた。おそらく同窓会の招待状だろう。
同窓会。現役高校生のミクには縁遠いイベントだ。ピアノを弾くと言っていたけれど何を演奏するのだろう。例の合唱コンクールで歌った曲かもしれない。
テーブルに置いたところで気配を感じて振り向くと、ルカも起きてきていた。ゴソゴソしている音か気配で目が覚めたのかもしれない。
「なんか来てたよ」
「ん」
寝ぼけまなこをすがめつつ、ルカが封を切る。予想通りそれは招待状で、ミクも肩越しに覗きこんだ。日時と会場の案内、それと挨拶文の典型的なフォーマットだった。会場はミクも知っているレストランで、格調高いとまではいかないが、ロケーションの良いそれなりな店だった。いかにも真面目な幹事が選びそうだ。後で返事を書くつもりなのか、ルカは一度開いたそれを封筒に戻した。
「あのね、『御欠席』を隠すみたいにイラスト描くの流行ってるんだよ。ネットで見たの。すごいんだから」
「美術が3だった人間に言わないで」
「5段階?」
「10段階」
「うんまあ、人生そういうこともあるよね」
画力で人生まるごと判じないでほしい、という目つきで睨まれた。寝起きのルカはいまいち冗談が通じない。
「ちなみにわたしはずっと美術5だよ」
「10段階?」
「5段階」
「朝ごはん、パンとお米どっちがいい?」
「パンー」
実にシームレスな話題の転換だった。
トーストをかじりながら演奏予定の曲を尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「えー、なんでそれ?」
「なんでって
……
」
ルカが予定しているのはミクのデビュー曲だった。ヒットしたとはいえ、たかだか半年前にリリースされた曲だ。高校時代の思い出を想起させるはずもない。
本気で首を傾げるミクにルカは呆れ顔になって、バターナイフをミクの鼻先に向けた。
「あのね、今は猫も杓子も初音ミクなの。誰でも知ってて、誰の思い出とも重なるの」
それは恋の歌であり、望郷の歌であり、母への感謝の歌であり、日常に起こる小さな幸運の歌であり、可愛らしい猫の歌であり、また犬の歌でもあり、少女でもあり少年でもあり、老人でもあり胎児でもあり、熱狂であり穏健であり王道かつ奇抜であり薫風であり陽光であり、大地であり海だった。
なんにでもなれて誰にでも愛される初音ミクだからこそ、歌える曲だった。
懐かしい顔ぶれがそろう場で演奏するのに、それ以上ふさわしい曲が他にあるだろうか?
「ふぅん」
気のない相槌が不満だったのか、なに? とさらなる反応を促してくる。
「あれってそんなふうに言われてるんだ」
「知らないの?」
「あんまり興味ないから」
「へえ
……
。じゃあ、ミクはあれどんな曲に聞こえる?」
音楽人としての興味か、ルカは口元に微笑を浮かべながら問いかけてきた。
少し考える。
思考は、なんとかして意味のある答えを返そうとしたためだったが、無駄な努力だった。
「からっぽ」
「からっぽ?」
「ん。なんにもないよ。ルカさんが作った曲の方がずっといい」
ルカが奇妙に唇を歪めた。自曲を褒められて喜びはするが、素直に単純な褒め言葉としては受け取れきれない程度に、ルカは音楽人だった。
それでも、ミクの言葉は本心だったのだけれど。
愛されるためにキスをして、愛されるために身を捧げて、合鍵を勝手に作って過去の恋愛に嫉妬して。
そんなふうにいくらでも嘘をつけるミクが珍しく口にした、本音だったのだけれど。
1
2
3
4
5
6
広告非表示プランのご案内