【カミ東】神さま心

🔪🍮で🔪様異文化行事にかこつけて🍮さんを自身の領域内に連れていく神隠しなお話。


カミキリに連れて来られ七日目の日。東雲は漸く玄関扉の先に広がる闇の上に一歩踏み出した。
沈むことなく浮いている右足を見下ろす。これなら歩ける、歩いていける。根拠も確証も無いが帰るという想いをありったけ足に込め、今度は左足を踏み出し、玄関のドアノブを押さえていた手を離そうとした時だった。
手首を掴まれ振り返る。視線を少しばかり下げた先、東雲の手首を掴んで離さないカミキリが其処に居た。
大きな瞳は漆黒に彩られ、手首を掴む幼き手は涼しいを通り越し最早冷たかった。
「行かないデ」
「帰る」
普通の者であれば恐慌状態に陥るカミキリの声色も東雲は意に介さない。
……大家サんが帰るノは僕の部屋」
「それは違う」
東雲の手首を掴むカミキリの手の力が強まる。
だが、カミキリの常闇の瞳は潤み揺れ動いており、東雲は彼に視線を合わせるべく体を向かい合わせ腰を屈めた。
「イヤだイヤだ……
駄々を捏ねる子供染みた動きで頭を振るうカミキリの頭を撫でるべく東雲が手首を掴まれていない方の手を伸ばす。
刹那、狙っていたのかカミキリが爪先立ちをして東雲の首に腕を巻き付けた。今も尚、カミキリは嫌だ嫌だと東雲の肩口に顔を押し付けている。頬を掠める白くなめらかな癖っ毛を東雲の手が撫でつけた。
「僕ノ処じゃ駄目……?」
「別に駄目じゃない」
「なら居テ……
「──それは無理、私の自宅は404号室だから」
一層首に巻き付くカミキリの腕の力が強くなり東雲は眉を顰めた。涙を流してはいないが、まるで泣いているように震えているカミキリの息遣いに罪悪感が募る。罪悪感は小さな胸の痛みとなり、抜けぬ棘となった。
三食昼寝付きの快適な暮らしは退屈を満喫するにはもってこいだった。怠惰な暮らしは憧れていたが、それは自分が遊んで暮らす前提の話だ。
カミキリと一週間は此処にずっといたいという気持ちになるほど魅力的なものではなかった。
そう突き返せばいい。だが、東雲は自分に縋っている小さな神様を振り解けないでいる。

だからか、言うなれば思っていない事を口走ってしまった。

東雲は自分の首に巻き付いているカミキリの腕を解き、目を合わそうとしないカミキリと目が合うまでずっと彼の顔を見続けた。
漸く観念したのか斜め下を見詰めていた零れそうな目と目が合ったので東雲は特徴的な八重歯を覗かせて笑いかける。
「次からカミキリさんとこに帰りたくなるようにしてみせてよ」
常闇色だったカミキリの瞳の色が瞬く間に澄んでいき青色味が増していく。
「ただし! この”かみかくし”ってのは無しな? これだと何処にも遊びに行けないじゃんね」
東雲の言葉にコクコクと無言でカミキリが頷けば、あれほどまで先が見えなかった闇が晴れいつもの廊下が姿を現した。夕暮れ時、だが日が完全に落ちていない空の明るさを背中に受けた東雲は名残惜しそうに掴むカミキリの手を離し一週間ぶりの自宅へ裸足で帰っていったのだった。