ナガレ
2023-03-15 21:12:25
26125文字
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【web再録】傷だらけのサンクチュアリ(ぶぜまつ)

2021/2/28 HARU COMIC CITY合わせで発行したぶぜまつ小説本。
松井江が顕現してから吹っ切れて前を向くようになるまでの話。闇堕ちを匂わせる表現があったり、お守りが発動したりしますが、最後はハッピーエンドです。
キャラクター観、カップリング観、例の回想。色んなものを自分なりに咀嚼して、捏ねくり回してぶつけてみた話です。あれこれ捏造しまくりですが、審神者の数だけ存在する解釈の一つだと思っていただければ。

発行から二年経つので、webに全文掲載することにしました。本を手に取ってくれた皆様方、本当にありがとうございました!※BOOTHに数冊在庫があるので、もし紙媒体で欲しい方いらっしゃいましたらこちらからどうぞ(https://nananagare.booth.pm/items/2710800)


【二】

「豊前江、豊前江」
 松井の手当てが終わると、審神者はすぐに豊前を探した。松井と豊前は刀工を同じくする、言わば兄弟刀のような関係。松井の事を任せるには適任だ。松井も豊前に絶対の信頼を置いている。
「どーした?」
「ちょっと松井江の事で相談が……
「松井?」
 同胞が何かやらかしたのかと、豊前が怪訝な表情を浮かべた。審神者はやらかしてはいないがと前置きすると、ちょいちょいと物陰に手招きして、豊前に事のあらましを話した。松井が手入れを渋る事、先ほどの瀉血の事、何か思う事がありそうだという事……
「危うい奴とは思ってたが、想像以上っちゃ……
 額に手を当てた豊前は大きなため息をついた。事の大小は別にして、遅かれ早かれ何かやらかすという予感があったらしい。
「僕や歌仙兼定が四六時中見ているわけにもいかないし、どうしようかと」
「要するに、あいつが変なことしでかさねーように見ててくれってことだろ?」
「理解が早い。流石りいだあ」
「おだてたって何も出ねーぞ」
 気をつけて見ておくと告げ、豊前は軽く手を挙げて立ち去った。個性豊かな江のまとめ役なだけあり、頼りになる男士だ。
 元から松井の豊前に対する好感度はとても高い。豊前が多少距離を縮めたところで何の問題も無かった。


「松井、隣空いてっか?」
 夕餉の時間になり、腹を空かせた者達が三々五々に広間に集まってくる。この本丸では朝と夜は広間で食事を摂るのが決まりだ。豊前は松井の姿を見つけると、隣の膳を確保した。
 豊前は松井と少し話をしてみようと思った。
「人の体にも慣れたか?」
「うん。随分と馴染んできたよ。最初は人の子みたいに生活できるか心配だったけど、うまくやれてると思う」
 いただきますと手を合わせ、右手に箸、左手に茶碗を持つ松井。その所作は顕現から数日とは思えないぐらい様になっている。顕現したばかりの頃に、人から離れていた刀であればあるほど人の身に苦労すると、審神者に聞かされた。松井江という刀はずっと人と共にあったのだろう。豊前はどちらかといえば苦労した方だった。
 豊前も松井も食べる時は黙々と食べる派なので、二振りの間に会話は無い。豊前が焼き魚を咀嚼していると、ふと隣から視線を感じた。松井が豊前をじっと見ていた。
「どした?」
「その、豊前も食事を美味しいと思う?」
「味はよくわかんねーけど、美味いとは思う」
……そうだね。食事は血を作るものだから、美味しい方がいいよね」
 そう言うと、松井は静かに食事を再開した。その姿は味わうというよりも、機械的に口に運んでいるだけにも見えた。まだ顕現してから数日だ。きちんと食べているだけでも良しとしよう。
 その日も四振りで他愛ない話をしてから眠りについた。松井は瀉血の事を言わなかったが、現場を見つけた桑名が豊前を部屋の外に連れ出して、それとなく教えてくれた。
「主にも聞いた。教えてくれてありがとな」
 豊前が見つけたとしても、きっと同じようにしただろう。残念ながら、審神者と松井の二人をひょいと抱えるほどの腕力は無いが。
「松井、変なこと考えてないといいんだけど……
「そーだな。心配っちゃ」
 豊前は松井に何かあったら教えてくれと桑名にお願いをした。桑名も松井の事が気に掛かっていたのだろう。快く承知してくれた。そして、篭手切も遠征以来ずっと松井の事を心配していたから、起きたら伝えておくと言った。非番だからと丸一日れっすんに励んだ篭手切は、もう夢の中だった。
「なんか、手のかかる弟ができた気分だよ」
「それ、松井が聞いたら文句言うぞ」
 あまり席を外し過ぎていると、まだ起きている松井に訝しがられる。豊前と桑名は適当なところで話を切り上げると、素知らぬ顔で部屋に戻った。


