吾妻
2023-12-31 22:28:41
10125文字
Public アークナイツ
 

Short Story log03

SNSなどに投げ込んでいた短い話のまとめです。
基本的にいちゃついています。
お相手がバラバラですが、それぞれ別の世界線の話ということでひとつ……


Last bastion

 私室のドアを開き、廊下へ出ようとしたところで、目の前にあった想定外の壁にぶつかった。
 やたらと弾力性のあるそれに跳ね返されて、ほぼ一日中座りっぱなしだった足がもつれる。ああ、転ぶかも――などと冷静に考えていると、その“壁”から伸びてきた腕が、さも当然のように腰にするりと回ってきた。
「ごめんね、大丈夫?」
 目の前の真っ青な壁が――ドアの前に立っていたであろう男が、口を開く。
「おかげさまで」
 腰に回された腕のお陰で、無事転ばずに済んだ。なので、とりあえず素直に礼を言う。
 発せられた声のお陰で、相手が誰なのか察しもついた。
 しかし問題は、“彼”がなぜ部屋の前に立っていたのか。そして、普段と違う装いでいるのか、である。
「インターホンを押そうとしたら急にドアが開いたからびっくりしたよ。……というか、今日一日誰もドクターを見てないっていうから、気になって見に来たんだけど……
「一日……
「もしかしてずっと部屋で仕事してた? 今日はおやすみだったよね? ちゃんとご飯食べた?」
「厳密にいうと仕事というわけじゃない。気になる文献があったからいくつか読んでいただけで――今、何時?」
……ええと、もうすぐ21時半……かな」
 珍しくグレーのシャツなどを身に着けた男が、腰に回しているのとは反対の腕に装着した腕時計で時間を確かめる。
 おかしい。ちょっと文献を確認しようと思い立ったのは午前中だったはずなのだが。どこかで気絶でもしていたのかと思うほど時間が経っている。道理で足はフラつくし、空腹も覚えるわけだ。だが、それよりも。
「なるほど……。じゃあお腹も空いてるよね。何か用意しようか」
……今日は随分と珍しい出で立ちだな。というか、どこかで見たような……
 ようやく腰から腕が離れて少々距離ができたので、上から下まで男の装いを観察する。
 彼――テキーラとは、職務上はもちろん、プライベートでも親しい間柄である。なので、彼のファッションのレンジがかなり広いことについては既に把握済みだ。職務中のカジュアルでラフな格好からフォーマルなスーツスタイルまで、TPOに合わせた着こなしを披露してくれる。
 とはいえ、今日は頭のてっぺんから爪先までほぼ青一色でコーディネートされていて、いささか彼らしくない装いだった。そして、その衣装――そうだ、どことなく普段着というよりはなんらかの衣装のようにも見える――には、見覚えがあった。
 確か先週、先々週だっただろうか、確かにどこかで見たのだが……
「ああ、これ? クロージャさんが進めてたプロモーションの一環で、宣材写真の撮影というか……
「そういえば、そんなことをクロージャが話していたような……。でも、君が参加するとは聞いてなかったな」
「うん、元々俺がお手伝いするはずじゃなかったんだけど、本来参加する予定だった人が急に予定が合わなくなったみたいで、背格好が似てる俺のところにお鉢が回ってきたんだよ。その人に合わせて服を仕立ててたらしくて、代打を頼むにも人を選ぶみたいでさ」
「ふうん……
 なるほど。大体の経緯はわかった。
 律儀な恋人は、朝から様子の見えない自分のことを気にして、撮影が終わった直後、着替える間も惜しんで様子を見に来てくれたらしい。
 その気遣いはとても嬉しいのだが、今度は別の気になることができてしまった。
 目の前に立っている男の胸元と、1つしか留まっていないベストのボタンについてだ。
 テキーラという男は、物腰の柔らかさと人当たりの良さで普段からさも好青年ですという顔をしているが、ワイシャツを着るとやたらと胸元を無防備にする癖があって、本日もそれが遺憾なく発揮されていた。
 胸板の厚みが平均をかなり逸脱しているのは、実際に目の当たりにして知ってはいるのだが、だからと言って無防備にさらして歩かれるのは少々――いや、だいぶいい気がしないのだった。
 更に今日はベストのボタンまでかなり開放的だし、これはどういう了見なのだ。唯一留まっているボタンさえ、窮屈そうに引っ張られて、悲鳴を上げているかのようだった。
 無言で最後の防波堤となっているボタンあたりに指を引っ掛けると、勘のいい男は何かを察したと見えて、つい、と居心地悪そうに視線を逃がす。
……身長とか体格は、元のモデルさんとほとんど同じだから、問題なく着れたんだけどさ。なんか胸のあたりだけきつくて、うまく留まらなくて……わざとじゃないんだよ……
 これまでも幾度か無防備すぎる胸元に文句を言われてきたからか、テキーラは歯切れ悪く弁解をする。
 まぁ、確かに彼の言う通り、降って湧いた広報の仕事に協力してくれただけでもありがたいし、文句はこの衣装を押し付けたクロージャに言うべきなのだとは思う。
 思うのだが――
……ドクター?」
 やっぱり少々面白くなくて、今にも弾け飛びそうな、たった一つだけ留まっているベストのボタンを、片手で外してやった。
「確か、異性の前で『服がきつい』と伝えるのは、脱がしてほしいという意味だったと記憶しているんだけど」
……それは女の人が男の人に言った場合でしょ」
「嫌だったなら謝るよ」
 ボタンの外されたベストの内側、グレーのシャツの表に掌を滑り込ませつつ恋人の顔を見上げると、困惑のなかにかすかな熱を宿した薄い青の瞳と目が合った。
……嫌じゃないって言ったら?」
 ぐっとトーンの下がった男の声が答える。
「じゃあ、続き」
 ドアの前に立ったままの男の腕を掴んで、部屋の中へと引っ張り込む。
 ゆらゆらと揺れる尻尾が室内におさまったところで、扉は横滑りに閉ざされた。


【終わり】