しろくまたたくはくしゅんさん
2023-10-04 20:46:23
8734文字
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【アルカヴェ】31回目の朝のこと

ねぼすけさんなお話



 メラックにこっそりマシンオイルをさし労わった次の日、カーヴェは意気揚々と出かけ、就寝前に足をもつれさせながら帰って来た。泥酔しているが踊るように歩いているのでまだいい方だ。
「ピポ~!」
 自分で寝室に戻れるだろうと自室で本を読んでいたが、メラックからの救援信号を聞き部屋を出る。カーヴェのことは自分でどうにかしろと言えるが、メラックは被害者なので助けないわけにはいかない。
 リビングへ向かうと、カウチに頭から突っ込んでいるカーヴェが居た。机の上に置いてあるザイトゥン桃を取ろうとした形跡があり、絡まる足で横着した結果なのだろう。
「カーヴェ」
「んぅう?」
 呼びかけに答えるが、正常な思考ではないのは確かだ。メラックは困り顔でカーヴェを覗き込んでいるが、自業自得なのだから心配する必要はひとつも無い。アルゴリズムにしてはよく出来すぎているマシンとしての感情の究明は後にし、メラックの視線に応えてカーヴェを仰向かせる。
 今日は仰向けからの救難訓練だ。足がすでに曲がって床に着いている分、地面に伏せっているより抱き上げやすい。ようは、横抱きにしてしまえばいい。
「持ち上げるぞ」
 急に体に触れば救助者は不安を覚える。声掛けを忘れない。膝裏と背中に腕を差し込む。いつも着ている白いシャツの隙間に指が入ったが、気にせず抱えた。
「あぅはい、ゼン?」
「なんだ」
「ごへん、ごはん、つくる…………
「別にいい」
 カーヴェが家にいる時、よほどのことが無ければ家事を担当するのはカーヴェだ。今日も本来であれば夕方には帰ってきている予定だったが、デザイン案が気に入られたか本人が気に入られたか、依頼人がもてなしてくれたらしい。カーヴェの性格上、そうした誘いを断るのは無理だ。共に暮らしていることを周囲に隠しているため、家に戻って夕飯を作らないと、という言い訳はできない。
 知らずのうちに眉間にしわを寄せていた。こんな醜態を酒の席のたび見せていれば噂になりそうなものだが、かなり気を張っているのかなんとか体面を崩さずにいられるらしい。家に帰ってからもその能力を発揮してくれ。
「あったかい…………
 肩に頭を置かれ、頬ずりされる。シティの夜風に当たってきた体は冷えており、こうして温もりを噛みしめられたことは幾度となくあった。酒に酔い染まった頬。気を許し溶けた顔。このまま籠に閉じ込めて手ずから餌を与えたいというほの暗い感情に飲まれる前に、カーヴェの部屋へたどり着く。ベッドに彼を乗せるが、肩から手が外れない。

 ────アルハイゼン。

 鼓膜が震えることはない。音も無く、唇だけで名を模られた。潤んだ瞳が月の無い夜にきらりと輝き、嬉しそうに細められた。純粋な行為をにじませた表情に抗えないまま、30回目となる口づけをされる。ちゅ、とリップ音が夜半の空気に響く。
「はぁ……────」
 離れていく唇から漏れる恍惚のため息が己の唇を湿らせた。ぽす、とシーツの上に沈み、金糸が散らばる。カーヴェは瞳を伏せ、口づけた熱を逃さないよう口元を両手で覆った。
「ちゅー、しちゃ、ったあ…………
 ひそやかに、いたずらに、そしてうれしそうに。森の奥、誰にも知られぬ場所で花が咲いたような────
 細い手首をつかみ、シーツに縫い付けた。
「あ、っ」
「カーヴェ…………
 愛をささやき、その口で形のいい唇を縫い留めた。31回目。自分からするのはこれが初めてで────最後にしようと思った。
 感情が高ぶりすぎて、肺からせりあがってくる熱い呼吸を止める。口づけを通してカーヴェを内側から燃やしてしまうかもしれない。そんな馬鹿なことを考えていた。名残惜しいが、本当にそうなってしまう前に離れないといけない。唇を離せば、カーヴェはぼんやりとした瞳で見つめてきた。
「すまない。嫌だったか?」
 ふるふる、とカーヴェは小さく首を横に振った。靴を脱がせ、ベッドに足を上げさせると毛布をかぶせてやる。
「おやすみ。いい夢を」
 部屋を去る間際、小さな声で呼ばれた気がした。振り返ることは無かったが。