 翌日、豊前は出陣もできるだけ同じ部隊になるように審神者に頼み込んだ。豊前と松井とでは練度に開きがある。松井にどうしてかと聞かれたら、練度上げの手伝いだと言えばいい。豊前の意を汲んだ審神者は違和感を持たれないような編成にし、出陣先を練度上げにも向いている戦場にした。
「今日は豊前も同じ部隊?」
「嫌だったか?」
「ううん。嬉しいよ」
 本当に嬉しかったのだろう。松井がほんの少しだけ目元を赤く染めて、はにかむように微笑を浮かべた。
 ――こんな表情、初めて見た。心の臓にツキンと痛みが走り、豊前は思わず胸に手を当てた。体に異変はなさそうだが、一体何だったのだろうか。
「早く君に追いつきたい」
「まずは桑名に並ぶところからだな」
 松井よりも数ヶ月早く顕現した桑名は、現在別部隊で練度上げの真っ最中だ。そこは時間遡行軍が頻繁に現れる戦場で、桑名は朝も昼もひたすら同じ戦場を回っている。じきに松井もその洗礼を受ける事になるだろう。豊前も篭手切も通った道だ。
「今はまず慣れることだ。慣れたら否応なしに休み無しで出陣させられっから」
「それは怖いね」
「だろ? ま、通過儀礼ってやっちゃ」
 豊前と松井が待機場で出陣の時を待っていると、スピーカーから近侍の声が聞こえてきた。今日の近侍は乱藤四郎だ。
『第三部隊、門前に集合して! 出陣の時間だよ!』
……時間だ。行こう」
 そう言って前を向く松井。力強く前を見据える横顔がやけに印象的だった。


 同じ部隊で出陣するようになって、豊前は松井の戦い方を知った。松井は自分が傷つくことに躊躇いが無い。それで味方を守れるのなら、己が折れることも厭わぬ勢いで前に出る。
「松井、あんまし前に出すぎんな!」
 豊前は常に松井を視界の端に入れながら立ち回る。今もそうだ。返り血を浴びながら刀を振る松井に敵の攻撃が集中しないように、敵軍を捌きながら動いている。
 時間遡行軍の血は穢れを含んでいる。戦う上で返り血は避けられないものだが、それでも浴び過ぎれば支障をきたすだろう。
「死に急いでんじゃねーぞ……
 敵太刀を斬り伏せると、豊前は松井の援護に向かった。
「松井!」
 土埃が目に入ったのか、目元を擦る松井。豊前はその隙をついて背後から襲いかかろうとした敵打刀を見つけた。凶刃が松井に届くよりも早く、豊前は刀を真一文字に払うように一閃させた。
……豊前」
 敵打刀がどさりと倒れた音で振り返った松井の顔は、案の定敵の血で汚れていた。目に入ったのは土埃でなくて、血だったのかもしれない。
「ったく、またこんなにも汚して……
 豊前が目元やら頬やらに飛んだ血をごしごしと拭ってやると、松井が目に見えて困惑した。
「でも、僕は――
「わかってる。けど、限度ってもんがあるだろ」
 豊前は松井に最後まで言わせなかった。その続きは飽きるぐらいに聞いた。
「お前のやり方をどうこう言うつもりはねーけど、もう少し自分のことにも気を配れ。怪我してっだろ」
「こんなの大した怪我じゃない」
 松井はそう言うが、足を軽く引き摺っている。立つのも真っ直ぐ両足ではなくて、片足に重心を置いていた。戦闘中に挫いたのだろう。豊前はむすっと拗ねている松井に通告した。
「戻ったら手入れ部屋」
……
 だんまりを決め込む松井。まだ手入れ部屋は苦手らしい。松井は明日も明後日も出陣がある。自然治癒に任せている時間は無いのだ。
「あんましわがまま言ってると、抱きかかえて連れて帰るぞ」
 そう言って豊前は両手を松井に向けた。松井はぷいとそっぽを向いた。
「歩けるから」
 そう言って松井は足を踏み出したが、鈍痛が走り顔を顰めた。戦闘中は神経が興奮していたので気づかなかった。よくこの足で動けたものだ。
 松井はばつが悪そうに豊前の方をちらと見た。案の定、豊前はほらやっぱりと言わんばかりの顔をしていた。
「言わんこっちゃない。肩貸すから」
「ごめんね」
「違ぇだろ」
……ありがとう」
「気にすんな」
 松井の腕が肩に回った事を確認すると、豊前は松井の歩調に合わせるようにして静かに歩き出した。足がずきずきと痛むのか、松井の額には脂汗が滲んでいた。
「無理すんなよ。キツかったら背中に乗るか?」
「抱きかかえられるよりはマシだね」
 この口ぶり。松井は背負われる気も無いようだ。豊前は苦笑するしかなかった。
 合流場所まではそんなに離れていないので、松井の負傷した足でも辿り着けるだろう。万が一そこまでもたなかったら、有無を言わさず背負うか抱きかかえればいい。自分の事を疎かにした罰だと思って甘んじて受け入れてもらおう。
 豊前がそんな事を考えている隣で、松井は自分自身に問い掛けていた。
(どれだけ血を流しても、この体は手入れを受ければ元通りだ。僕の流す血は一体何なんだろうか)
 豊前の肩を借りながら、松井はきゅっと握りしめた手のひらに爪を立てた。水色に染めた爪は皮膚を裂き、手のひらに薄く血が滲む。手入れを受ければこの傷も消えてしまうのだ。
 何度自分に聞いたって、この問いに対する答えは出てこない。松井の中で漠然とした恐れが膨らんでいくだけだった。

