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しろくまたたくはくしゅんさん
2023-10-04 20:46:23
8734文字
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【アルカヴェ】31回目の朝のこと
ねぼすけさんなお話
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「アルハイゼン!朝だぞ、まだ寝てるのか?」
神経質そうなノックの音。目覚めたばかりの声帯でかすれた返事を返せば、朝から元気な同居人が「さっさと顔を洗ってこい。朝食、食べるだろう?」と尋ねてきた。
「うん」
幼いころの夢を見たせいか、ずいぶんかわいらしい返事をしてしまった。同居人も気づいたらしい。ふ、と優しく笑う空気がドアの向こうで聞こえた。
「一緒に食べよう。待ってるぞ」
翻る空気。機嫌のよさそうな足音。ベッドから降り、片首を回す。最後にぐっと伸びると部屋から出た。途端、朝食の匂いに鼻をくすぐられる。思わず寄っていきそうになる足を反対方向に出し、朝の冷たい水に顔をさらす。
タオルの匂いが違う。洗剤を変えたらしい。嫌いな香りではないが、衣類も同じ洗剤で洗った場合のリスクに気づいているかは謎だ。
リビングに入れば、男の姿が目に入った。気に入っているらしい胸と背中の開いたシャツを着て、身だしなみもすでに終えている。朝が早いというわけではなく、昨日の夜からそのままなのだろう。
「昨日も徹夜したのか。カーヴェ」
「君はおはようも言えないのか?アルハイゼン」
「おはよう。それで、徹夜しだんだな?」
「おはよう。ああ、デザイン案がまとまらなくてな」
頭の中のカウンターが回り、0が1になる。3になったらなんとしてでもベッドへ沈ませるが、まだその時ではない。
カウチに座り片手で読みかけの本を探ったが、昨日までそこにあったものが無い。
「
……
カーヴェ」
「そこの本なら片づけたぞ。ほら、あそこ」
以前なら「勝手に触って悪かったよ」と被虐的な様子で視線をそらしていたが、今は堂々とした物言いで悪びれもなく俺の前に皿を置いた。ミントビーンスープとピタ、作りすぎたのかニンジンと玉ねぎをビネガーと胡椒で和えた付け合わせもある。スープを出すのであらかじめ本を退避させられたのか、そういう悪知恵だけはよく働く。
「いただきます」
「めしあがれ。いただきます!」
朝食の間に互いの今日の予定を共有する。カーヴェの口ぶりから察するに、そこまで追い詰められていないのだろう。徹夜はしているが────昼に気分転換に買い出しに行くだろうから、退勤時にランバドのところへ寄る必要はなさそうだ。
「ん
……
。何か──忘れているような
…………
。あっ!」
前言撤回する。やはり今日の夕食は酒場に寄るとしよう。
「オルモス港の案件の打ち合わせが今日あるんだった!」
「予定に変更が生じたようだな」
「まずいぞ
……
。いや、歩きながら案を練るとして────昼過ぎに打ち合わせ場所に着いたらまず
……
」
やはりな、とため息が出る。こうなると頭の整理がつくまで俺の話など耳に入らない。目を回しながらピタを口いっぱいに詰め、咀嚼し砕いた食物をスープで流しこんだカーヴェは、むせかけて顔を赤くしてからなんとか飲み込んだ。
「すまないアルハイゼン、朝食の片づけを頼む。今日の夕食は────」
「わかった。君はもう出かけるんだろう?俺は適当に外で食べる」
「日付が変わる前には帰る!おいでメラック!──行ってきます!」
「ああ────カーヴェ!」
なに、と振り返るその顔めがけて鍵を放る。
「っぶなあ!?」
「気を付けて行くんだな」
「わかってる!」
玄関を飛び出て行く姿を見送る。赤い布が左右に揺れ、その後ろをメラックが追っていく。あいつの奔放さについていくのはさぞ大変だろう。グランドバザールにマシンオイルは売っているだろうか?良いものがあれば買っておくとしよう。
リビングに戻り、残っていた朝食を平らげる。シンクに食器を重ね、水に浸している間に挽かれたコーヒー豆を見つけた。食後に飲むつもりだったのだろう。湯を注ぎ、一杯を楽しむ。二人分注ぐ予定だったためもう一杯分余っているが────ああ、こんなところでアイツの凝り性に助けられるとは。
容器にコーヒーを注ぎ、そこに乳白色の粉を容器に少量、混ぜながら入れていく。ダマになっていないことを確認すると、混ぜるのを止め、使用したスプーンをシンクに置く。洗剤を泡立て食器を洗い、終わったら冷めた容器に布をかぶせ、冷所に置いた。
「よし」
我ながらなかなか良い機転だと称賛する。こうしておけば長持ちするし、少量だからいつでも食べられる。固形のため読書の邪魔にもならないのも利点だ。
部屋に戻り着替え、読みかけの本と知恵の殿堂から借りていた本を鞄に入れると家を出る。
「行ってくる」
玄関で振り返ったが返事は無い。なかなか己も毒されているなという内心の皮肉は聞かなかったことにした。