……松井の奴、また何か一人で難しいこと考えてる)
 口を真一文字に結んだまま、松井が何か考え込んでいる。豊前は内心で嘆息した。松井は豊前を自分の理解者だと言って憚らない。でも、豊前には松井の心の内が分からない。松井の心の内がほんの少しでも軽くなればいいと思って両手を貸すと申し出たのだが、曖昧にされてしまった。
 松井を傷つけたくないから、無理に聞き出すつもりは無い。言えないというのなら秘密のままでも構わない。寄りかかってもらいたかっただけなのだ。抱えてしまったものに押しつぶされてしまう前に。
(俺は松井の何になりてーんだろうな……
 豊前は松井の抱える苦しみを代わってやれない。手を貸したところで、引き受ける事ができない。それでも、和らげてやる事はできるかもしれない。ここにいる時だけは愁いを覚えることなく安らげる、松井にとってそんな場所でありたい。
 いつしか豊前はそう思うようになっていた。

「松井江の様子はどうだい?」
 松井を手入れ部屋に入れた豊前は、審神者に呼び止められた。今日は中に入らず、札だけで手入れを行うようだ。
「手入れ部屋はまだ苦手みてーだ」
「入ってくれるようになっただけでも大進歩だよ」
「入ったっつーか、入れた?」
 豊前は手入れ部屋の中まで松井を連れて行き、終わるまで寝てろと言い残して襖を閉めた。手入れ中、刀剣男士は中に立ち入れない。どこか不安げな松井を残していくのは、後ろ髪を引かれる思いだった。
 手入れが終わったら迎えに来ると伝えたら、松井の表情が和らいだ。なので、豊前は松井の手当てが終わる時刻に合わせて部屋の外で待っているつもりだ。
……松井江、慶事の象徴として顕現してもおかしくないような来歴なんだけどね」
 審神者は手入れ部屋の中にいる松井を思いやった。刀の松井江には、時の将軍のまだ幼い愛娘が嫁ぐ際にとびきりの持参品として共に婚家に渡った歴史がある。
 業を背負わず、血に囚われる事もなかった刀剣男士・松井江。豊前はそんな松井を想像してみようとしたが、できなかった。豊前にとっての松井は、愁いと矜恃を合わせ持つ、美しくて苛烈な刀だ。戦場で血塗れになりながら真っ直ぐに前を見据えて両足で大地に立つ姿は、まさに高潔と評するのが相応しい。
 松井が「姫君の婚礼」という慶びを核に顕現していたら。刀工を同じくする者としての仲間意識こそあれ、ここまで惹かれる事はなかっただろう。慶びに血は相応しくない。
……ん? 惹かれる?)
 自分は松井に惹かれているのだろうか。豊前は自分の胸の内に浮かんだ単語を反芻した。惹かれるとは心が引きつけられる事。今の豊前は、ありとあらゆる矢印が松井の方を向いている。
 己が松井にとっての何かを考えてしまうのも、彼の安らぎを覚える場所でありたいと願うのも、その他諸々松井に対して思っている事、感じている事、それら全てがその一言で説明できてしまう事に豊前は気がついた。
……悪ぃ。ちっと顔、洗ってくる」
「松井江の手入れはまだ終わりそうにないし、ついでに着替えてきたらどうだい? 顔も石鹸で洗わないと落ちないからね」
 審神者は豊前が顔についた血を落としたくてそう言ったと受け取ったのだろう。――違う。豊前は急に上がってきた熱を冷ましたいだけだった。


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