ランバドのところで酒と夕食と読書をして過ごし、グランドバザールの露店で珍しい酒と果物、肉と野菜を買い、行商からフォンテーヌ製のマシンオイルを購入した。草神様が救済された後からスメールでは機械の需要が高まり始め、フォンテーヌへ留学する者も増えている。フォンテーヌ古代語の書籍も増えればいいが、マシナリーや裁判に関する本のほうが多いためそういった内容のものは希少らしい。
家に戻り、寝巻に着替えている間にそう言えばと今朝のことを思い出す。コーヒーにゼラチンを混ぜ固まっているそれ──明日の朝、カーヴェに出してやろうとしたそれ。果たしてうまく固まっているだろうか。キッチンに向かおうとしたときガチャリと玄関から音がした。
どた、どす──がたた。ばたっ。
嫌な予感がして踵を返す。玄関先の廊下からはみ出ているカーヴェの頭。倒れた際外れた羽根飾りが宙に舞い、金の髪の上に落ちる。
「おかえり大建築士殿」
返事は無い。いや、あるにはあるがどれも言葉の一片にもならない呻きであった。
「寝るならベッドで寝ろ。吐きそうなら手洗いまでなら手を貸す」
聞こえているか、いないか。乱れているが呼吸はしている。オルモス港からシティに着いたあと、誰かしらに酒の場へ誘われたのだろう。屈み、伏せった顔にかかる金糸をすくう。染まる頬、だらしなく開いた口元からは酒の匂い。ここまで支えてきたのだろう、床と腹の間に挟まれたメラックを救出すれば、「ピポォ~!」と困り顔で俺を見つめる。
「もう大丈夫だ。君は休むといい」
「ペポ~
……
」
カーヴェから供給された元素力を蓄え大剣を振り回しているとはいえ、成人男性を引きずるのは骨が折れるだろう。蛇行をしばらく繰り返すと、メラックは守護形態となりカウチに沈んだ。
「はぁ
…………
」
カーヴェの両脇に腕を差し込む。頭の中に浮かぶのは救助者が発生したときのマニュアル。背筋に力を入れ、上体を持ち上げる。
「ゔ
……
ぅ、」
「カーヴェ、足に力が入るなら歩け」
「
……
る、
……
ぇン?」
「膝を立てろ。足の裏で地面を踏め」
応えを待っていると、はー、と酒臭い呼吸の後、腕が軽くなる。互いに向き合い抱きしめるような形になった。ここで肺の空気が濁れば吐瀉コースだが、幸いにして深い酒精の呼吸が繰り返されるだけだ。片方の腕を抜き、カーヴェの腕を首の裏に回した。
左右に揺れる足取りに舌打ちが出た。以前は倉庫にしていた扉を開ける。足元に散らばる模型を蹴り脇に退かし、ベッドに男を乗せた。
任務完了。報酬はコーヒーゼリーで手を打とう。明日朝コイツの目の前でこれ見よがしに食べると決めた。
「ふー
…………
」
いったいどれだけ飲んだのだろう。匂いでこっちも酩酊しそうなくらいだ。最近はそこまで深く酔うこともなかったはずだが、オルモス港での打ち合わせで気落ちするようなことがあったのかもしれない。
カーヴェの部屋をさっさと出なかったことを後悔する。迫る腕に気が付かず、そのまま項に回され引き寄せられた。
「──ッ!ぐっ!」
「あるはいぜん、だぁ~!」
酒臭い無邪気め!と反論する前に唇へ柔らかな一撃をくらう。遅かったか、と目の前の男を睨んだが赤い瞳は薄い瞼の裏側。そうしている間に二撃目をくらう。下唇を吸い付かれ、ぷるりと弾け戻った。
「ふ、ふふ
……
ふふふ!」
「何が楽しい」
「ヒミツ!」
酔っ払いにまともな答えを求めたことが愚かだった。肩を揺らすように笑い続けたカーヴェはしばらくすると腕から力を抜き、ずるりと落ちていった。ベッドに沈み、寝息を立て始めるのを確認するとゆっくり起き上がる。
はぁ、とため息が漏れる。これで29回目だ。勝手に回ったカウンターを止めることはできないし、なぜ覚えているかもわからない。カーヴェは酒に寄った後のことをほとんど覚えていないから、向こうの唇は0回のままなのだろうと考えると、妙に腹が立つ。
なにせ────この頭脳は物覚えがいい。1度目から29度目の接吻とその前後をすべて覚えている。温さも柔らかさも、酒臭さも、妖しく赤く光る眼も、滑り落ちる髪の流れまで、すべて。
〝むかしむかし、あるところにとてもきれいなお姫様が眠っていました。〟
一晩眠れば忘れてしまっていたであろう今朝の夢を、今、思い出す。祖母の、眼鏡の奥で穏やかに笑う瞳。利巧と撫でられた頭。いろんな人に当てはまるのだ、と教えてくれた時のややいたずらな口調。絵本の中、淡い水彩で描かれた登場人物の中で、いつも寝顔の少女が、目の前の成人男性に重なる。
おとぎ話はたとえ話。純粋で、無邪気で、おかしいながらも、物語を通し筆者は読者にといかけあるいは示唆をしている。すなわち、己の中に眠っているもの────長年得体の知れなかった感情とする。それが目覚める時とは、自覚をした時である。感情に名前をつけ、カテゴライズし、認める。
そうして目覚めたが、もたらされたのは煩わしさと苦痛である。幸福などでは決して無い。眠っていた頃のほうが余程、幸せで平穏だった。そう、目の前の寝こけている男のように。
無理矢理視線を逸らし思考の海から抜ける。自室に戻り、数ページ本をめくり心を落ち着けると、その日は就寝した。
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